第二百五十一話:いよいよ空港へ
大型トラックを拝借して中に乗り込んだ龍達はそれぞれの医者達から治療を受けていた。もちろん女性の肌を見たら危ない森が運転手にさせられているので、非常に中は穏やかであるが……
そして世界的なスーパードクターに治療を受けてる桜姫は、やはり丁寧な礼を述べる。
「すみません、シュバルツ様」
「何、男共の治療より桜姫さんの治療の方がいいに決まってる」
「ありがとうございます」
ある意味セクハラじゃないのかと啓吾は心の中で思うが、自分の義父は当然だと胸を張って言ってくれるので突っ込まない。
そしてもう一人の名医に目を向ければ、相変わらず丁寧且つ迅速に秀の上体に包帯を巻け付けていた。
「秀もすまなかったな」
「いいえ、気にしないで下さい。啓吾さんより百倍はマシですから」
先程これでもかというほど治療するださせないだと騒いでいた秀と啓吾は、結局龍が迷惑だからと秀の治療をすることで落ち着いた。
ただし、柳にも包帯を巻いてくれと頼んでまた啓吾と乱闘騒ぎになったという一部始終がありもしたので、余計な時間は食ったのだが……
「それより兄さん、沙南ちゃんの治療しなくて良かったんですか?」
「お前達が騒いでたから紗枝ちゃんにやってもらうことにした」
「すみません、折角いろいろ出来るチャンスだったのに」
「なっ……!!」
真っ赤になった龍に秀は目を丸くした。いつも患者は患者だと言い切ってる龍らしくない反応である。
これは本当に図星なのかと啓吾の方を見れば、彼はニヤニヤして非常に意地悪な返答をする。
「次男坊、察してやれ。龍だって手を出してすぐに沙南お嬢さんをどうこう出来るほど」
「啓吾!!」
また啓吾が龍をからかってるんだなど全員の共通認識であるが、沙南も赤くなっているので紗枝はくすくすと小さく笑う。
そして普段はこれでもかというほど敵対しているというのに、こんな時と柳を守るときだけ意気投合する秀はニッコリ笑って告げる。
「そうですか。おめでとうございます、兄さん」
「だから秀! 媚薬の性であって、それに別に沙南ちゃんとは……!」
「沙南お嬢さんの首筋赤くなってたぞ」
「へええ、誰が付けたんですかね、兄さん」
そこまでからかうと非常に可哀相かもと純までもが龍に同情する。こうなってしまうと悪の総大将は非常に可愛らしく真っ赤になって小さくなってしまう。
しかし、からかい方もあまりに度を超えてしまうと痛い目どころか命の危険性が出てくるので、適度なところで二人は切り上げておいた。
その時、柳の膝を借りて眠っていた紫月が意識を取り戻す。
「ん……!」
「あっ! 紫月お姉ちゃん!」
夢華の声に気付いて紫月はゆっくり目を覚ます。そして啓吾も腰を上げて紫月の元へ行き声をかけた。
「よう、大丈夫か?」
「はい……すみません、ちょっと力を取り戻すのに時間がかかりそうですけど」
「いいさ。後は任せて少しゆっくりしとけ」
「はい……」
そして紫月をここまで追い込んでしまった龍も秀の治療を終えて紫月の元へ行くときちんと頭を下げて謝罪する。
「紫月ちゃん、本当にすまなかった」
「いいえ、悪いのは龍さんじゃないので謝らないでください。私も龍さんに攻撃したんですから」
「いや、しかし……」
「龍、紫月は無事だったんだから気にすんな。あっ、だが紫月、今度龍になんか奢ってもらえよ?」
それぐらいはやってやれよと啓吾が微笑を浮かべると龍は苦笑した。このままでは間違いなく謝罪合戦になっていただけに有り難い提案だった。
「分かった。じゃあ紫月ちゃん、今度お詫びするから考えといてくれ」
「すみません……」
何だか非常に申し訳なってくるが、紫月は素直にその厚意を受けておくことにした。何より礼節を重んじる龍だ、きっと筋を通さなければすっきりしないのだろう。
だが、いつもならここでつっこんで来るはずの三男坊殿が大人しい。一体どうしたのかと紫月は翔の方に視線を向ければ、何だか少しむくれているようで自分を見ようとはしない。
それに心の中で首を傾げながら紫月は柳に礼を言って立ち上がると、包帯を巻くだけ巻かれている翔に声をかける。
「……随分ボロボロみたいですね」
「龍兄貴相手で無事ですむわけないやい!」
「はいはい、それで何を怒ってるんですか?」
「別に怒ってなんか」
「三男坊、紫月に八つ当たりしてみろ。今すぐ心臓開くぞ」
全て言い終わる前にシスコンの刺すような殺気に当てられ翔は言葉を飲み込む。それでも目を合わそうとしない翔に本当にどうしたのだと言葉を待てば、ようやく彼は原因を告げた。
「……ゴメン」
「何がですか」
「怪我させて」
「……それで不機嫌だと?」
「情けないだろ」
「……今更だと」
「否定しろよそこは!」
それに紫月はくすくす笑う。どうやら不機嫌の理由は、自分を守れず怪我をさせた責任を感じているかららしい。
そんなことを気にする必要などないのにと思うが、翔の優しさはけっして不快なものではなく口元は笑みを隠せなくなってしまう。だが、嬉しいとは言わず声はいつもの調子で翔に言う。
「別に私は翔君の所為で怪我したなんて思ってませんよ。それにこの程度の傷ならすぐに回復しますし」
「だけど紫月が怪我すんのはやだ!」
きっぱりと言い切った翔に紫月は少し朱くなる。本当にこの少年は時々心臓に悪い。しかもこのストレートは本気なのだからどうにも平然としているのは不可能で……
少しだけ間をおいて紫月は小さく礼を述べた。
「ありがとうございます、心配してくれて」
「……オウ」
あららと女性陣達の関心は高く龍達もやれやれといった表情だが、シスコンはそうはいかない。このむず痒い空気に青筋を立てて容赦なく翔の頭にげんこつを落とした。
「だあっ!!」
いきなり何でと言いたそうな声を上げて翔はげんこつの落ちた頭を押さえる。さすがに頭を怪我していたので柳がその行動を批難した。
「ちょっと兄さん! なんてことするの!」
「なんかムカついた。それに俺は紫月に怪我させんなって言ったんだ。一発ぐらい殴っても問題ない」
「まぁ、そうかもしれませんが」
「ちょっと紫月!?」
なんでこういうところは兄妹そろって同意見になるんだと思うが、一番似ている思考なのでどうしようもない。
そして、とりあえず全員の治療が終わったなと確認すれば啓吾は遠慮なく紗枝の膝に頭を乗せる。
「ちょっと啓吾!?」
「寝るから膝貸せ。床痛いから」
「私はあんたの枕か!」
「ああ。それにこれでも力使ってるからな、回復しとく……」
それだけ告げて本気で寝るのだから文句すら言えなくなってしまう。確かに途中で休憩したが、龍を縛り付けることで力を使い切ってしまったことは事実なので回復してないのだろうけれど……
全く遠慮というものを知らんのかと殴りたいところだが、その分秀がしっかり毒舌を披露してくれるのでやめておいた。
「本当に弾避け以外は役に立たないんですね」
「そう言うな。かなり力を使ってるのは事実なんだから」
「だったら余計なことばかりせず弾避けにだけ専念していただきたいところですね。こんな狭い空間で啓吾さんにイチャつかれては紗枝さんも大変でしょうし」
お前が言うかと全員心の中でつっこむが、それを口に出して丸焼けにされる勇気があるものはいない。
ただし、その相手である柳はいま真っ赤になってる沙南の傍にいるため今回は独占するのは無理なようだ。さすがにそんな状況で秀も柳を取り上げようとは思わないらしい。
するとその時、宮岡のパソコンに新しいメールが入る。どうやら今度は通常のメールらしく、しかし、その差出人に苦笑いを浮かべないわけにはいかないが……
「さて、空港の方は準備万端みたいだな。秀君、待ち人殿は非常にお怒りのようだ」
「そうでしょうね。だけど来たいといったのは彼女なんですから待っていただきましょう。こちらは包囲網を破らなければなりませんしね」
やれやれと思いながらも宮岡は返信する。後からどやされるのは自分なんだけどなと一つ溜息を着くが、回避方法はあるといえばあるしといつもよりは気楽だ。
しかし、話が見えなかった龍は目を丸くして尋ねる。
「なんだ秀、空港に誰かいるのか?」
「ええ、兄さんに会うのを楽しみにしていますよ。だけど浮気しないでくださいね、兄さんには沙南ちゃんが」
「いいから誰が待ってるんだ」
これ以上からかわれたらたまらんと龍が言葉を遮ると、秀はニッコリ笑ってその名を告げたのだった。
ようやく進み始めた一行。
どうやら空港まではすんなり行ってるようです。
だけどどうやら空港に待たせてる人がいるみたいで?
そして龍も沙南ちゃんも真っ赤になってまして……
お互いすごく意識してるのでどうも今回はすぐに主従関係に戻れない様子です(笑)
それと高校生組もちょっと良い感じ。
だけど啓吾兄さんの前はね……
うん、げんこつ落とされちゃうのは仕方ないんだよ、翔。
まあ、だけどそのあとすぐに紗枝さんに膝枕させるとは……
啓吾兄さん最近お気に入りの枕は紗枝さんになってないか(笑)
理由は恋人だからだけじゃない気もするけど……