第二百四十七話:桜
それは二百代前の天界の話だ。
天界にも季節というものが存在しており、春となれば多くの生命が力強く息吹を上げる。それは天宮の庭園にもやってきて、天空王はそれを肌で感じながら読書によく勤しんでいた。
特に桜の木の下で読書をしている時に沙南姫がやってきて、あまりの気持ち良さにいつの間にか彼の肩に寄り掛かって眠っている姿はまるで絵画のようで。
そんな沙南を見てふわりと笑う天空王に、桜姫はとても穏やかな気持ちにさせられたものだった。
そして今日も彼女はいつの間にか眠ってしまったらしい。すやすやと健康的な寝息を立てている。しかし、全く手出しもせずいつものことと天空王は仕方ないなと笑うのだ。
「眠ってしまったのか……」
本を閉じてそれを傍らに置き、天空王は羽のように軽い沙南姫をすっと抱き上げる。そこにタイミングよく現れるのが桜姫だった。
「主、失礼致します」
「ああ、桜姫。すまないが寝室の準備をしてもらえないか? 沙南姫様はすっかり夢の世界だ」
「かしこまりました。主の寝室に」
「桜姫」
「ふふっ、すみません。南天空太子様と啓星様からせっかくだからそのように取り計らうようにとのことでしたので」
天空王が読んでいた書物を抱えながら桜姫はくすくすと笑う。笑い事じゃないんだがと言っても彼女は綺麗な笑顔で流してしまうけれど。
弟といい従者達といい、自分の恋路をこれでもかというほど応援してくれているが、最近は有り得ないほどの結束力のおかげでどれだけ赤くさせられてるのだろうかと思う。
その時、風が吹いて桜の花びらがふわりと舞い散った。それに二人は心を奪われる。
「綺麗だな」
「はい」
「俺は桜の時期が一番好きだよ。正反対の戦場に立っているというのにな」
そういって苦笑する天空王に桜姫は否定し、季節の盛りが分かるこそ好きになるのだと答える。
「それに沙南姫様のようだと感じてるのではないかと」
「こら、桜の姫君が自分の花を誇れなくてどうする」
「えっ?」
また桜が舞い散る。すると天空王はこちらをドキリとさせるようなことをいうのだ。
「俺は君が桜のように美しく優しいと思った。だから桜姫と名付けたんだがな」
それに好きでもなければ、いくら自分の力を宿していても従者にまではしなかったと答えると、桜姫は目を丸くする。
「どうしたんだ?」
自分は何か変なことでも言ったのだろうかと尋ねると、桜姫はいいえと答えて一つ溜息を着く。その彼女らしからぬ態度に天空王は疑問符だらけになるが、桜姫は忠告はしておこうと思った。
「主、今のようなお言葉は沙南姫様にご使用下さい」
「名付けた理由をか?」
「違います。主が沙南姫様が春のような方だから好きだと一言おっしゃればよろしいのです」
「なっ……!」
そう告げただけで真っ赤になってしまう主に桜姫はくすくす笑う。やはりそれだけ沙南姫が好きなのだなと分かる反応に妬けてしまうが。
「主」
「何だ?」
「ありがとうございます……」
桜は優しく彼女達を包み込んだ……
青と黄金の目を向けられ花の女神は唇を強く噛んだ。それは彼女が天空王の従者だという証拠であるが、黄金の目の方は天空王と酷似した空気を漂わせる。
しかし、なぜ片方だけ黄金になっているのかとの疑問が浮かぶ。
「何なのですか、その目は……!」
桜の花びらを纏っている桜姫に問えば、彼女は極自然なことと答えた。
「簡単なことです。私は天空王様の力の一部を頂き従者となりました。その証拠が現れてるだけのことです。
ですが御覚悟を。天空王様の力の一部とはいえ属性は天、しかも滅びの力となります。あなたを倒すには充分過ぎる力です」
確かに今までの彼女の力とは全く質がことなるものだとは感じられる。だが、桜姫の体に負荷がかかっていることも見て取れた。
「……諸刃の剣ということですか」
「ええ、確かに力は使い果たしますが今は主を元に戻すことが先決。それにいつかは癒えますから」
そして彼女がすっと腕を上げれば強力な重力の枷が発生し、大量の桜の花びらが花の女神を狙い始めた。花びらが纏うのは殺気。
「……参ります」
それは一瞬! 桜姫は花の女神に突っ込み、花びらを纏った強烈な蹴りを繰り出す!
「くうっ……!!」
重力と花びらの力を何とか自分の花びらの盾で防ぎ、弾き飛ばされそうになった体を彼女を守る花びらが支える。そしてさらに花びらを散らしてきた桜姫に花の女神は怒りの形相を浮かべて叫んだ!
「桜姫!」
怒りを感じ取った植物は一斉に息吹を上げて兵となり桜姫に襲い掛かるが、桜姫は凛とした声で唱える。
「散りゆきなさい」
桜姫が一帯に桜の花びらを舞い散らした途端に植物兵も彼女に襲い掛かろうとした蔓や花びらも一気に枯れ生気を失った!
「なっ!!」
驚きも束の間、花の女神の前に桜の花びらが一片掠める。そして戦いの終結を告げる。
「舞い上がれ」
「きゃあああ!!」
花の女神の下から桜の刃が舞い上がり彼女に無数の傷をつけ、その姿を見ないように桜姫はさらに桜の花びらで彼女を飲み込んだ。
それから静寂が訪れ、桜姫は倒れている花の女神の元へ足を進める。すっかり力を失った女神は起き上がることすらままならない様子だが、まだ桜姫を睨む力はあるようだ。
「一女官が……!!」
何故だという目に桜姫は虚しさを感じつつも答える。
「天に恋焦がれた花の女神、ですが主の心はあなたに惹かれはしなかっただけのこと。そしてこの現代も主は沙南様を守ろうとしております」
「なぜ……!」
何故届かないのだと、何故に沙南なんだと思いながらまた桜の花びらが花の女神に舞い散る。そして桜姫がその答えを告げる前に彼女の意識は途絶えた。
「……きっと分かっておいでだったのでしょう? 人を愛することは理屈などではないと……」
そして桜姫も力の解放をおさめるとバタリとその場に倒れた。龍が全てを終息させてくれることを信じて……
だが、事態はまだ収まりを見せはせずさらに最悪な方向へと走り出していた……
さあ、花の女神との決着が付きました!
桜姫が見事に破ってくれてとりあえず一段落。
そして天空王だった龍とのヒトコマ。
龍は相変わらず沙南姫様が好きだったようで、よく桜姫達にからかわれていたと(笑)
でも桜姫じゃなかったら間違いなく口説き文句に取られてますよねぇ。
だけどこちらが片付いても本人はまだまだ暴れております。
さあ、一体どうなるのかな??