第二百三十一話:傍にいたい
昨夜は夜景の綺麗なホテルのバーで酒を飲んでいろいろなことを話して、同じ部屋に戻ってふわりと包み込まれた。そしてふかふかのベッドに眠る存在に紗枝は安堵する。
どうやら自分は思ってる以上にこのシスコンでちゃらんぽらんで、おまけに節操なしで活字好きの心臓外科医に惚れているのだと思う。
ただ、口から出てくる言葉は素直とはいかないけれど……
「……いるのね」
「いたら悪いのかよ……」
返って来た返事に紗枝はキョトンとすると、目の前の青年はゆっくりと目をあける。
「起きてたの?」
「まあな。てか、さっきまで寝顔見てた」
「……何だか微妙な感じがするわね、そういうのも」
「見てる側は悪くないけどな」
そして啓吾は自分の中に紗枝を閉じ込めて優しく髪を撫でてやる。そんな啓吾のちょっとした心の動きを紗枝は相変わらず敏感に感じ取った。
「啓吾?」
「ああ、なんつーのか、幸せ?」
「私は幸せだと思うけど?」
「ハハッ、お前はやっぱすごいよ」
いま啓吾が本当に与えて欲しい言葉を紗枝はあっさりと返してくれた。それが嬉しくてしばらく抱きしめていたくなったが、ずっとこうしているわけにはいかない。けじめは付けなくてはならないので二人は上体を起こした。
「だけど今日はもう起きねぇとな。師匠に殺される」
「私も昨日挨拶出来なかったからなぁ」
「ああ、その件だがちゃんと俺の女だって紹介するがいいか?」
そう言われて瞬きすらしなくなった紗枝に啓吾は不思議そうな表情を向けて彼女の名を呼ぶ。
「……紗枝?」
「えっと……何だかね」
「ん? 嫌だったか?」
「違うわよ。その……恥ずかしいというか……」
今度は啓吾が固まった。今、紗枝からとんでもなく意外な言葉を聞いたような気がする。
「……はっ?」
思わず出てしまった間の抜けた言葉。しかし、紗枝は本当に珍しく本気で恥ずかしいらしい。啓吾から目を逸らして小さく答えた。
「何だかね……自分を紹介されるっていうのが……きゃっ!」
ぐっと力強い腕は喜びを思いっきり表した。あまりにもその表情も言葉も愛おし過ぎて堪らなくなる。
「そうかそうか、お前にもそんな恥じらいなんて言葉があったか!」
「当たり前でしょ! しかもシュバルツ博士って言ったらとんでもない有名人なんだからただでさえ緊張するのに……!」
「するなするな! やがてはお前の義父になるんだぜ? お義父様とでも呼んでやったらどうだ?」
「だから……! まだ結婚報告するわけじゃ……!」
「ん〜? 別にあと数ヶ月もすれば俺の子供が」
「絶対それだけは止めて!!」
「そう言われてもこればかりは……」
「平然として言うな!」
真っ赤になりながら肩を強く叩くが、爆笑している彼には全くの無意味といったところか。しかし、啓吾は一呼吸置くと本当に穏やかな声で告げた。
「だけどさ、喜んでくれるよな」
「啓吾……?」
「俺に柳達以外に大切なものが出来たことだよ」
そんな存在が出来るなんて思ってもいなかったからと、心の底から感謝する。
「まっ、龍ほどいい思いはさせてやれないけど」
「あら、啓吾の優しさが分からないような馬鹿でもないわよ?」
「そうか? 俺はどっちかって言えば俺は激し……」
「すぐにそういうことに切り替わる頭さえなければもう少し惚れてあげられるのにね」
「いや、惚れた女にそれは無理というか……」
ここでどうしてふざけてしまうのだろうかと紗枝は思う。まあ、格好良すぎないから啓吾は魅力的なのかもしれないが。
「さっ、少し寝坊しちゃったから早く皆のところに行きましょう。何より沙南ちゃんの熱が下がったことも確認したいし」
「そりゃそうだな」
何よりあまり二人でいすぎてからかわれる役に回りたくはないしと、啓吾は思うのだった。
そして啓吾達より先に起きていた秀と柳は、龍と沙南のために朝食を運びに来た。おそらく何もないだろうが、万が一何かあったらお邪魔だろうからとの配慮から少しだけ遅めである。
それから玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに龍が出て来た。それで何もないのかと兄の相変わらずの堅物ぶりを理解するが、顔に出さずに挨拶するのが秀である。
「失礼します。沙南ちゃん、兄さん」
「おはようございます」
「おはよう」
そして二人は中に招かれると、すっかり熱が下がっていた沙南はパアッと明るい笑顔を向けてくれる。
「柳ちゃん! 秀さん!」
「おはようございます、沙南ちゃん」
「大丈夫? 沙南ちゃん?」
「当たり前よ! スーパードクターが愛情たっぷりに看病してくれたんだもん」
「へええ、兄さん」
「秀、言わなくていいから」
弟が言わんとしていることを遮る。一応、龍なりに沙南への思いは伝えたといえば伝えたわけなのでからかわれるのは御免だ。
ただ、秀は沙南の表情を見る限り悪い方向には進んではないなと悟ってはいるわけだが。
「それより兄さん、これからどうしますか? 今の状況で学会ってわけにはいかないでしょう?」
「ああ。かといって日本に戻っても仕方がないからな。何よりGODそのものを潰さない限り平穏ってわけにはいかない」
「そうですね。だったらもう決まりですね」
秀がニッと笑う。あとは悪の総大将が命令してくれれば、彼の黒き策略は披露されるだけだ。
「ああ、GODそのものを叩く。ただし」
「安全なところは龍さんの傍なんだけど?」
言われる前に彼が言おうとしていることは沙南にはお見通しである。
「いや、だけどな……」
「龍さん! いつも龍さんと私が離れていた時に私がいい目にあったことが一度だってあった?」
「ああ、そう言えばないですね……」
「秀、納得するな」
「いや、だけど事実ですし……」
確かにそうだなと柳も思う。それも下手をすれば二百代前からとツッコミも入りそうだ。
「でも沙南ちゃん、本当に危険なんだ。これ以上君を危険な目に」
「構わないって言ってるでしょ! だいたい龍さんって二百代前から堅物過ぎるのよ! おまけに家事全般駄目だし、活字中毒者だし、デートも何回もすっぽかされるし、埋め合わせもなかなかしてくれないし!」
グサグサと沙南の言葉が刺さるだけ刺さっている兄が何となく気の毒に思えて来る。自覚しているだけきついだろうなと思えるわけで……
「だから! もう離れない。私は折原沙南として龍さんの傍にいたいの!」
これはお邪魔かなと秀と柳は同意見らしく、視線が合うとすっと部屋から抜け出した。さすがにもう、うまくいってほしいと心底願いながらだが……
「……龍さん、私はずっと龍さんと一緒にいたいの。二百代前からずっとそう願ってたでしょ?」
「沙南ちゃん……」
「お願い、龍さんの気持ちの続きを聞かせて?」
切実に訴えてくる目に龍は引き付けられた。伝えなければならないのだ。それが沙南の望むことだから。
「……沙南ちゃん、俺は君のこと」
「龍兄貴!!」
「龍兄さん!!」
いきなり飛び込んで来たのは悪童達。しかし、その慌て様は何かが起こった証拠だ。責めるわけにはいかない。
「どうしたんだ?」
「すぐに来てくれ! GODの奴らが来て怪我人が続出してるんだよ!!」
そう聞いた途端、龍はすぐに駆け出していくのだった。
大変遅くなりました!
最近有り得ないほど忙しくて……
もう少し時間が欲しいですね。
さあ、今回も恋愛要素満点の話となりました。
相変わらず大人な恋愛の啓吾兄さん。
すでに紗枝さんが未来の奥さんに確定していておまけに子供も数ヶ月もすればって……
まあ、いい大人なので問題ないでしょうし、妹達が可愛がりそうですが……
うん、まあ、考えよう……
だけど今回も告白できなかった龍。
一体どうなるんだ、龍と沙南ちゃん。
ここまでくるとじれったいどころじゃ……
でも、ついにGODが動き出しましたよ!?