第二十二話:電話
秀は自室に戻るなり機能性抜群の携帯をスボンのポケットから取り出した。
沙南や紗枝以外の女性に自分から電話するなんていつ以来だろう、と思いながらも彼はどこか弾んでいるらしく口元は緩む。
柳とのデートというのは沙南の言うとおり不服ではないらしく、寧ろ楽しめるのではないかとさえ思える。
まだそこまで深く話した訳ではないが、自分を見てありきたりな反応を見せる女性達より百倍はマシだという位置に柳はランク付けされていたのだ。
散々モテる癖に勿体ない、もう少しいろんな女性と付き合ってみたらいいのに、とよく紗枝に言われたものだが、付き合いたくもない女性とわざわざ遊ぶなど時間の浪費と秀は全く相手にしてこなかった。
そんな女性と付き合ってる暇があるなら、まだ大人の色香を醸し出すバーの女性をからかってストレス発散をしていた方が楽しいに決まっている、と相変わらずS要素たっぷりな答えを彼は返すのである。
しかし、女性のエスコートは天性の才能なのか受ける側としては不快にならないという沙南いわくおいしい性格だ。
「さてと……」
篠塚柳と表示された画面を見て秀は発信する。メールでも良かったが、なんとなく柳の声が聞きたくなる。それは酒宴の時に彼女がなかなか好感の持てる性格と秀が判断したからだ。
もちろん、弟達に傘を貸してくれるようなお人好しを警戒する必要も嫌いになる理由もないが。
数回のコールのあと、もしもし、と柳は電話に出た。
「もしもし、柳さんですか? 秀ですが」
『はい。あの、沙南ちゃん大丈夫ですか?』
「えっ?」
『何だか少し落ち込んでる気がして……』
秀は驚いた。自分とのデートのことで舞い上がっている柳を少々楽しみにしてたのに、あの一方的な電話から沙南が落ち込んでいるのでは、と読み取っていたのである。
それに秀は口元が少し吊り上がり、自分の部屋の壁に背を預けながら答えた。
「大丈夫ですよ。柳さんの声を聞いて元気になりましたから」
『本当ですか?』
「ええ、心配しないで下さい。沙南ちゃんは強い子ですからね」
『そうですか、良かった……』
本当にそう感じているのだろう、柳がホッと胸を撫で下ろしているところが想像出来る。
「…柳さんは凄いですね」
『えっ?』
「沙南ちゃんが落ち込んでることなんて僕達だって見抜けないことがあるのに、柳さんは声を聞いただけで分かってた。そんな芸当が出来るのはうちの兄だけだと思ってました」
『ふふっ、沙南ちゃんは親友ですから分かってしまうのかも知れませんね。それに沙南ちゃんには笑っていて欲しいですから』
けっして自分を持ち上げたりはしない謙虚な性格は本当に心が穏やかになる。さすが沙南の親友というだけはあるな、と秀は感心するしかなかった。だからこそ、秀は珍しく相手を自分の毒舌で傷付けることなく素直に話していた。
「柳さん、僕にとって沙南ちゃんは大切な家族なんです。日曜日に例のゴリラが来ますから、出来れば退治した後にデートしていただけたら嬉しいんですけど」
『えっと……、沙南ちゃんを守ってあげることは賛成なんですけど……その…、私とデートしていただくのは……』
遠慮がちに答えてくれる声に秀のいたずらセンサーが反応し始めた。これは逃してはならないと彼の声は弾む。
「おや、僕と出掛けるのは気に入りませんか?」
『ちっ、違います! その……、私デートしたことがなくて……!』
「では、僕が柳さんの初デートの相手になっても構いませんか?」
数秒の間があく。おそらく真っ白になっているのだろう。しかし、そのあとには恥じらいを帯びた小さく可愛らしい答えが返ってきた。
『…はい、お願いします』
「ええ、こちらこそ」
『〜〜!! 秀さんからかってません!?』
「とんでもない。ただ、柳さんは非常に素敵な方だと思ってるんです」
『やっぱりからかってますね!?』
秀は声を上げて笑った。予想以上の純粋な反応がツボにはまってしまう。秀にしては珍しく長電話になった。
一方、聖蘭病院の医局ではお疲れモードマックスな啓吾が机の上に上半身を投げ出していたところに、紗枝がコーヒーを持ってやって来た。
「啓吾先生、生きてる?」
「……小児科はいいなぁ、徹夜一日で」
「私はおかげさまで二日目なんだけど?」
ニッコリ笑ってはいるが額に青筋が立っている。一体、今回は誰の性で小児科まで巻き込まれてるのかしら、とその元凶への小さな抗議だ。
しかし、それを気にせず啓吾は体を起こしてコーヒーを受け取ると机の上に足をあげた。
「全く、外科医が六人いてなんでこう休みが取れず救命に借り出される毎日なのかなぁ?」
「救命医が不足してるからでしょ。うちは看護士の数は全国トップクラスでも医者の数は全国平均の基準値だから」
しかも救命、外科、小児科に対する扱いは他の科に比べて最悪だけど、と紗枝は付け加える。
「新しく雇ってくれないのかねぇ」
「だから啓吾先生でも雇われたんじゃない?」
「俺、ちゃんとした医者なんですけど……」
「腕の良さも素行の悪さも認められる病院で良かったわよね?」
悪戯な笑みが物語っていることは一つ。啓吾は目を丸くして尋ねた。
「あら、看護士の女の子に手を出したのバレてた?」
「人の一夜のお付き合いに口出す悪趣味はないけど、龍先生に愛想尽かされて追い出されないようにすることはオススメするわよ?」
確かにそうだよなぁ、と啓吾は笑った。笑い事になればいいわね、と紗枝から小言を言われてしまうが。
「それより明後日なんでしょ? 例のオペ」
「ああ。まぁ、無事に終わるとは思うが結構な見学者が来るみたいで驚いてるよ。龍のゴッドハンドって日本の医学界では大人気なんだな」
「天宮の生まれだから仕方ないわよ。他所の病院から見れば龍先生が次の医院長になるって期待されてるんだし、それに今の医院長だって小物臭を漂わせてるけど、実際に龍先生がすぐに跡を継げないぐらいの権力はあるのよ? お近付きになりたい医者は多いわよね」
「どこもおいしい思いはしたいんだろうしな。まぁ、そういう業界なんだから仕方ないか」
啓吾の回転椅子が一回くるりと回る。オペはすぐそこまで近付いていた。
秀のいたずらモードが入っちゃいました!
沙南ちゃんと似た感じ方を持っている秀さんなので、柳ちゃんを気に入ってしまったようですね。
ですがまだ恋愛感情とは違うので、これからゆっくりこの二人は温めていきたいです。(秀が動き出さない限り)
そして篠塚家長男!
看護士に手を出したって……それをあっさり受け流す紗枝さんもすごいけど……
まあ、大人な二人なので(一応R15ですし)四兄弟の恋愛がうまくいくまでは二人にも活躍していただきましょう(笑)




