第二百二十四話:時は夕方
病室に夕日が差し込む頃、ようやく沙南は意識を取り戻した。完全な個室ということは紗枝あたりが用意してくれたのかなとぼんやりする意識の中で思う。
そしてホテルから沙南の着替えを持ってきたのだろう、桜姫はそれは心配そうな表情を浮かべて沙南に尋ねた。
「気付かれましたか、沙南姫様」
「……桜姫」
初対面だが夢の中に出てきた天空王の従者の名を呼ぶ。そして周りを見渡せば龍の姿はなく、沙南は寂しそうな表情を浮かべた。
「主はいま急患が入ったようで手伝いに行かれております」
「そっか……」
急患と聞いて飛び出さない医者ではないことを知っているが、こんな時に傍にいてほしいと願ってしまう。まだ、折原沙南として龍と再会してはいないのだ。それが苦しくもあり、同時に考えてしまうこともある。
「桜姫……さん……」
「はい」
「いつもね、私は龍さんの重荷になって辛い顔させてる気がするの。今回だってきっと龍さんにすごく迷惑かけたよね?」
「そんなことは……」
「ううん、分かってる。龍さんすごく辛そうな顔してたもの。だけどね……」
すっと沙南の目から涙が溢れ出す。
「それでも好きなの、傍にいてほしいの、わがまま言いたくなっちゃうの……」
桜姫の表情は曇る。かつて沙南姫も戦場へ行く天空王の無事を祈ると同時に、こうして会えないことにひどく心を痛めていた。しかし、いつの時代も龍は彼女に対して思っていたことは、迷惑ということではない。
「……沙南姫様、主は一度たりとも沙南姫様を重荷だと思ったことはございません」
「だけど」
「沙南姫様、主はかつて天を統べていた王です。そして強い方だと言うことは誰よりも沙南姫様が分かっていらっしゃるはず」
全てを受け入れてしまう強さを持つ青年は、沙南一人ぐらい簡単に包んでしまえる器の持ち主だ。しかし、それでもちょっとしたことでも彼の妨げになりたくないと沙南は思ってしまう。
そんな沙南の負担を少しでも和らげてやりたいと、桜姫はふわりと笑みを浮かべて続けた。
「それに主は沙南姫様がいなければ二百代前以上に困られるはずです。なにせ、天空王様も沙南姫様がいなければ大変でしたから」
「……家事全般ダメだから?」
「それもあるかと思われますが、それ以上に主は沙南姫様を必要とされています」
すると桜姫は沙南に一礼した。そして邪魔者は退散するというかのように微笑む。
「それでは私は一旦ホテルに戻ります。主が戻って来たようですから」
「えっ?」
「沙南姫様の思いを伝えてあげてください。主は全て受け入れてくださいますから」
「桜姫さん!?」
すると病室の扉が開き、沙南の護衛はここまでと桜姫は龍に一礼してその場から花びらとなって消える。
そして、やっと会えた……
「……龍、さん?」
体を起こしてずっと会いたかった人の名を呼ぶ。相変わらず医者の顔をして少し熱が下がった沙南にホッとしているのか、龍は彼女の元に歩み寄って来る。
「沙南ちゃん、気分は」
「龍さんっ!!」
「うわっ!?」
突然抱きついてきた沙南に龍は真っ赤になって慌てると同時に、やっぱり言うことはムードも何もない医者としての言葉。
「沙南ちゃん、まだ起きたら……!! とりあえず横になって……!!」
「会いたかった……!!」
ぎゅっとシャツを掴んで告げられたたった一言に、いかに彼女が心細かったのだろうか、無理をしていたのかが痛いほどよく分かる。
どうしようかと迷っていた手は自然と沙南を抱きしめていた。
「すまない、たくさん辛い思いさせただろう?」
「ホントよ! ちゃんとお詫びしないと許さないんだから!」
そう答えるのが彼女らしいなと龍は苦笑する。だが、いつも以上に愛しく感じるのは確かで……
「ああ、元気になったらまた……」
そこまで言って龍はすっと沙南を抱き上げるともう一度ベッドに横にならせる。一体何なのかと沙南は疑問に思うが、龍は病室のドアを開けると悪童達と好奇心にかられた者達がなだれ込んできた。
「うわっ!!」
「きやっ!!」
「おわっ!?」
言わずとも悪の総大将を悩ます、いや、今回に限っては本気で邪魔者である。
「皆!!」
一体どうしたのと言わんばかりに驚く沙南にバツの悪そうな顔で翔は手をあげた。
「あっ、沙南ちゃん元気か?」
「一体何を聞き耳立ててるんだ」
「いや、その……!」
龍に睨まれて翔は小さくなる。だからやめとけと言ったのにと、紫月は一つ溜息をついた。
そしてその被害に遭わない末っ子組は沙南が寝ているベッドに駆け寄る。
「沙南ちゃん、大丈夫?」
「沙南お姉ちゃん、どこも痛くない?」
相変わらず見事なまでに愛らしい二人に沙南は癒されてしまう。それが嬉しくて沙南はニッコリ笑った。
「うん、平気よ。心配してくれてありがとう」
「よかった〜」
二人はニッコリ笑い合う。そんなほのぼのした空気とは全く別で龍にげんこつを一発落とされた翔は見事に床に伸び、他にも聞き耳を立てていた者達は軽く威圧したが、いつもならここでからかってくる悪友の姿がない。
「それより啓吾は?」
「ああ、啓の奴は今頃紗枝」
そこまで言いかけて森は土屋に殴られ宮岡に蹴られた。
「末っ子組の前で言うんじゃない」
「ついでに龍の前でもな」
うぶだからとは言わないあたりが彼等の思いやりである。
「で、啓吾君がどうしたんだ?」
「ああ、シュバルツ博士がこっちに来てるから顔を見せるようにって」
「博士が!?」
「ダディが来てるの!?」
声を上げたのは紫月と夢華だ。それもそのはず、篠塚家にとってシュバルツ博士は義父なのだから。
「ああ、ミズーリホテルにいるとは言ってたが」
それを聞いた瞬間、紫月は鬼気迫るかのような表情を浮かべ、夢華もパニック状態で龍の腕を掴んだ。
「龍さん! 一生のお願いです! 兄さんが殺される前に一緒に来てください!」
「はっ?」
「お願い、龍お兄ちゃん! お兄ちゃんが大変なことになっちゃうよ〜!!」
「あ、ああ……」
一体何なのかと思いながらも、紫月達の慌てぶりを見るなりただ事ではないなと龍は引っ張られるような形でホテルへと向かうのだった。
そしてその当人は、上半身裸のままベッドの上で一服していた。傍らでは紗枝が疲れたのであろう、ぐったりしてと眠っている。
「……オペでもやってればな」
そうすれば少しは紗枝を気遣えたかもしれないなと啓吾は反省する。GODの創主のことがどうしても気になってそれを紗枝にぶつけてしまった。だが、彼女はそれを含めて自分を受け止めてくれたわけだが……
タバコを灰皿に潰して紗枝の髪をさらりと撫でてやる。自分に抱かれることにまだ慣れていないだろうにと思いながらも、必死で全てを受け入れようとしてくれる。だからこそ愛おしくて守りたいのだけれど……
「紗枝……」
低い声で甘く囁いて彼女の頭に口づける。そして眠っていてくれるからこそ、彼は心のうちをストレートに告げた。
「愛してる……」
そして散らばってた衣服を身につけて啓吾は部屋から出て、とりあえず龍のところにでも行くかと廊下を歩いていたその時、後ろから聞き覚えのある声が彼を呼ぶ。
「啓吾」
「えっ?」
その瞬間、カウンターとでもいうのか啓吾の頬に見事なまでのストレートが入る! 彼に警戒心すら持たせずにここまで本気で殴る人物などこの世に一人だけ。
「なっ……!!」
「この馬鹿息子がぁ!!」
反論する前に怒鳴られた。
ついに啓吾はシュバルツと再会してしまったのである。
15禁ギリギリ?な話になりましたが、まあ、楽しんでいただければなと……
そして、やっと龍と沙南ちゃんが現代の姿で再会できました!
なんかやっぱり龍も沙南姫と約束したとおり少し変化が?
でも、やっぱり堅物です。秀と違って聞き耳立ててる弟達の前ではいちゃつけません(笑)
そして啓吾兄さん。
ベッドでタバコを吸う、傍らには美女……
なんでこんなに龍と正反対なんだ(笑)
さすがは大人の男です。
でもシュバルツ博士と再会してしまった彼の運命はいかに……