第二百五十四話:器の大きさ
部屋の空気の重さにも平然としている大人達は流石だと翔は思った。もちろん堪えられないことはないが、早くどちらかが沈黙を破って欲しいと思う。
そして、闇の女帝といえば肩肘をついてじっと龍を観察しているようだが、龍は全く動じていない。彼女の側近から言わせればそれだけでも大したものだと評されるが、どうやらどこまでのものなのかと彼女も龍の器を計りかねているらしい。
ならばと彼女は側近に片手を上げて命じた。
「人払いを。それと天空王の情けない姿を見たくないものは自らこの部屋を出ておけ」
そう言われてピクリと一行は反応するが、無礼を働かないようにと龍に命じられているために彼等は抗議の一つも上げることが出来なかった。
どうやら少し込み入った話になるだろうなと思い、龍はシュバルツに頼むことにした。
「……シュバルツ博士、すみませんが年少組を連れ出してもらえますか?」
「兄貴!」
自分はここに残ると声を上げる前にシュバルツがそれを制する。ここからは大人達に任せておけと言わんばかりの表情に翔は大人しくせざるを得なかった。
「ああ。闇の女帝、飯ぐらい出せるか?」
「もちろんじゃ。夢華達のためにとっくに用意してある」
やっぱりそうきたかと闇の女帝の末っ子組に対する溺愛ぶりは相変わらずである。
そして啓吾も傍にいた沙南や柳にどうするかと聞けば、やはり残ると一歩も動くつもりはないようだった。
それから年少組とシュバルツ、そして彼女の側近達が全員退出した後、龍は礼を述べた。
「御配慮に感謝します、闇の女帝」
「構わぬ。弟達の前で話したくないこともあるだろう? それに妾もお前がどれだけの器を持っているのか見てみたくなった」
「大したものではありませんよ」
「そうか? 世界をこれだけ混乱させておるのに謙虚なことだな」
させたくてさせてるわけじゃないんだろうけどなと、啓吾は心の中でつっこむ。なんせ、混乱させてる元凶は主にこの隣に立ってる腹黒参謀であり、龍は頭を抱える悪の総大将なのだから……
「……混乱するのは俺達に危害を為そうとするからだ」
「ほう、それだけのためにGODを敵にまわしたと?」
「俺達はただ平穏な日常しか望んでいないのにその権利を奪おうとする奴に対して礼儀を払う必要はない。それこそ世界がどうなろうが知ったことじゃない」
龍にしては結構過激な発言だと思う。確かに年少組の前では聞かせるのはよくないかもなと啓吾は壁に背中を預けた。
しかし、闇の女帝は充分その言葉で満足できたようだ。スラッとした足を組み直し、妖艶な表情を浮かべた。まるで龍を誘惑しているかのようだが、悪の総大将にその効果は無に等しい。
「天宮龍、お前がかなりの器を持つことは分かった。だが、ただで妾の力を貸すことは気に入らぬ」
そりゃそうだろうなと思う。裏社会の女帝と一介の医者。彼女のプライドはもちろん、立場からもそう簡単に力を貸すことは許されないだろう。
それは龍も分かっているのか、ただで力を借りられるとは思っていない。龍は闇の女帝の目を真っすぐ見て尋ねた。
「条件は?」
「そうだな、妾の足でも舐めてもらおうか」
「何を……!」
「次男坊、抑えろ」
すぐにでも飛び出そうとした秀を啓吾は止める。ここは大将同士の話し合いであり、口を出してはいけないところだと、何より自分達がここで横槍を入れて龍の評価を落とすわけにはいかない。
そしてすぐに動かない龍に闇の女帝はさらに問う。
「簡単なことだろう? 全世界を敵に回しておいて守りの力はあまりにも手薄。お前が神と戦ってる間にまた二百代前のような悲劇が起こらないとも限らぬ。
それとも折原沙南の命を守るというプライドはその程度のものか?」
「龍さん、ダメよ! そんな条件のまないで!!」
「沙南様」
「だけど……!!」
桜姫も沙南を止める。自分のことを引き合いに出されて龍の重荷になることも彼のプライドを傷付けることもしたくはない。
なんせ龍の性格上、沙南のためならどんな危険なことでも屈辱を受けることでもどうってことがないと言ってのける性格だ。
しかし、闇の女帝は彼を慕う者達の前でそれをやってみろと言う。
「どうする? 天空王」
すると龍は少し目を閉じて考えた後、闇の女帝の靴を脱がしてすっとその足を取る。
「ちょっと龍さん!?」
やめてと飛び出ようとしたが、龍の意外な行動に目を丸くすることになる。
「……天宮龍」
闇の女帝は呆れた顔になりながらも、どこかほっとしたような空気を漂わせる。だが、必死に笑いを堪えていた大人達は限界だったようだ。
「くっ……!!」
「ふふっ!!」
「ハ〜ッ!! ハッハッハッハ……!!」
やっぱりそうきたかと啓吾達は笑う。大学生組は目を丸くしたが、龍は彼女の足の裏をぐっと押してやった。
なんせ、龍は足裏マッサージを始めた訳なのだから。しかもきちんとツボを押さえてである。
「悪いが俺は犬ではなくて医者なんでね。足は舐めるよりマッサージしてやった方が体にいいからな」
「龍、容態は?」
「ああ、肝臓が弱ってるかもな。飲み過ぎには注意してもらいたいね」
きっちり診断しているあたりもさすがというところか。
だが、啓吾は未だに目を丸くしている秀に珍しいこともあるもんだなと思いながらも教えてやる。
「次男坊、単純に考えてみろ。闇の女帝だって龍が足の骨ぐらい簡単に握り潰せることぐらい分かってるはずだぜ?」
「あっ……」
「それに側近全て外に出したことも本気で龍がどれだけの器か見るためだろ。そこまで龍相手に小細工なしで向き合うなら、最低限の礼儀は払うべきだろ?」
「……だからマッサージですか?」
「まっ、うまくかわせる方法っていったらあの辺が妥当だろ」
よく老人の入院患者にやってると告げられるが、秀はそれでもまだ不満なところはあるらしい。
しかし、それを聞いた闇の女帝は少し眉を顰めるが自分を老人扱いしてのことではないと分かっているため、彼女にしてはかなりオブラートに言葉を包んで告げた。
「篠塚啓吾、お前も随分な性格だな」
「まあな。大将が真っすぐしか進めないし」
「そうか。だが、本気で妾の足を舐めるような愚か者だったら支えようと思わないだろう?」
「ああ。ただ真っすぐしか進まない奴と守りたいものを守りたくて真っすぐ進む奴、俺は後者じゃなければ付き合うつもりもねぇな」
だから龍を支えてるんだろと啓吾の意志を闇の女帝は感じ取った。
そして、あくまでも最後まで医者としてまだマッサージを続けている龍にこれほどの器を持っているくせにと思いながらも、笑みを隠すことは出来ない。だからこそ彼女も筋を通す。
「ふふっ、すまなかったな天宮龍。試すような真似をして」
「いや、女帝の立場だ。気持ちは分かるよ」
「そうか。だが惜しいな。折原沙南に飽きたら妾の元へ来ぬか?」
「残念ながら飽きそうにもない主なので」
「ハハッ、さすがは天空王。堅物ぶりも一途さもそのままか」
呆れたような笑みを浮かべ、もうよいとマッサージの手を止めさせる。しかし、龍は脱がせた靴はきちんと履かせてやる。そういうところは律儀なのだなと今度は苦笑した。
「いいだろう、妾の力は思う存分使え。GODを潰すことに異存はない。だが、天宮龍。お前は本気でこの世界を滅ぼすつもりか?」
そのことについては闇の女帝も気になるところだった。龍がそれだけの力を有していることは分かっていたからだ。
しかし、龍は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。
「俺は確かに二百代前は天空王だった。だけど、天空記と同じ結末を繰り返すつもりもない。それに滅ぼしてしまったらいろいろ困るんでね」
何より自分が望むことは世界の滅亡ではなく平穏な日常だ。その環境が壊れてしまっては意味がないのだからと笑えば、そうかと闇の女帝は笑う。
「天宮龍、妾の酒に付き合え。お前とは話が合いそうだ。本好きなのだろう?」
「はい、それなら喜んで」
「あっ、だったら俺も混ざる」
面白そうだしと啓吾はニッと笑った。
それから長男組と闇の女帝の活字中毒ぶりの話題はかなりの盛り上がりをみせ、天空記を引っ張り出して議論している姿に闇の女帝の側近達は滅多に見せない彼女の楽しそうな顔を見ることになったのだった……
龍と闇の女帝の会談、結構あっさり終わって良かったですね。
闇の女帝としては、自分の力を貸してもいい人物かきちんと見極めたかったようで。
それにしてもやっぱり女帝。
足を舐めなさいと言ってのけるあたりが凄い。
まあ、龍もそれをサラリとかわしちゃったわけだけど。
そりゃ秀や沙南ちゃんは慌ててしまいますよね。
だけど、啓吾兄さん達はそんなことはしないだろうと信じていた模様。
やってしまうと傷つくのが誰か分かってるから信じていられたみたいで。
そんなこんなで活字仲間が出来た龍だったのでした(笑)
あと少しの期間、今まで書いた話を少し誤字とか訂正していきますので、
ここは直してくれという要望がありましたらお知らせ下さい☆