第二百三十六話:作戦開始前の不安
夕食が終わればいよいよ作戦会議。テーブルの上にそれぞれの飲み物とデザートが置かれる。
「どうぞ、翔君」
「マジで緑茶?」
「しめは緑茶がいいのでしょう?」
確かにそう叫んだが、ここまで自分のリクエストにきちんと応えられるのもどうかと思う。それでも流石は料理好きなのか緑茶の入れ方からこだわってくれている味だとは思うが。
「じゃあ、明日は焼肉パーティか?」
「そうですね。まあ、大人達がこれからどう動くかで決まると思いますけど」
ちらりと龍達の方を見れば、宮岡のパソコンに入ってきている情報に龍は何やら思案しているらしい。だが、秀や啓吾がいくつかアドバイスをしてようやく腹を括ったみたいだ。ただし、多少微妙な顔だが……
「……分かった。お前の案に乗るよ」
「流石は悪の総大将。次男坊の悪辣な策でも認めるか」
「悪辣とは失礼ですね。せめて今までのストレスを熨斗をつけて返すとぐらい言えないんですか?」
「どのみち相手にとっては最悪だろうが」
「最悪ぐらいなら良いじゃないですか。啓吾さんだって顔が笑ってますよ」
「仕方ないだろ? 面白いことに変わりはない」
「お前達な……」
少しは後のことを考えてくれと言わんばかりの顔だが、腹黒参謀とシスコンの中ボスは全く気にした様子はない。
むしろこれから相手に報復できることに胸すら躍らせているような顔だ。
「何だか龍さん、微妙な顔してますね」
「ありゃ秀兄貴がとんでもないこと考えたからだな」
「で、龍さんが許可したと」
「ああ。可哀相に、龍兄貴。あの歳で家族四人扶養している上に人の倍以上の気苦労まで背負って、おまけに沙南ちゃんに愛想尽かされたらこれからの人生までぇっ!!」
久しぶりに見たなと思う。容赦ない家長のゲンコツは見事翔の頭上に落とされた。それに涙目になりながらも翔は抗議する。
「何すんだよ! 龍兄貴!」
「お前が馬鹿なことを言ってるからだろう」
「だからって毎回げんこつ落とすのはどうなんだよ!」
「俺はまだ落とし足りないぐらいだが?」
「確かに、翔君の行動はしばらく問題だらけでしたしね」
「煽んな秀兄貴!」
一行から笑いが起こる。そしてそこにちょうど洗い物を終えた女性陣達が戻ってきた。
「賑やかね、どうしたの?」
「それが沙南ちゃん、きいでぇ!!」
またもや龍からゲンコツが落ちる。これ以上何か言われて自分がからかいの種になるなんて御免だ。
「とりあえず全員座ってくれ。今後のことについて話すから」
ほぼ強制的に騒ぎを打ち切ってそれぞれが席につくと、龍は今後の方針について話始めた。
「まず今後の予定だが、一旦博士の所でお世話になろうと思う」
「どうしてだ?」
「うちは人っ気が少ないからな。市街地だとどうしても関係ない人を巻き込んでしまうからそれを避けるためにはちょうどいい」
なるほどなと全員が納得する。今日のようなことが起こるのも避けたいのであれば、人のいない土地に拠点を移しておいた方がいいのだろう。
「だけどここからかなり距離がありますが移動手段はどうするんですか?」
「当然ジェット機だ。陸路だと時間がかかるし、相手も龍や俺が重力を操れると分かってて空から狙ってこねぇだろうし」
「まっ、空港に着くまでの一戦は予想されますから動くなら深夜ですね」
「そこで秀兄貴の悪辣な作戦が……」
腹黒参謀の痛いほどの冷たい視線が翔を射抜いて翔は小さくなる。余計な一言をいうからと紫月は小さく溜息をついた。
「翔君、君には働くだけ働いてもらわなければなりませんから今は何もしませんが、日本に戻ったら覚えてなさい」
「す、すみませんでした……」
笑いが起こるのと呆れた視線と同情を覚えるものと様々だが、ここでまた脱線するとまたおかしな方向に走り出すため龍は話を再開した。
「そして博士のところについたあとは一気にGODの拠点を落とす。メンバーは俺達兄弟と啓吾。あとのものは博士のところで待機してもらう」
「お兄ちゃんだけずるい!」
「確かに納得いきませんね!」
「兄さん、龍さんに迷惑かけないで頂戴!」
「おい……なんで俺にだけお前達は批難を浴びせるんだよ……」
言ったのは龍なのにと啓吾は思うが、妹達の批難は啓吾に集中する。
「だって私だって純君と一緒に戦いたいんだもん!」
「夢華……遊びじゃないんだけどな……」
「兄さんだけ行くのが納得出来ないんです。弾を止めるのが関の山でしょう?」
「こら、さりげなく足手まといだと言うなよ紫月」
「兄さん、止めはしないけど龍さんに無理矢理連れていってもらうのならちゃんとお詫びした方が……」
「柳、俺はどこまで龍に迷惑かけてるんだよ……」
「えっ? 自覚ないの!?」
「兄さん、龍さんにちゃんと謝った方がいいと思いますよ?」
「迷惑かけたら謝らないとダメなんだよ?」
「お前達な……」
妹ってすごいんだなと龍は煤けていくシスコンの背中を見ていた。まあ、沙南一人に龍達兄弟が全員頭が上がらないのだから、女の子三人と啓吾じゃ勝敗は明らかだが。
それから啓吾は紗枝の方を見る。すぐに突っ込んでこないのは、これから離れ離れになって少し不安なところがあるからだろうと思う。それに自分が傷付くのを紗枝は彼女自身のことのように感じてくれるのだ。安心させておかないわけにはいかない。
「紗枝、そういうことだからお前は大人しく待ってろよ」
「……どうしても行くの?」
「ああ、ケリは付けたいからな。それともいかないでとぐらい言うか?」
絶対言わないだろうと啓吾は苦笑すると紗枝は俯いた。それに目を丸くして啓吾は紗枝の顔を覗き込む。
「紗枝?」
まさか本気で心配してるのかと、ここは冗談に出来るはずがなかったのかと思うが、少し涙目になってる紗枝と目が合って啓吾はドキッとした。
「紗枝」
「啓吾……死なない程度に怪我して帰ってきて!」
「心配しろよ! それに親指立てんな!」
「啓吾、グッドラック!」
「あんたも立てんなクソ親父!」
一瞬でも甘いムードを感じた自分が虚しくなってきた。だが、紗枝は紗枝である。
「だって止めたって行くんでしょ? だったら啓吾が怪我して帰ってきたときに、治療してあげるのを楽しみにしていた方が気も楽ってもんでしょ?」
「お前な……」
「だからちゃんと戻ってらっしゃい。まだ啓吾に貸しがいくつも残ってるんだから」
「貸しってな……」
「それぐらいの幸せも感じないままくたばってもらいたくないのよ」
そう告げてくれる言葉の裏にはちゃんと心配はあるらしい。素直に言ってもらいたいなとも思うが、それは二人きりの時にでも聞くとしよう。
「へいへい。ちゃんと帰ってくる」
しかし、もう一人の従者はやはり主のことが心配なのだろう、今回の命令に多少の不満はあるようだ。
「主……」
「すまないが桜姫には皆を守ってもらいたい。こちらの戦力もこれ以上割けないんだ」
どうか分かってほしいという顔は二百代前と変わらない。その顔にはどうしても逆らえず桜姫はその場に膝を折って頭を下げた。
「……かしこまりました、拝命、承ります」
凛とした声は主への絶対的な忠誠から発せられるもの。かっこいいなと翔や純はそれぞれの感想を抱く。
だが、そのあとに向き合わなければならない問題が龍にはある。秀達に激励を送っている沙南の笑顔が、やっぱり不安に満ちていたのだから……
今年最後に更新出来て良かったあ。
いよいよ最終決戦に突入いたします。
どんなバトルが繰り広げられるのか……
にしても啓吾兄さんって妹達に酷い扱われ方してますよね(笑)
兄の心配より龍にかける迷惑を詫びろって……
まあ、普段の龍の気苦労度を考えれば当然かな?
そして紗枝さんとシュバルツ博士息が合ってます(笑)
この二人でしばらく啓吾兄さんをからかえるかも?
だけど、そんなことばかりしてたら啓吾兄さんの大人ないたずらが怖いぞ、紗枝さん!
だけど一番の問題は龍。
早く沙南ちゃんにプロポーズして安心させなさい!