第二百五十六話:真相を求めて
秀のやる気がいつもより満ち溢れている気がする。通常、龍や沙南の命令しか受け付けない性格だが、何か絡むと時々ただでさえ高い能力が有り得ない域にまで達してしまう。
今日はまさに秀のツボに入ることがあったらしい。彼の機嫌はすこぶる御機嫌であり、宮岡は若干恐怖まで感じていた。
「秀君、いつになくやる気だな……」
「もちろん、柳さんと甘い夜を過ごせるかどうかが掛かってるんですからね。今日は仕方ないにしても明日は譲れませんから。せっかく良い薬も手に入りそうですし」
「えっ……?」
「さて、宮岡さん。GODのシステムを崩しましょうか」
今、秀はとんでもない爆弾発言をしなかったかと思ったが、突っ込んではいけない気がして宮岡はパソコンの画面に集中することにした。
そして、自分が今まで集めてきた情報と闇の女帝がまとめていた情報、さらに日本の土屋の婚約者から送られてきたものを統合してGODの企みや自分達に不利になりそうなデータは消去していく。
しかし、やはり相手も全ての手の内を見せてはくれないらしい。GODのシステムに侵入したのはいいとしても、肝心な情報を前にして秀は眉を顰めた。
「……なるほど、やっぱりそう簡単に掴ませてくれないということですか」
「仕方ないさ。闇の女帝の情報網を混乱させてるぐらいだからね」
面倒だなと思いながらも、秀はなんとかこじ開けようと様々な方面からアクセスを試みるが、どうも何十ものブロックがかかっているためにお手上げとなる。
「闇の女帝もこれを分かってて僕にやらせてるみたいですね」
「ああ、だけどこれだけブロックされてるなら相手も相当なものを詰め込んでる可能性はあるね」
「逆にトラップという可能性もありますが」
それは勘弁だなと宮岡は笑う。もちろん、可能性がゼロとは言えないが。
こじ開けた途端こちらのデータを全て消され、さらに情報提供者達を潰されては厄介だ。そのことを考えながら秀は新しい空のデータのパソコンを開き、念のため今まで手に入れたデータも別口に保存しておく。
そして秀は宮岡のパソコンの前に来て尋ねた。
「宮岡さん、宮岡さんのプライベートアドレスに送られてきてるウイルス残ってますか?」
「ああ、バッチリね。利用するしかないかい?」
「ええ、ただしちょっと改良を加えてね」
秀はウイルスのデータをもらうとかなり複雑な構造の至るところに彼の趣味らしい記号を羅列していく。分からないものには何がなんだかというところだが、宮岡は思わずそこまでやるかと一歩引いてしまう。
そして数分後、秀は微笑を浮かべると一気にGODのシステムにウイルスを投入してセキュリティを破壊した。いくつものクリアが画面に映し出されて宮岡は何とか言葉を絞り出す。
「……おいおい、セキュリティをここまで一気に破壊したのかい?」
「ええ、ただし一つ残ってしまいましたか」
残念という顔だが、どんなにシステムに強いものでもこのセキュリティを数分で破壊できる人間はそういるものではない。
しかし、最後の画面に映し出されている質問に秀は首を傾げる。
「あなたの名前を入れてください?」
「名前?」
「はい。最後のパスワードが管理者の名前にしてはしっくりこないですし、その程度なら今のウイルスで充分破壊出来たはずなんですけど」
とりあえず入れてみるかと秀がキーを打とうとした瞬間、慌てた様子で闇の女帝が激しくドアを開いた!
「天宮秀! パスワードを入れるな!」
彼女らしくない慌て振りに秀と宮岡は目を丸くした。
「どうしたんです、女帝。血相変えて」
「それを開けてはならぬ! いまこちらに情報が入った。世界各地の凄腕ハッカーが名前を入れた途端に消される惨事が発生している!」
「ハッカーが消された?」
「ああ、妾の情報を妨害されていたのもその事実を隠すためだ。だが、直接知らせが入った。だから開けてはならぬ」
どこか闇の女帝の顔色が悪い。彼女がそこまで言うとなると、どうやらこれは絶対開けてはいけないパンドラの匣ということなのだろう。
そういうことなら仕方がないなと秀は作業をそこまでにしておこうと一旦電源を落とす。
「……分かりました。まだ僕も完全に回復してませんからね。これは長男組が書庫から出てきた後に開きますよ」
まだやることはいくらでもあるのだしと次の作業に入る前に、本当に珍しく彼女の口から謝罪の言葉が出て来た。
「すまなかったな、危うくお前達を危険に巻き込むところだった」
「おや、女帝が謝ることなんてあるんですね」
確かに意外だなと宮岡でも思うが、どうやら思った以上の衝撃を彼女は受けているらしい。闇の女帝は一枚の写真を机の上におくと、秀と宮岡は彼女が青くなった理由を知る。あまりにも酷い写真だったのだ。
「……これでも死体は見慣れておるが、こんなものを見せられてはさすがに平然とはしてられぬ」
「……すみません。無神経でした」
「お前も謝ることがあるのだな」
「兄の教育がいいもので」
「そうか。その減らず口も有り難いときがあるのだな」
今はそんな言葉ですらないよりマシだと思えるほど、その写真の惨劇には会いたくはないと心から願うのだった。
その同時刻、何故か龍の背中が楽だからといつも背中合わせで読書している啓吾は、天空記を読み進めていくうちに珍しく途中で龍に声をかけた。
「……なあ、龍」
「なんだ?」
「お前って演義じゃ有り得ないぐらい沙南姫にベタぼれしてんだな……」
「なっ……!!」
いきなり何を言い出すんだと龍は真っ赤になるが、至極啓吾は真面目な顔で記述されていた中身を話す。
「いや、記述の所為かもしれねぇんだけど、あれやこれやと沙南姫を口説いて……」
「いいから神族に関わる記述を探せ!」
こんな時にまでからかうなと、さっさと情報をまとめろと言うが、どうやらそのことも考慮に入れているようだ。一度本から目を離して啓吾は語り始めた。
「ああ、だから言ってるんだ。正史には個人列伝、神族伝、民族伝の三巻から成り立っていて俺達の記憶からもその内容はあっていた。まあ、正史というぐらいなら一応信じていいと思う」
一応というのはあくまでも天界などという世界の歴史書だからという理由から。なんせ、判断材料も自分達の夢と二百代前の記憶しかないからだ。
龍もまともに話し合う気があるならと、一度本から目を離し啓吾の話を聞くことにする。
「だが、演義には神族の活躍はもちろんだが俺達は味方から敵になったような書かれ方をしている。
そして、その元凶が天空王と沙南姫のような記述が多い。なんか引っ掛からねぇか?」
ここの部分とか見てみろよと啓吾が指差した記述は、太陽の力を有する沙南姫が天空王に恋焦がれ、神の力を超えようとした天空王は彼女を手に入れるために悪行を働き出して沙南姫を力付くで手に入れたとされている。
だが、主上はそれを認められず天空族と戦ったようだ。もちろん、多くの民族が神族の味方となり活躍したらしい。
まあ、沙南姫の力はかなりのものだったのは分かるが、自分の身に覚えがないことばかり書かれてると龍は鼻で笑って皮肉を述べた。
「これを書いた作者は逃げた女を怨みつづけている気が感じられるね。その辺の愛憎劇の方がよっぽど面白いな」
「ハハッ! だが、案外愛憎劇の線は当たってるかもしれないな。沙南姫様はその力から全ての民族から狙われてただろ? だから光帝はお前に沙南姫を娶れと言ってたからな」
そこでまた赤くなるのは龍らしい。過去の自分のこととは言え、現代では沙南のことだ。しかもくっつく間際だと意識しないようにと心掛けている分、突かれたときの反動は返って来ている。
だが、光帝と言われて龍も引っ掛かるところがあったらしい。
「だが啓吾、確か光帝は……」
「そうだ。最後の戦い前に殺されてる。その時沙南姫は天宮に来ていて難を逃れたが、光帝は天空族の味方側につくと表明したため裏切り者として殺されたんだ。
だけどやっぱり変だよな。沙南姫より光帝の方が強い力を持ってた気がするんだが、何故か沙南姫を批難している記述の方が多い。しかも沙南姫一人がお前に嫁いだだけで天界の調和が簡単に崩れるものか?」
確かにそうだなと二人は渋面になる。天に太陽、確かに強力な力を手に入れることは出来るだろうが、それだけで主上の力や立場を危うくしてしまうのだろうか?
それに天空族は神族の命を守りつづけ、謀反など起こす気すらなかったのだ。光帝が沙南姫を娶れといったのも、ただ娘の幸せを望んでいて天界を牛耳ろうという訳でもなかった。
「どうも、まだ何かありそうだな」
それだけしか今は結論が出せず、再び二人は本の世界に入り込んでいった。
はい、更新いたしました!
今回はちょっとギャグが少ないお話です。
まず、現代情報収集組の秀と宮岡さん。
本当に秀はコンピューターまでも容赦ないですが……
だけど、どうやら開けてはいけないパンドラの匣に出会って、ギリギリ闇の女帝に止められた模様。
彼女を青くしてしまうまでの事態に秀も謝罪してしまうとは……
だけど、ちゃんと報酬はあるみたいですよ(笑)
一方長男組も読書タイム。
龍の広い背中を背もたれにしてる啓吾兄さん(笑)
かなりお気に入りみたいですが、龍は寛大なのでべつに構わないようです。
でも、演義の記述を見ていくうちにどうやら二人もまた考え込んでるみたいで……
そうだよね、太陽の王様の光帝の方が力強そうだもんね。
それで何故沙南姫様の方が調和を崩すと言われてるのか疑問に思うよね〜。
そして次回はどうなるのかな?