第二百四十二話:歪む世界と不安
ビルの上に桜姫がふわりと舞い上がった後、いきなりパンッ!という音がして消防車はバランスを崩した。
「うわっ!」
「きゃっ!!」
「くっ……!!」
龍はとっさに力を解放し、消防車丸ごと重力で縛り付けて被害を防ぐと、全員が無事かどうかを確認する。
「皆、大丈夫か?」
「うん、平気だよ!」
「ありがとう、龍お兄ちゃん!」
「啓吾より良い判断だ」
どうやら心配どころか元気いっぱいらしい。まあ、末っ子組はいつもの反応だが、シュバルツもこんな時まで平然とした反応だというのは、さすが啓吾の義父というところだなと苦笑する。
そして助手席に座っていた沙南は一度頭を軽く横にぶつけたらしく、若干涙目になっていた。
「沙南ちゃん、大丈夫かい?」
「ええ、ちょっと痛いけど天宮家の血筋で石頭だから平気よ」
「おいおい。だけど一応診せてくれるかい?」
こんな時でも医者なんだなと沙南はくすくす笑った。ふんわりと触れてくる手が本当に気持ちが良くて、頭の痛みなんか忘れてしまうんだけどなと沙南は心の中で思う。
そして、手際よく診察を終えて大事に至らなかったことを龍は安心して、穏やかな笑顔で頭を撫でてくれる。
「大丈夫だ。石頭で良かったな」
「でしょ? ご先祖様に感謝しなくちゃね」
それを聞いていたシュバルツはズルッと肩を落とした。どうしてここまで甘い空気だというのに、色気もない言葉しかこの二人からは出てこないのだろうか。
もちろん、二人の関係を良く知るものならいつものことだと諦めるが……
それから一行は外に出て一体何が起こったのかとタイヤを見れば、タイヤは見事に焼き切られたようなあとを残してパンクしていた。これではどうしようもない。
「ダメだ、タイヤをやられたから消防車は使えないな」
「仕方ないわよ。また別の足を探すかこのまま走って行きましょ」
「そうだな」
そう簡単に結論を出して前方に止まっている二台の戦車にも目を向ける。こちらがいきなりスリップしたのを見てそれぞれが顔を出した。
どうやらあっちは無事だなとホッとするのも束の間、自分達に向けられている殺気に気づいて龍はさっと沙南を背に庇う。
「龍さん?」
「またお客さんだ」
こちらが足止めを喰らっているのを幸いと思い、様々な凶器を持った無法者集団が一行を取り囲みはじめた。しかし、銃だけ構えて相変わらずシュバルツは落ち着いた声で龍に問う。
「こいつらはGODという感じじゃなさそうだな」
「はい、多分その場で雇われたチンピラでしょう。ですが、足はまた手に入りそうですね。戦車とはいかないが」
趣味の悪そうな車やバイクだが、空港まで走って行くよりはいいだろう。
「それに麻薬をやってそうだな。治療しなければならないこちらの身にもなってもらいたいところだ」
「そうですね。違法なものに手を出すものほど何故かこちらの仮眠の時間に運ばれて」
「龍さん……」
このままいくと別方向の話しに逸れていくので、沙南は一度この医者達の会話を遮った。二人とも救命に身を置いていた所為で話しが尽きることはなさそうだ。
しかし、その話をしている暇など無くなるようなことを無法者の一人が告げる。
「沙南姫……」
「えっ?」
突然、沙南に殺意を抱いて突っ込んできた無法者に純が反応して前に踊り出た。
「よっと!」
「ぐあっ!」
純は軽く飛び上がって無法者の右頬を蹴り飛ばすと、他のものを巻き込んで道路に倒れ込んだ。それからさらに沙南に襲い掛かろうとしていたものにも腹部に軽くパンチをお見舞いし、腕を掴んでひょいと投げる。
「純君カッコイイ! 翔お兄ちゃんみたいっ!」
夢華はキラキラした笑顔で純を応援するが、龍にとっては眉間にシワを寄せることしか出来なくなる。
「どうしたの? 龍さん?」
「翔みたいになって欲しくないんだが……」
「あら、男の子は元気な方がいいでしょ?」
「元気過ぎるから困るんだが……」
気苦労性の家長はあっさり無法者を片付けていく末っ子にどうか真っすぐ育ってほしいと切実に思うが、前方から新たな火の手が上がり、既に手遅れな弟の仕業かとまた頭を抱える。
「全く、あなた達さえ出てこなければ僕は柳さんをしばらく堪能できたというのに」
「おい、やりすぎじゃねぇか、秀……」
「殺されなかっただけ有り難いと思っていただきたいですね」
相変わらず絶賛不機嫌中と言わんばかりに秀は相手を蹴散らしていた。しかし、中では未だに面倒だと言わんばかりに紗枝を抱き枕にして啓吾は眠っている。きっと本気でピンチにでもならない限り彼は寛ぐつもりだ。
「それより秀君、桜姫君も上に飛んでいったようだが……」
「はい、翔君と紫月ちゃんの援護にいくと言ってましたが」
その時、突然床が歪みはじめそれぞれがバランスをとるために何かにしがみついた。とても立てる状態ではない!
「なんだこりゃ!?」
「気分が悪くなりそうだな……」
ぐにゃぐにゃと歪む世界に吐き気が襲ってくるが、体がふわりと浮かび上がり体に感じていた負荷が若干和らぐ。その機転を効かせてくれたのは悪の総大将だ。
「兄さん」
「大丈夫か」
「ええ。だけどこれは一体……」
「原因は上だな」
龍が指をさすと確かにそれらしい事態を引き起こしていそうな人物が空に浮かんでいた。視力もよい天宮家の面々はそれぞれに感想を述べる。
「綺麗な女神様だね。花びらがいっぱい舞ってるよ」
「純君、綺麗なのは花であって女神様ではないみたいですよ。それに桜姫さんの方がよっぽど素敵だと思いませんか?」
「そうだね、桜姫さんの方がすっごく綺麗だよね!」
桜姫が聞けばさぞ恐れ多いことと頭を下げたに違いないことを二人の弟は言う。まあ、彼女の容姿は落ち着きと品格を備えた桜や蓮の花をイメージ出来る美女と言っても誉めすぎじゃないが……
「とりあえず、俺が行ってくるから秀達は」
「先に行きたいところですけど、よっぽどここで足止めしたいみたいですね」
また出てくる敵の数に龍は深い溜息をついた。そして、さすがにずっと止まっていた戦車に気付いたのか啓吾は欠伸をしながら戦車から顔を出す。この歪んだ光景も平然としていられるのは彼も軽く浮いているからだろう。
「……なんだよ、まだ着いてないのかよ」
「この状況で行けると思ってるんですか?」
「お前が全部燃やせば良いだろ」
「いちいち力ばかり使わせないで下さい。啓吾さんほどではなくても眠くはなるので」
「お前達、そこまでにしとけ。俺は翔達のところに行ってくるからこっちは頼んだぞ」
「はい、分かりました」
いつもの応酬が繰り広げられる前に会話を遮り龍は軽く跳躍してビルの上まで上がる。
「啓吾さん、全員浮かしていられる時間は?」
「面倒だから十分で終わらせろ」
「分かりましたよ!」
歪んだ世界の中でバトルの火蓋は落とされた。
しかし、少しだけ沙南の様子がおかしいことに柳は気付く。
「沙南ちゃん?」
「柳ちゃん……あの人、龍さんをどうするつもりなんだろう……」
上空に浮かぶ女神に、沙南はどこか不安を覚えるのだった……
バトル開始!ということですが……
皆さん相変わらずのご様子で……
消防車の中でちょっと良い雰囲気になった沙南ちゃんと龍。
だけどなんで色気のある会話にならないのか……
そりゃシュバルツ博士も突っ込みたくなるよね(笑)
そして柳ちゃんとイチャイチャ出来てたのにまた邪魔が入った秀。
そろそろ敵も学んだ方がいいですね。
二人の愛を邪魔するものは少なくとも秀さんに半殺しにされます(笑)
だけど沙南ちゃんが上空の女神に何だか不安になってるみたいで……