第二百四十話:薬はほどほどに
ホースを構えて翔はニッコリ笑う。おそらく消防士にでもならない限り一生体験が出来ることではないのだろう。あとは防護服でも着たら完璧なのだが、生憎そこまで凝ってる場合ではない。
「一度やってみたかったんだよな」
「兄さん、後から僕にもやらせてよ?」
「ああ。んじゃ!」
勢いよく放水が始まる。通常はあまりの勢いにバランスを崩しがちだが、翔には全くその心配はない。しかも生きた水源がいてくれるおかげで水はほぼ無限に放水されるため、翔は至るところに撒き散らした。
「三男坊、狙いが甘い。あっちの兵器ショートさせろ!」
「オウ!」
毒針を乱射してくる兵器の数々に見事に大量の水が入り込み、バチバチと音を立ててショートする。
さらに上空からヘリで乱射してくるものにも勢いよく放水をおみまいしてやれば、視界が悪くなってバランスを崩し墜落した。
「おもしれぇ〜!」
「三男坊、今のは末っ子に感謝しろよ。普通あそこまで水は届かん」
純を見ればにっこりと笑っている。どうやら水を操る力を持つ純はさりげなく兄のフォローをしていたようだ。
一方、啓吾が立つ戦車の中では何やら薬の複雑な調合を終えて精密機械の玉とでも言えばいいだろうか、それの最終チェックを終えた秀はドライバーを傍に置いた。
「さてと、こんなものかな」
「お疲れ様でした、秀さん」
「いいえ。柳さんが傍にいてくれたおかげですよ」
「きゃっ!」
秀は相変わらずな悪戯心が働いて柳の頬に一つ口づけを落とす。外では自分達を狙うものが群れをなしているというのに、こんな時でも秀は柳をからかうことはやめられないらしい。
啓吾も文句の一つでも言いたいところだが、新たな兵器が目の前に現れてきてさすがに応酬を繰り広げているわけにはいかなくなった。
「では、僕も出ましょうか。柳さん、この続きは後でじっくりと可愛がってあげますから待っててくださいね」
「えっ!?」
笑顔で告げられた言葉の意味を柳は何となく理解出来るようになってきたが、それを聞いていた紗枝と桜姫はご愁傷様という感想を持った。
そして秀も外に出ると、相変わらず年少組の消火活動は賑やかに続いており啓吾も怪我一つしてないのは流石といった状況だった。
「次男坊、面倒だからさっさと片付けて来い」
「啓吾さんだって本気出せばこれくらい余裕でしょ?」
「疲れるから嫌だ」
「はいはい、そういえば体力無かったんですよね」
お前達と比べたら不公平だろうなと言い返してやりたいが、すぐに重力を操って銃弾を止めることに集中させられる。
確かにこの数は面倒だなと秀は先ほど中で作っていたものを啓吾に渡した。
「それより啓吾さん、これ使ってみますか?」
「なんだこれ」
「そうですね、試作品なんでまだ効果は何とも言えないですが、人体に無害な足止め薬とでも言っておきましょうか」
「はっ?」
「効果は長くて半日ということですよ」
もし人体に影響があった場合とは付け加えなかった。一応、今回は龍が傍にいるのであまりにも彼の趣味にあったものを作るわけにはいかないのだ。
一体何がなんだかわからない説明だが、毒針から毒の弓矢や火炎放射に攻撃が変わって来たため、それを交わしながら秀は黒い笑みを浮かべた。もちろん、今彼を狙ったものには瞬時に爆破の洗礼を受けさせているが……
「ああ、実験出来そうなお客さんがやってきましたね」
「おい、あんだけやってまだ報復すんのかよ……」
「足りるわけがないでしょう?」
というより、満たされることがあるのかと啓吾は心の中でつっこむ。
自分に害をなすものに容赦することはおろか、生きる気力すら削ぎ落とす青年は弟達には笑顔で命じた。
「翔君、純君、消防車の中に戻ってください」
「えっ? まだやりたいんだけどな」
「だったら構いませんよ? 僕の作った薬の餌食になれば良いんですから」
「純! 戻るぞ!」
「うん!」
それだけは御免だと二人は一目散に消防車の中に駆け込む。なんせ秀が作ったものにろくなものはないと、いやというほど思い知らされているからだ。
「それと兄さんにスピード上げるように言ってください。窓も絶対空けないようにと」
「分かった!」
というより、開ける精神の持ち主なんてこの中にはまずいないだろうと翔は心の底から思う。
それから秀はもう一度戦車の中に入ると何事かと思うが、トランシーバーを取りながら桜姫に命じた。
「桜姫さん、スピード上げてください」
「かしこまりました」
そしてスピードが上がり、秀はもう一つの戦車に乗っている紫月に通信する。
「紫月ちゃん、聞こえますか?」
『はい』
「森さんにスピードを上げるように言ってください。今から例のものを使いますので」
『かしこまりました』
そして通信を切って秀は後部座席に座っている柳にまたにっこりと笑顔を向けた。
「柳さん、すみませんが定員オーバーなのでまた僕に抱き着いていてくださいね」
「うっ……!」
「おや、顔が赤い気がしますが熱でもありますか?」
すっと柳を抱えてまた膝の上に座らせ、赤い頬に手が触れるとさらに柳は茹蛸になって抗議する。本当にこのストレートは何とかならないのかと眩暈がしてくる。
「秀さん、からかわないで下さいっ!」
「すみません、あまりにも柳さんが可愛い反応見せてくれるので」
「うっ……!」
「大好きですよ、柳さん」
それに柳は逃げ出したくなったが、これでもかというほどの秀の笑顔の前に彼女はただ俯くことしか出来なかった。
そんな中の様子を肌で感じながら青筋がいくつも立つシスコンは後から絶対潰してやると思いながらも、バランスを取りながら狙いを定める。
「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」
「もう撃ってるじゃねぇかよ」
そう告げてポイと前方をふさいでいる兵器に投げつけると、それからガスが発生して啓吾はまずいとすぐに中に入ってハッチを閉めた。
「何だこれは!」
「まずい! 兵器がショートしたぞ!」
「いかん! こっちは暴走だ!」
「毒針がこっちに!」
「うわあ〜〜!!!」
至るところで爆発やら混乱が起こっている横を通り過ぎながらも、テロリスト達はこの混乱を作り出した元凶に改めて深い溜息と恐怖を抱く。
スピードを上げろといったのは、この惨状のあとを想像の域だけに留める程度にしたほうがいいとの秀なりの唯一の気遣いとしておきたいところだ。
「秀か……」
「末っ子組、絶対外は見るなよ? 地獄よりひでぇ……」
「というより気の毒?」
消防車にいたものはせめて末っ子組にだけは悪影響を及ばさないようにと外を見ることを禁止する。それに元気よく頷くのだけが有り得ないぐらい癒しになる。
「龍兄貴、秀兄貴の麻酔科医志望やめさせた方がいいんじゃないか?」
「……いや、やめさせない方がいい」
「なんで?」
翔は首を傾げるが龍はこれでもかというほどの気苦労した表情を浮かべて答えた。
「麻酔科医になった方がまだ同情する人間の数が減る……」
それには誰もが何も言い返せなかった……
さあ、今回は秀が作った兵器を巡って龍を気苦労させ、啓吾兄さんを怒こらせ、柳ちゃんを茹蛸に……
本当に秀、あなたという人に加減はないんですか!?
というよりあなたの常識って何なんですか!?
だけどそれでも元気な末っ子組、どんなことがあっても皆の癒しになってくれます。
龍も二人が真っすぐ育ってくれさえすればと思っているようですが……
ですがまだまだバトルは続きます。
この程度で済むほどトラブルとはおさらばできませんからね(笑)
さあ、柳ちゃんとイチャイチャしてるだけで終わらせはしませんよ!?