第二百二十一話:高熱
テーマパークでパトカーを奪って、とりあえず服と食糧ぐらい調達しなければと一行は町へと向かう。
そして成り行き上、なぜか同じ車に乗り込んだ上に運転席と助手席に座る羽目になった啓吾と秀は、相変わらずな会話を繰り広げていた。
「次男坊」
「何ですか?」
「運転替われ」
「嫌ですよ。僕だって眠たいのに一応警戒のために起きてるんですから感謝ぐらいしてください」
「はあ〜、紗枝と柳は良いよなぁ〜」
後部座席では二人の規則正しい寝息が聞こえる。さすがに疲れていたのだろう。
「にしても、GODの企みがまだ完全に見えなかったな」
「ええ。まあ、主上と神が手を組んでることは分かりましたけどね。だけど啓吾さん、彼等は今回何のために僕達を呼び寄せたのだと思いますか?」
「ゲームだろ」
即答した啓吾に秀はキョトンとした表情を向ける。
「ゲーム…ですか?」
「ああ、あの神って奴はそういった類が好きそうだからな」
「理解に苦しみますね」
「でもないかもな」
どうやら訳知りらしい。勿体振らずに早く教えろと秀が促すと、車内にあった煙草を拝借して窓を開け、啓吾は一服しだした。ここ数日、酒と煙草不足で彼は困っていたらしい。
「まず、GODって組織のトップ共の二百代前は神族。桜姫の話によりゃ俺達は散々怨まれるようなことを二百代前にやってたらしいな」
「啓吾さん、ちゃんと始末しといてくださいよ。天空王の従者だったのでしょう」
「お前だって参謀だろうが。神族ぐらい大人しくさせとけってぇの」
ここに桜姫がいたら間違いなくどっちもどっちだと言うだろう。
「それで、神は僕達に怨みでもあったんですか?」
「いや、その逆」
「えっ?」
「神の奴は龍に興味を持ってたんだ」
「興味って……」
「神の力は滅びという部類に入るらしい」
それを聞いて秀も納得した。それから啓吾は一度煙草の煙を吐いて続ける。
「あいつは神族でも悪神とされる奴だったらしくてな、はっきりいって神族の中でも飛び抜けた力を持ってたらしいんだ。しかもこの現代においても天空王と張り合えるぐらいらしい。
だが、龍に勝てる訳じゃない。当然その力を手に入れようと狙っては来るさ」
「でも啓吾さん、それならさっさと兄さんの力を暴発させるようなことをすればすむ話じゃないんですか? これほどまどろっこしい事をしなくても」
「そこまで解るか。ただ、二百代前は天空王の力が暴発したことで全てが滅びたんだ。神が二度も同じ過ちを繰り返す訳はないだろうからな」
そして啓吾は再び肺に煙を入れる。柳が起きていれば吸うなと止めてくれただろうが、あいにくまだ彼女は深い眠りについていた。
「はあ〜何もなければ今頃柳さんと気持ちいい朝を迎えていられたのに、本当いい迷惑ですよ」
「おい、次男坊。お前そんなに死にたいのか?」
「まさか。ただ、啓吾さんがいない間に立てていた計画が少し遅くなるのがつまらないだけですよ」
「ああ、別れ話のか? それなら喜んで柳を説得してやる」
「失礼な人ですね、そんなはずがないでしょう? 啓吾さんと紗枝さんじゃあるまいし」
「お前と一緒にすんな。まっ、俺達の仲を二十歳のガキが理解するには早いだろうが」
「ええ、すぐに振られる人の気持ちを理解するのは早いでしょうし、知りたくもないですね」
後部座席で眠っている二人の表情が穏やかなものではなくなってくる。何となく寝づらい空気が車内に漂いはじめた。
「次男坊、これ以上柳に手を出すなら本気で潰すぞ」
「悪いですけど僕達の愛を邪魔して柳さんを悲しませないで貰いたいですね。まあ、嫁に出す父親の気持ちが分からないでもないですが、迷惑でしかないんで!」
「んだと次男坊!! やんのか!?」
「かかってらっしゃい!!」
「うるさいっ!!」
二人の口論を一言で止める女神はここには一人だけ。
「折角人が寝てるのにどうしてあんた達は人の睡眠を妨害するのよ!」
「次男坊が」
「言い訳無用!」
理由なんて語る必要もないと紗枝はぴしゃりと言い切った。
「啓吾、今度人の睡眠妨害したら本気で別れるから」
「なっ……!」
「それに秀ちゃんからも柳ちゃんをさらっちゃうわよ!」
「紗枝さん……」
間違いなく本気だと紗枝の迫力からそれを感じ取る。彼女の脅しは脅しじゃないなんてことはよくあることだ。
「分かったら車止めて。そろそろパトカー乗り捨てないとね」
前を行く龍の車が停車の合図を出す。町が近づいてきたというのに盗難車を走らせるわけにはいかない。
「町では何もないといいですけどね」
「どうだろうな。世界的テロリストより派手なことやってるから懸賞金ぐらい掛かってるんじゃねぇの?」
「啓吾さんなら喜んで差し出してあげますよ。僕と柳さんの結婚資金の足しになるでしょうし」
「心配するな。俺もお前を喜んで出してやる。葬式代にぐらいはなるだろ」
またもや勃発しそうな喧嘩に紗枝はやってられないと柳を起こす。可愛い寝顔を堪能したいところだが、この車内は危険だ。
「柳ちゃん起きて」
「ん……」
紗枝に寄り掛かるようにして眠っていた柳は、ゆっくりと目をあけた。そして比較的寝起きの良い彼女は数分もすれば完全に覚醒する。
「あっ、紗枝さん……」
「おはよう柳ちゃん。動ける?」
「はい。でも時差ボケになっちゃいそう」
日はすっかり朝になってきてるのにと苦笑する。そして柳が起きたと知れば、騒いでる啓吾など完全に無視である。秀は満面の笑みで朝の挨拶を告げた。
「おはようございます、柳さん」
「はい、おはようございます、秀さん」
まだテーマパークを離れてそれほど時間も経ってはないせいか少し妙な気分だ。だが、ここはアメリカだ。秀は車から降りた後後部座席のドアを開ける。
「どうぞ、柳さん」
「あっ、ありがとうございます」
エスコートの精神はもともと持っている秀だ。てっきりいつもの親切からだろうと柳は全く疑いもせずに降りた途端ぐっと腕を引かれてバランスを崩す。
「きゃっ!」
腕を引いた張本人はにっと笑みを浮かべたまま彼女を自分の中に閉じ込めてしまう 。そしてアメリカ式の挨拶とでも言わんばかりに頬に口づけた。
「なっ!?」
真っ赤になった柳に相変わらずな悪戯な顔を向けて当然というかのように答える。
「ここはアメリカですからね。キスは当然の挨拶でしょう?」
「秀さん!!」
確かにそういった文化はあるが、この青年にかかれば文化も自分をからかうためのものにしかならない気がする。
「まっ、郷に従うのは日本人ということなので」
「そういうところだけ日本を出さないでください!!」
そのやりとりにシスコンの機嫌はもはや急降下どころではなかったが、紗枝がさっさと自分側の扉も開けなさいと啓吾を一発ド突くと、パトカーの中にあった煙草とライターをポケットの中に突っ込んで後部座席のドアを開けてやった。
「う〜ん、やっぱりアメリカ文化は女性に優しいところがあるわよね」
「お前はどこ行ってもエスコートされてるだろ」
「エスコート出来ない男になんて興味ないもの」
「脅しか?」
「そう聞こえる?」
からからと笑う紗枝に一つ啓吾はため息をつくと、身を屈めて唇を奪う。車が死角になったのか誰にも気づかれはしなかったが……
「なっ……!」
「ここはアメリカだからな」
仕返しとばかりに意地悪く笑う啓吾に、紗枝は何も言い返せなかった。
だが、前に止まってる車で何やら騒ぎが起こっているらしい。龍の顔付きが医者になっている。啓吾と紗枝は急いで彼の元に駆け付けた。
「龍、どうした?」
「ああ、とりあえず病院に急ぐぞ」
龍はすっと沙南を抱き抱える。彼の腕の中には高熱に苦しむ沙南がいた……
アメリカ文化を都合のいいように活用する啓吾兄さんと秀……
しかも啓吾兄さん不意打ち……
さぞやイチャイチャしてくれそうです(笑)
そして神はどうやら二百代前から龍の力に興味を持っていた模様。
滅びの力を彼も持っているようですが、一体狙いは何なのか……
だけど沙南ちゃんがいきなり高熱で苦しみ始めている!?
さあ、ドクター龍! ちゃんと沙南ちゃんに愛情たっぷりの看病をしてよ!