第二百五十八話:スイーツから現実へ
食堂のテーブルに突っ伏してる翔は、ケンカの時とは全く正反対の生気だ。どれだけの敵や兵器にも怯まない少年も空腹には敵わないらしい。
そして、そんな空腹時に先程まで料理に励んでいた紫月は甘い匂いをさせて近付いて来る。今日は焼菓子系統が来るなと直感で分かるが、さらに彼の腹の虫は情けない音を出してくれた。
「紫月〜! おやつまだかよ〜!」
「もう少し待ってください。まだ龍さん達が書庫から出て来ないんですから」
「本当に長男組は活字中毒だよな」
「仕方ないですよ。それにこれからに備えてなんですから」
あくまでも、と紫月は心の中で付け足しておく。あの二人のことだ、下手をすれば天空記だけに飽きたらず周りの本にまで誘惑されて読み耽っている可能性もある。
そして、さらに翔の腹の虫の抗議が続いてきたのでやれやれと思いながらも、一旦厨房に戻って小さなクッキーを一つ取り、翔の口に放り込んでやる。
口の中に広がる甘さに翔は眉尻を下げ、その光景を見ていた大人達は「飼い主と犬だな」という感想を抱くのだった。
それから夢華と純に手を引かれて闇の女帝も食堂に入ってきた。三人とも黒の中国服に身を包み、夢華と闇の女帝のチャイナドレスに至っては黄金の龍と銀色の花を散りばめた同じ衣装で登場する。
本当にロリコンなんだなと思うが、純と夢華相手ではノックアウトされても仕方ないのだろう。だが、声はあくまでも女帝の威厳を醸し出している。
「何だ、天宮龍はまだ出てきてないのか」
「ええ、兄さんと啓吾さんの優先順位はおやつより本と患者ですからね」
秀の答えに闇の女帝は呆れ返った。聞いてはいたが、どうやら噂以上の活字中毒らしい。闇の女帝はこのままではどうにもならないと側近に命じる。
「おい、あの二人を書庫から引きずり出して参れ」
「ダメ〜〜!!!」
夢華が叫び側近はそこに立ち止まる。何事かと思うが、青くなる者や額に手をやる者、溜息をつく者と反応はけっして良いものとは言えない。
その反応を見て、闇の女帝は本当に普段は威厳たっぷりの女帝なのかと疑いたくなるような穏やかな表情と声で夢華に尋ねた。
「どうしたのじゃ、夢華?」
「お兄ちゃん達の読書中に部外者が入ると怪我しちゃうよ〜!」
「うん、無意識に排除しちゃうから!」
必死に自分を見上げて来る二人の目にキュンと闇の女帝の胸は鳴る。
「そ、そうか」
ならば仕方ないと側近に予備に行くのをやめさせる。それにほっとする二人の顔を見てまたその可愛さに闇の女帝の心は撃ち抜かれた。
気持ちは痛いほど分かるが、壁際で一行に背を向けて悶えているのもどうかと思うが……
これではどうにもならないので誰が犠牲になるかと相談していると、厨房から沙南がティーカップを持って出てきた。一人だけ呼びに行ける人物はいたのである。
「龍さん達まだなの?」
「沙南ちゃん、いいところに。すみませんが兄さん達を呼んで来ていただけませんか?」
「本当仕方ないわね。翔君、少し待っててね」
「よろしく〜」
多少回復したものの、再び腹の虫の抗議が始まった翔はテーブルに突っ伏し、沙南にひらひら手を振って送り出した。
それから数分後、やはり沙南は最強なのか無傷で長男組を引っ張り出してきた。どうしてそんなことが可能なのかと一行の疑問だが、彼女はいつものことだからとニッコリ笑って答えるのみだ。
「すまない、遅くなった」
「全くだぜ兄貴。紫月、おやつプリーズ!」
「はいはい、どうぞ召し上がってください」
「いただきま〜す!」
スイーツバイキングかというほどの量だが、比較的甘いもの嫌いではない一行なので器からあっという間に消えていく。もちろん、それだけ沙南達が作る料理は一行のツボをおさえているためでもある。
「うまい! また紫月腕を上げたよな!」
「なんで私が作ったものが分かるようになってるんですか……」
「沙南ちゃんのは天宮家の味。紫月のは篠塚家の味だからだろ?」
「姉さんが作ったものもあるんですが……」
「柳姉ちゃんはそこのケーキとマドレーヌだろ?」
何故わかるのかと聞けば翔はその答えを指差す。確かにあれは嫌でも分かるなと紫月は頷いた。
翔が指差したのはいたずらモード全開になっている秀と真っ赤な顔をして困っている柳だ。秀は一口サイズに切ったケーキをフォークに刺し、柳の口元にもっていく。
「はい、柳さんあ〜ん」
「秀さんっ!!」
「ほら、口開けて下さい。とても美味しいですよ?」
「だけど……!」
「闇の女帝と末っ子組もやってるでしょう?」
ちらりと末っ子組達を見れば確かに幸せそうな闇の女帝の顔が見えるが……
かといって自分がやられるのは恥ずかしいどころの話ではなくって……! それにやったらやったで、その後どれだけからかわれるのか想像したくもない。
その時、二人の空気をぶち壊す一本のナイフが秀を狙い、秀はそれをピタリと指で挟んで止めた。
やったシスコンは額にいくつか青筋を立てながらも、至って普通のコメントをしてくれる。
「スマン、手が滑った」
「滑ったにしては随分真っすぐ飛びますね、啓吾さん」
「ナイフがお前の方に飛びたかったんだろ?」
「そうですね、おっと!」
啓吾に向けてわざとだということを全く隠しもせず秀はナイフとフォークを四本投げる。もちろん啓吾はそれを重力で止めるが、彼の沸点は爆発寸前だ。
「次男坊……テメェ!!」
「すみません、ケーキを刺そうと思ったら啓吾さんを刺したくなりまして!!」
秀はニッコリ笑って告げる。沙南が危ないからと柳の手を引いて安全な場所に避難すると同時に二人の喧嘩は始まった。
その状況に柳はうろたえるが、ほっとけばいいと紗枝に言われ、沙南からあ〜んとケーキをすすめられてそれをパクりと食べる。
そして、啓吾の隣に座っていた龍は被害さえなければいいと重力の結界を張って完全に無視することにした。ただ、少し屋敷内に影響が出て来たので桜姫は尋ねる。
「主……」
「すまない桜姫、コーヒーおかわり!」
「かしこまりました……」
被害が出たら二人で償えば良いんだと責任を放棄した龍は、沙南が作ったショートケーキに舌鼓を打つことに集中した。
その後、あまりにも激しい争いになったため柳に泣きつかれた龍は二人を一撃で沈め、ようやく話し合いの時間となった。
敢えて食後にこの話し合いの時間をとった秀は、闇の女帝から預かっていた写真を龍に見せる。もちろん、沙南達には見ないようにと付け加えて。
「おい……」
「酷いな……一体何があった?」
人だったことすら怪しい死体の写真。龍と啓吾の強張った表情に一行も緊張や不安が過ぎる。闇の女帝も思い出したのだろう、顔色が優れなくなったが末っ子組が彼女の傍にピタリとくっついて手をとった。
そして秀はパソコンの画面を龍達に見せて説明する。
「これです。今の写真もGODのシステムの最後の砦にたどり着いた者達の末路です。それがこのページになります」
それを見た長男組はピクリと眉を顰める。何ともふざけた問いだなと啓吾は心の中で舌打ちした。
「名前を入力しろって?」
「はい、そして何かしら入力したものが殺害されたそうです。兄さん、どうされますか?」
秀が尋ねると龍は少しの間目を閉じて考えたが、すぐにキーを押して扉を開いた。
「えっ……?」
「相手はこう書いて欲しいんだろう?」
龍が打った文字は「天空王」。すると画面に「CLEAR」と表示され一度画面が真っ暗になる。何が出てくるのかと一行は身構えたが、龍は画面を見据えて威厳に満ちた声を発する。
「さっさと接続しろ」
そう告げた瞬間、画面から滑稽な笑い声が聞こえてきた。全員その声には聞き覚えがある。
「ハハッ、せっかちだな、天空王」
画面には神の姿が映し出されたのだった……
さあ、動き出しましたよ!
いよいよ物語はバトルになってきそうです。
一体龍と神はどんなやり取りをするのでしょうか?
そして今回も皆さん飽きずにいろいろな反応を見せてくれてますね(笑)
闇の女帝と末っ子組は本当に仲良しです。
皆でお揃い……いや、絶対目の保養ですね(笑)
それから柳ちゃんをからかいまくってる秀。
まず柳ちゃんが「あ〜ん」なんて秀には恥ずかしすぎてやらないので、秀がやってしまおうと……
うん、心臓に悪すぎると思うぞ?
だけど沙南ちゃんがやると食べるんだね、柳ちゃん。女の子の友情は素敵です☆
まあ、秀と啓吾兄さんはもうね……
柳ちゃんが秀のお嫁さんになる日はどうなるのか……