第二百三十三話:ホテル残留組
ホテルに続々と救急車が到着し、病院に搬送されると同時に医者達はオペ室に入ったきりになった。そんな医者達を手伝えることもなく、ホテルに残った面々は時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった。
「お兄ちゃん達、今日はずっとオペかな……」
「うん、たくさんの人が撃たれてたもの……」
末っ子組達は桜姫が差し出してくれたジユースを飲みながら、きっと今日は戻って来ないであろう兄達のことを思う。
「また襲って来るのかしら……」
「分からないわ……」
起き上がれるようになった沙南も、今は一行と固まっていた方がいいとの配慮で食堂に来ていた。しかし、多少片付けたといえども壁には無数の弾の痕が残っているわけだが……
しかし、幸いなことにホテルの電気そのものがやられていなかったため、情報収集組はパソコンの前で調べ物中である。そしてその中で見つけた内容に、宮岡は眉を顰めたあと秀達を呼んだ。
「秀君、紫月ちゃん、これを見てくれるかい?」
「どうかしたのですか?」
秀と紫月は背後からパソコン画面を覗き込むと、何やら複雑なデータの羅列が並んでいる。翔なら気分でも悪くしてただろうが、秀は平然としてそのデータの羅列の正体を告げた。
「これは……新型のコンピュータウイルスですか?」
「ああ。通常のセキュリティなら簡単に壊れるものだけど、これを直接俺のパソコンに送り付けて来ている人物が気になってね」
「直接……ですか?」
「ああ。俺のプライベートアドレスを知ってる奴なんて秀君とマスターぐらいなもんだが、二人のどちらでもない」
「そっかぁ? あのマスター結構昔っから何考えてるか分かんねぇとこあるじゃねぇか。案外一番の黒幕だったりしてな」
マスターとは秀と紫月のバイト先のマスターのこと。森の返答に宮岡は苦笑した。確かに怪しいといえば怪しいのだろうが。
「ああ、ある意味黒幕だろうがあの人は天空記には興味ないよ。それにこんなことする意味などないからね」
何よりそれだけ信頼しても大丈夫だということは、今までの付き合い上疑う理由がない。
「ですが気になりますね。神や主上の所為なんでしょうか」
「そうだな、とりあえず探ってみるよ。それより森、このホテルはしばらく閉鎖するんだろうが、従業員とかはどうするんだ?」
「ああ、全員このホテルに留まらないように指示は出した」
「あっ、だったら皆のご飯作らなくちゃいけないわね」
「それもそうね」
「お手伝い致します、沙南姫様」
「桜姫さん、ここは現代なんだから沙南でいいわよ」
「かしこまりました、沙南様」
どうやら呼び捨てはおろかちゃんづけも厳しいようで、直せと言っても見事な笑顔で交わされそうだ。なんせ、沙南が龍と呼んでいいといっても未だに龍のことは主なわけなのだし……
そしてキッチンへ向かっていく姉達を紫月はチラリと見れば、宮岡に感付かれて告げられた。
「紫月ちゃんも行っておいで。久しぶりに料理したいんだろう?」
「すみません、お願いします」
少しだけ頬を染めながら紫月もあとを追う。料理好きとだけあってホテルの食材は使ってみたくなるものだ。
そんな女性陣を見ながら森は心底羨ましそうな溜息をついた。
「はあ〜いいよなぁ。天宮家は美女で料理のうまい嫁さんを貰えてよ」
「遊んでるお前が悪い。というよりお前にいい女が寄って来たら俺と良二が説得して、おまけに龍に診察してもらうさ」
「どこまで俺に対する偏見持ってるんだよ……」
「お前から偏見をなくしたら残るものなんてただの馬鹿だ」
宮岡があっさりつっこむと周囲から笑いが起こる。それにふて腐れながらもふと、森は思いついた。
「そういえば、桜姫はどうなんだ? いい男の一人ぐらいいるのか?」
「いないとは言ってたがな。自分は仕えてる身だからって」
「良二……、いつの間に聞いて……」
「昨日の夜。コーヒーの差し入れに来てくれたときに聞いた」
「なにぃ!?」
「二百代前も龍のついでにもってきてたからって」
「俺にはそんな気遣いは……」
「持っていく必要性を感じてないからだろう?」
全く持ってその通りなため、森はまた撃沈する。そして出てくる言葉はありきたりだ。
「はあ〜、どっかにいい女いねぇかなぁ?」
「いるんじゃないんですか? 仮にも菅原財閥の御曹司なんですから世界中の美女が財産目当てに寄って来るんじゃないですか?」
「わかってねぇなあ。そんな女と一生いて楽しいと思うか?」
にっと笑ってくる森に秀は苦笑した。確かにそれは自分も御免だと思うわけで。
「まあ、世界中の美女が寄って来ることは間違いないわけだし? そのうちナースとか婦人警官の美女でも紹介して」
その瞬間、森の頭に踵落しが決まった。やったのは段ボールを抱えた土屋だ。
「ってえ〜!! 淳! 何しやがる!?」
「お前が今、俺の婚約者を利用しようと考えてた気がしてな」
「別に紹介ぐらい!!」
「いいわけないだろう? 俺が紹介しようとする前に口説こうとしてた害虫が」
「お前の部下が婚約者なんて普通有り得るか!」
「公私の混同は避けてるよ。お前じゃあるまいし」
サラリと言ってのける土屋と森の応酬を見て、秀は呆れながらも宮岡に尋ねた。
「土屋さんって独占欲そう強くはないですよね?」
「ああ、大切にしてることは確かだけどな。だが、森に関しては警視庁の風紀の乱れの要因になるからな」
「なるほど……」
ならば土屋の考えが正しいのだろう。紹介なんてとんでもないと言いたくなるのも無理はない。
そんな中、少しの間食堂から離れていた翔が段ボールを曲芸師にも勝るバランス感覚で持ち込んできた。
「秀兄貴! 闇の女帝からたっぷり荷物が届いてるぜ」
「ああ、届きましたか。九割かたは純君と夢華ちゃんへのプレゼントでしょうが……」
秀は段ボールの中身を確認していくと頼んでいたものを発見して口角を吊り上げる。USBらしいが……
「さて、どこまで核心に迫れるかですが、兄さん達が戻るまでは動くわけにはいきませんからね。少しの間は大人しくしておきましょうか」
そう告げる秀の笑みがやけに黒いのは気のせいではないことはよく分かる。
「……なあ、宮岡の兄ちゃん」
「なんだい?」
「秀兄貴ってどこまで非情になれるのかな……」
「……想像はしないほうが良いと思うな」
宮岡のいうことは正しかった……
はい、龍達は病院でオペの真っ只中、
ホテルにはその他一行が情報収集やは補給やらに追われています。
それにしても緊張感がないよね……
だけど彼等のスポンサーから新たな情報が。
秀はそれを利用する気満々です。
おまけに相手が不敏に……
いや、柳ちゃんの前ではやらないかな?
そして気になる話もちらほら。
いよいよ最終決戦の予感!?