第二十五話:家長のキレ方
龍は車を無意識に飛ばして自宅を目指していたが、自分の家の前に迷惑窮まりない暴走族の群れが屯しているのを見て眉を吊り上げる。
そのままストレス発散に引いてやろうかと犯罪に手を染めるところだったが、コンコンと車の窓を叩かれ、おやっと窓を開いた。
水色のジャケットを羽織った、中肉中背より少しだけ身長が高い新聞記者が笑みを浮かべていた。龍の二つ年上、聖蘭中学時代の先輩に当たる宮岡良二だ。
「よう、久し振りだな」
「宮岡先輩!」
龍は出会った知己に犯罪者になるブレーキを踏まれた。彼はそれを踏めるぐらい龍が信頼している男だ。
しかし、宮岡はあくまでも天宮家と長い付き合いがあり、おまけに世界一の大馬鹿者と評されている紗枝の兄の親友だ。そのことを立証する言動がすぐさま繰り広げられた。
「ほら、車は預かっといてやるからさっさとあいつらを蹴散らしてこい。あんな所に屯されてたんじゃ、俺みたいな一般人はお前ん家に遊びに行けん」
「ということは……」
「ああ、窓際記者がお前さんが気にしてた情報を持ってきた。ついでにあいつら、沙南ちゃんを回して遊べるって下劣な事までほざいてたぞ?」
龍はシートベルトをはずし、ドアを開いて外に出る。その表情は無表情としか言えないがオーラは半端なく歪んでいる。
「先輩、三分間だけ車お願いします」
その後の説明はするのも悍ましくなるほど、不良達は生まれてきて初めて本物の悪魔とは……、と考えることになった……
寛之を自然に踏み付けて帰ってきた龍にしばらくの間、その場にいた者はただ呆然と立ち尽くしていた。
それは大男を踏み潰す青年がいるから、という理由ではなく、龍がこの場にいる者達を威圧しているからだ。それだけ彼の風格は全てを支配しているように思わされる。
「兄さん……」
「龍さん……」
一瞬の出来事に気の利いた言葉を発せる者がいたら、秀でも心から拍手を送ったと思われる。
しかし、不良達いわく、本物の悪魔は溜息を吐き出して庶民的な発想を繰り広げてくれた。
「まったく、うちの周りはゴミロードになってて帰るのにいつもより時間が掛かったな」
あくまでも冷静、何等いつもと変わらない声。グレーのワイシャツも多少シワになってるぐらい。ただ、言っていることはありえないぐらい人に恐怖の種を埋め込む。
いつもならこのあたりで秀が何か言ってくれるはずなのにな、といたって龍は普通でいたため、反応のない秀に尋ねた。
「ん? どうしたんだ?」
「……ハハッ、やっぱりストレス溜まってます?」
乾いた笑いに、龍はそれはないだろうと無表情が少し崩れた。
「まさか、医者がストレス溜めてるようじゃやってられないぞ?」
だけど兄さん足に……、と秀が指差すと、龍はようやく気付いたとでも言わんばかりに足元の異物を発見する。
そして、気絶して顔面がボロボロになっている寛之の後ろ襟首を片手でひょいと掴み上げると、恐怖を通り越して固まっている不良達を無意識に威圧しながら尋ねた。
「玄関にこの産業廃棄物を置いたのはお前達か?」
「はっ、はいい!!」
ボロボロにされながらも全員が気をつけの見本を見せてくれる。逆らったら命はないと本能が告げるのだ。
「二度と家へ捨てに来るなよ、ちゃんと産業廃棄物は適切な場所で処理してもらえ」
「分かりましたっ!!!」
不良達は産業廃棄物こと、寛之を龍から受け取るとご自慢の愛車に乗り、一目散にゴミロードを元通りの平和な道へと戻して消えていった。
軍隊でもここまで予行演習もせず同じ言葉を発せられるのかなぁ、と純は首を傾げ、夢華はすごいよねぇ、とほぇ〜っとした顔をして感想を述べている。
しかし、末っ子組は緊張感がなくとも、翔と紫月は充分龍の恐ろしさを身に染みて感じていた。
「天宮家は一体どうなってるんですか……」
「家長はキレたら幻覚を見始めるんだよ……」
秀兄貴だってそんなことないのに……、と頭を抱えて付け加える。
しかし、弟達の心境など露知らず、ゴミロードが綺麗になりさえすれば全く問題ないのか、龍はいたって平静な声で秀に告げる。
「さて、お前は今日出掛けるんだろ? ちゃんと奢るように、と啓吾からの伝言だ」
「は、はいっ! そうします。柳さん、行きましょうか」
「あっ、はいっ!」
後は頑張れ……、とそれは心の底から思いながら二人は出掛けていった。
そして、少しは落ち着いたのだろう、沙南の姿が視界に入るなり龍は穏やかな表情で告げる。
「沙南ちゃん、コーヒー頼めるかな」
「……龍さんっ!!」
「沙南ちゃん!?」
いきなり抱きつかれて龍は慌てる! この突然の行動にいつも龍は赤くなるばかりだ。
「やっぱり龍さん大好き! 今日はとびっきり美味しいの作ってあげるね!」
幸福を全身で表す沙南に末っ子組は良かったねぇと微笑み、翔はそこで押しとけっ!と握りこぶしを作る。
だが、龍がそこで動けるほど器用ではない。寧ろ不器用過ぎるため気の利いた言葉一つも掛けれず、いつもの展開は訪れる。
「ああ、頼むよ。それはそうと……」
抱き着いて来た沙南をそっとはなし、門の方に視線を向ければ、天宮家の面々は久し振りに会う来訪者に声をあげる。
「あっ!」
「宮岡の兄ちゃん!」
「よう、久しぶり!」
片手を上げ、宮岡は天宮家にニュースという手土産をもって訪れたのだった。
龍ってキレたら性質悪いですね……
弟達が兄に逆らわない理由も沙南ちゃんを絶対守る理由もご理解いただけたでしょうか?
だけど、沙南ちゃんに大好き!と言われて抱き着かれてるのに何故に赤くなるだけなんだへたれ長男!!
それに周りがこれだけ応援してるのに何故に進展しないんだこのカップル!!!
ですが、宮岡先輩が何やらニュースを持って来たみたいなので、いよいよどんどん天宮家は真相に迫り始めますよ。