第二百五十七話:穏やかな時間
夕方前、土屋の部屋でシュバルツと森が酒盛りをしていると聞き女性陣数名が押しかけると、見事に森と土屋はシュバルツに潰されていた。
そんな様子に紗枝は深い溜息と同時に、兄である森に対してはその額をパチンと叩いて怒鳴る。
「バカ兄! 何で夕方前に出来上がってんのよ!」
「う〜ん、紗枝〜寝せろ〜」
酔っ払いに何を言っても無駄だが、何故か無性に腹が立ってきて遠慮なく紗枝は森をしばく。
一方、土屋がここまで酔い潰れるのも珍しいなと思いながらも、酒瓶を片手に持ったままソファーに突っ伏していたので桜姫はそれを預かり声を掛ける。
「淳将軍も大丈夫ですか?」
「ああ……」
応答はあるがかなり酔っているようだ。しかし、どこか幸せそうなので森のような扱いをすることはやめておこうと思った。
そして世界的スーパードクターで、絶対体に良くないことも分かっているにも関わらず、未だに平然として飲んでいるシュバルツから柳は酒を取り上げて可愛らしく注意する。
「博士、もうおしまい! 体壊したらどうするの!」
「医者はいくらでもいるが」
「博士!」
しかも今この場で倒れても紗枝がいるから問題ないと大笑いすれば、紗枝は苦笑し柳は「ダメでしょ!」と声を上げて怒る。
さらに森達にもどれだけ飲ませたのかと尋ねれば、床にまとまっている空き瓶の数に柳は怒りを通り越して呆れ果ててしまった。いつも龍が酒の席ではこんな感じで気苦労してるんだろうなと思う。
しかし、無理矢理飲ませたわけではないのときちんと森達の体調も医者なのでシュバルツは把握していた。
「心配するな。あれぐらいでアルコール中毒になるような奴らじゃないだろう。何より初見で二人とも世界的な一般成人より心身ともに健康だと分かる」
その点、龍の方がよっぽど心配だぞと言われて全員が納得してしまうのは何故なんだろうか……
確かに体の丈夫さだけは世界トップじゃないかと思われるが、気苦労度も二十三歳にしては世界トップクラスと言っても過言じゃない。
健康とは心身ともにあってこそのものなんだなと、医者であるシュバルツや紗枝ですら改めて認識させられるのだった……
「それより桜姫さん、君はもう少し休んでた方がいいんじゃないか?」
数時間前まで全身傷だらけだった上に、力も解放して疲労困憊だった桜姫に告げるが、桜姫は穏やかな微笑を浮かべて首を横に振った。
「ご心配には及びません。機内で休ませて頂きましたし、紗枝様のお傍にいるだけで力は回復いたしますから」
「怪我もかなりのものだったと思うが……」
「それもこの通りでございます」
袖をすっと捲り上げて桜姫は腕を見せると傷はほぼ消えており、シュバルツが数針縫った場所ももうすぐ抜糸できるまで回復していた。
天宮兄妹の回復力も異常だか、桜姫までそうなのかと一行は驚く。
「もうここまでふさがっちゃったの!?」
「はい」
「一体どんな原理で……」
やはり医者としてシュバルツは気になるらしい。桜姫を治療した時には少なくとも全治数週間はかかる怪我だと診断を下していたからだ。特に体の負担は半端ないものでもあった。
それについて桜姫は丁寧な物腰で切り出した。
「私が花の女神の女官だったことはご存知ですか?」
「そういえばそんなこと言ってたわよね」
桜姫が天空王に仕える前は彼女は花の女神の元にいたのは周知されている。それが関係してるのかと尋ねれば桜姫は頷く。
そして医学ではまず有り得ない現象を彼女は分かりやすく説明し始めた。
「もともと花の女神も自然界の女神、つまり紗枝様の傘下にあったものでしたので、少しの自己再生能力は持ち合わせております。
さらに私の場合は主のお力も頂いておりますので、傷の治りも通常より早いということでございます」
もちろん龍達ほど体が丈夫ではないので、傷は付くし痛みも一般人と変わりはしないとのこと。簡単に言ってしまえば、啓吾より回復が早いと桜姫が説明すれば全員納得した。
しかし、そうだと分かっていても何かと気を遣ってくれる桜姫に紗枝は告げる。
「だけど私も少しは桜姫に休んでほしいな。龍ちゃんもだけどバカ兄達の面倒見るの大変でしょう?」
「いいえ、主に仕えさせていただくことはけっして苦ではございません」
「森達のことは否定しないんだな……」
シュバルツがそう突っ込むと桜姫はニッコリと笑う。どうやら口にも態度にも出さないが、あくまでもついでに世話をしているらしい。
とはいえ、深夜までパソコンに向かう宮岡にコーヒーの差し入れをするぐらいは仕事の延長線上と分類されているらしく、面倒だと感じてないとフォローのつもりで答えてくれたが、それでもどこか辛口に感じるのは気の性なんだろうか……
「それに主を一番に支えられるのは私ではございません。秀様や啓吾様はもちろん、沙南様の精神的支柱はとても大きなものですから」
そう答える桜姫は本当に綺麗だと思う。これは休めと龍に命令されても簡単には聞いてくれそうにはないなと思うが、本当に辛そうな時は自分が気付けば良いのだとも思う。
それに森達も世話ばかりさせていることもないのだろう。酒の席には無理矢理にでも座らせるぐらいなのだから。
「……本当謙虚よね、桜姫って」
「いいえ、仕える身としては当然のことですから」
その時、パアッと華やかな空気が部屋の中に入り込んで来た。その可愛らしい来訪者は元気いっぱいで一行の表情をとても穏やかなものに変えた。
黒のチャイナドレス姿で夢華は天宮家の総司令官殿の召集命令を伝えに来たのである。
「お邪魔します! 沙南お姉ちゃんがそろそろおやつだから食堂に集合だって!」
「あら、夢華ちゃん可愛い恰好ね!」
「えへへ、彩帆お姉ちゃんとお揃いなんだよ!」
闇の女帝の名を聞いて一行にロリコンの顔を連想させた。しかも純も同じように黒の中国服を着せているらしい。
だが、二人とも闇の女帝の好意にとても嬉しそうだ。もちろん笑顔で礼をしたので、闇の女帝はノックアウトされたようだが……
「だけど私達も服欲しいわよね。まだホテルから送った荷物は届いてないし」
「そうですね、貸してもらえないかしら?」
「大丈夫だよ! 沢山お洋服あったから貸してくれるよ! 彩帆お姉ちゃんすっごく優しいんだもん!」
満面の笑顔で答える夢華に、これは絶対大丈夫だなと一行は心の底から思うのだった……
さてさて、戦い前の穏やかな時間ということですが……
まあ、夢華ちゃんが出てきてくれるととても癒されるのでいいか。
いいなぁ、ぴょこんとしたイメージの女の子。
ちなみに純君はほんわかした感じの少年という感じです。
ただ、兄が秀と翔ということなのでこれからどう育っていくのか龍は頭が痛そうな……
そして桜姫も回復早いみたいで良かった。
なんせ彼女はこれから啓吾兄さん並に働かなければなりませんからね。
さあ、いよいよ次回は動きますよ。
長男組、書庫から一度出てこい(笑)