第二百四十八話:絶体絶命
桜姫が花の女神を倒したことにより、龍は今自分が何をしているのかより鮮明に分かるようになった。ただし、それでもまだ自分の意志を秀達へ伝えられない。
どうやらいくら催眠が解けたといえども、仮面男を自分から追い出さない限り秀達への攻撃を止めることは出来ないらしい。急がなければと龍は自分の意識に巣喰う仮面男を探す。
そんな中、また滑稽な声が龍に聞こえてきた。
『どうだい? 弟達を殴る気分は』
仮面男は解けたなら解けて良かったと言わんばかりに、こちらに話し掛けて来る。寧ろそちらの方を狙っていたかのような口振りに不愉快感を覚えながら龍は答えた。
「悪くはないが殴る手は痛いんだ。いい加減に出ていってくれないか」
翔あたりが聞けば間違いなく抗議の一つは上がりそうな返答だが、メスが持てなくなったら困るとぐらい龍は言ってのけるつもりだ。
しかし、催眠が解けたことによってより感じるリスクに仮面男が気付かないはずもなかった。それを楽しむかのように龍に問う。
『残念だがまだ楽しませてもらうさ。何よりお前が崩れることで天空太子達や従者にとって大きな痛手となることは疎か、沙南姫を失えばお前は天の力すら発動する可能性を秘めていることも分かってきた。
どうせなら全てを解放して貰いたくなったのでね。早く天の力を発動して欲しいものだ』
どうやらすっかりこの体が気に入られたようだなとも思うが、仮面男が自分の力をこじ開けることは不可能なのかと理解する。
だが、これ以上好き勝手をされて弟達は疎か沙南までに危害を及ぼしたくはないと思う。その前にケリをつけるのが自分の仕事だ。
「悪いが発動させるわけにはいかない。それに俺は滅ぼしたいんじゃない。守りたいだけだ」
だから出ていけと龍は相手を威圧する空気を放つ。それを面白くないと仮面男は思いながらも、もう一度龍を乱す言葉を吐く。
『せっかく本能を解放してやってるのにお前はまだ理性を振りかざすか』
「俺の本能は弟達を殺したいと思ってるのか?」
『いや、素晴らしいまでの家族思いだ。だが、沙南姫を抱きたいと望んでるだろう?』
ピクリと龍は反応した。やはり沙南のことに関して彼は最悪の状況を考えないわけにはいかなかったのだ。
その反応に仮面男は追い討ちをかけていくことに決め、ニヤリと笑って龍の心を乱していく。
『守りたいと願う反面、崩してやりたいとも思うとは媚薬の効果だけにしても邪な心だな』
「沙南に手を出すなっ!」
『出すのはお前だ天空王。さぁ、この現代ではお前が沙南姫を殺すがいい』
仮面男はさらに龍の力を解放した。
速くなっていくスピード、体にかかる重力、もともとの戦闘におけるセンスに隙のない動き、そして恐怖を抱かせるような威圧感……
それを全部受けながらも何とか龍を止めようとするが、秀達は息を上げさせられるばかりだ。
「翔君、大丈夫ですか……」
「ああ……ったく、兄貴の奴オペばかりやってたかと思ってたのになんで強いまんまなんだよ……」
「医者だから体力があるんですよ……それに僕達に負けてるようじゃ悪の総大将になんてなれませんしね……」
やっぱりそういうところは龍だなと思いながらも、これ以上の長期戦は続けるだけこちらの不利になっていくことは分かる。相手は化け物すら簡単に倒してしまう自分達の兄なのだから……
しかし、そう考えている自分達を見透かしているのか、龍は口元に笑みを浮かべて告げる。
「秀、翔、この戦いにも飽きてきた。そろそろ片付けさせてもらうが重力に潰されたいか? それとも俺の手に掛かって死ぬか?」
「冗談じゃないやい! どっちもお断りだ!」
「全くですね! それにこっちもそろそろあなたの言葉は聞き飽きたんですよ。さっさと兄さんから出て行きなさい!」
全くだと啓吾も思う。もうすぐ日も昇り始める時間だ。さっさと気絶なりなんなりして貰いたいところだ。
しかし、それで出ていってくれるならば早い話だが仮面男は龍の表情を借りて欲に満ちた言葉を吐く。
「くくっ、それは無理だ。この体にせっかく馴染んで来たのでね、私は思い通りに動きたいのだよ。
だが、私も優しさぐらいある。天空王はこの現代でも沙南姫を思っているのだからな。ならば沙南姫を犯したいという願望ぐらいは叶えてやるさ」
既成事実にはもってこいじゃないかと秀と翔、さらには啓吾もそう脳裏に過ぎるが、それを龍が望まないことは分かる。
沙南のことに関してはありえないぐらい気持ちを大切にしてきたのだ。それこそ世界で一番じれったいのではないかというぐらいに。
だからこそそんなことになれば、間違いなく自分を責めるだけじゃすまない……
「悪いけどさ、龍兄貴の恋路だけは邪魔させるわけにはいかないね」
「全くですね。それに僕達は兄さんの弟であると同時に沙南ちゃんの家来なんです。兄さんと幸せになりたいのが主の望みなんですから邪魔はさせません」
二人はもう一度龍と対峙する。体のダメージはかなりのものだが、自分達が止めなければ傷付くのは龍と沙南だ。
ずっと沙南が龍のことを思ってきたその気持ちも、互いが築き上げてきた信頼関係も壊したくないのは本人達だけではない。
「龍兄貴、悪いけど本気でやらせてもらうぞ!」
「そうですね。あとからちゃんと叱られますから」
「……仕方ねぇな」
その直後だった! 龍に有り得ない重力が掛かって一瞬動けなくなった隙に火と風が龍におそい掛かる!
「ぐっ……!」
啓吾から掛けられた重力を打ち破り、二人の攻撃を飛び上がって避けるが、そのあとを追って翔がかまいたちを放ってきた!
「くらえっ!」
「くっ……!!」
体を重力で操ってかまいたちをかわし、そしてさらに突っ込んできた翔の重力を操ってその場に停止させるとストレートを繰り出す!
「調子に!!」
「覚悟しなさい!!」
秀は本気で龍を燃やす業火の火球を放つ。それが龍の上着を掠めて燃え始めると、龍はそれを破り捨てる。その隙をついて啓吾が重力で龍を縛り付けた!
「啓星……!」
「倒れろ!!!」
秀と翔が同時に拳と蹴撃を繰り出した瞬間、全ての動きを停止させる重力が三人に掛かる!
「ぐっ……!」
しかしその直後、翔の目の前に大きな掌が差し出されて視界を遮ると、そのまま頭を捕まれてビルに叩き付けられた!
「翔君!!」
「三男坊!!」
そしてさらに龍は翔の首を締め上げる!
「やっ……めっ……!!」
首を絞められる龍の腕を何とか離そうと掴むが、重力を操作されている上に龍の力となれば翔が敵うはずもない。
だが、それでも何とかしたいという願いが風を生み出し翔の目を黄金に変え始める。
「いかん!! 次男坊!! 三男坊を覚醒させるな!!」
「分かってます!! 兄さん、翔君、許して下さい!!」
ここで翔を覚醒させて被害を拡大させるわけにはいかないと、秀は巨大な火球を放って直撃させるが、その火球の中から龍は飛び出してきて秀に拳を繰り出してきた!
「くっ……!!」
啓吾が少しでも重力を操ってくれなければ、いくら秀でも腕の骨にヒビぐらい入っていただろう重い拳打を受けると、一度龍は引き有り得ないほどの重力と威圧感を秀に叩き付けた!
そしてそれに冷汗を流した直後、あまりにも静かで低い声が秀の耳元で響く。
「秀……」
「なっ!!」
一発腹部に拳が入り首筋を打たれて地面まで叩き落とされる。しかし、龍はさらに上空から急降下して秀の頭を地面が抉れるほど押さえ付けた!
「次男坊!!」
叫んだのが最後だった。目の前に龍はいたのだ。そして一撃で啓吾の意識は薄れる。
「冗談じゃねぇよ……!!」
腹部を一発殴られ啓吾もその場に膝を折って倒れると、張っていた重力の結界が消え去る。
「兄さん!?」
すぐに異変に気付いた柳は啓吾のもとへ駆け寄ろうとしたが、急に襲い掛かってきた重力に呼吸を止められる。
「くっ……!」
「何だこれ……!」
「龍ちゃ……」
柳達はバタバタとその場に崩れていったが一人だけ何もかけなかったものがいる。
「龍さん……」
「沙南……」
いつもより低くその名は告げられる。龍は心の中でかつてないほどの危機を感じるのだった……
大変だぁ〜!!
龍が沙南ちゃん以外倒しちゃったよぉ〜!!
やっぱり悪の総大将、力だけは秀達が束になっても敵わないなんて……
それに翔はどれだけ重傷なんだってぐらいやられてる気が……
だけど沙南ちゃんの身に危険が迫ってきてるぞ!
いつもならコントですむ話も今回はそうはさせません。
はい、つまり次回は15禁ですね(あくまでも)
まだ書いていませんが、一体どんな結末になってしまうのか……
龍、このままでいいのか!?