第二百十九話:悪の一団
龍が初のプロポーズを受けたのが沙南が三歳の時……
「龍ちゃん! おかえり!」
テクテクとこちらにかけて来る愛らしい少女は、今日も小学校から帰ってきた自分を迎えてくれる。
少しおませな幼稚園児だった沙南はこの日、突然爆弾を落としてくれた。
「ただいま、沙南ちゃん。いい子にしてたかい?」
ふわりと頭を撫でてやると凄くくすぐったいらしく可愛らしい笑顔を見せてくれる。それを見られるのが龍にとっての楽しみだったと、大人になった現在でも彼は思ってるわけだが。
しかし、それに対する反応に龍は固まる。
「龍ちゃん、おかえりのチューは?」
「……はっ?」
小学生にしては思考が大人びていた龍は固まった。いや、まあ、幼稚園児相手に本気で受け止めるのもどうかという思考も働いてはいるが……
「だから、おかえりのチュー!」
「……沙南ちゃん、今日はどこでそんな知識を身につけたのかな?」
いつものように彼女の目線にまでしゃがんでやると、彼女はニッコリ笑った。
「テレビで見たの! 恋人同士はチューするのよ?」
「……沙南ちゃん」
「龍ちゃんは沙南の恋人だもんね!」
眩しいばかりの笑顔を崩すような言葉を返せない龍は苦笑いを浮かべながらも頷くしかなかった。
「あっ! 忘れてた! 龍ちゃん、沙南のお婿さんになってください!」
「……えっ?」
「今時の女性は自分からプロポーズするのよ!」
さすがに龍は頭が痛くなってきた。この熱烈なまでの愛情をどう受け止めてやるのが沙南の教育にいいのかと、本気で考える小学生なんて自分ぐらいじゃないかと思うほどにだ。
「えっとね……沙南ちゃん……」
「拒否権はないわよ! 龍ちゃんは私の家来だもん!」
その頃から彼女に頭が上がらなくなっていたことは言うまでもない……
誰よりも愛しい少女から柔らかな光が放たれたかと思うと、その姿は沙南姫から現代の彼女へと変わる。元に戻って良かったと思う気持ちとまた会えたことが嬉しいと素直に思う自分がいて、本当に彼女には敵わないなと思う。
ところが彼女の姿を見るなり龍は本気で真っ赤になって慌てふためく! そう、彼女の姿は裸体なのだから……
だが、事態はさらに最悪な方向へと走り出す。
「龍兄貴! 無事か!!」
龍の元へ真っ先に走ってきた翔と紫月は二人の状態を見て固まった。
「あ、兄貴……」
「誤解するな! これは沙南ちゃんが覚醒したからで……!」
「って、翔君!! 目を閉じてください!!」
「あっ!? ゴメン兄貴!! 俺は何も見なかった!! いや、それより兄貴は医者なんだから女の裸体ぐらいどってことないんだ!」
そう翔は自分に言い聞かせたまでは良かったのだが、その後が悲惨である。
「龍!!」
「兄さん!!」
入ってきた二人の青年と紗枝に龍は最悪だと思った。
「……あっ、わりぃ。邪魔した」
「すみません、兄さん。兄さんも男でしたね」
「バカ兄達! そこで止まんなさい!」
紗枝の指示を受けて森達はつまらなそうに、しかし沙南のためかと部屋の中を見る前に止まる。
今の発言を聞くかぎり、どうやら全員そろってるのかと、そして本気でどうすればいいのかと思うが、あまりにも不敏過ぎる主を思って桜姫はもっともな提案をする。
「主、沙南姫様がそのままでは御風邪を召されます。主の上着を」
「ああ、そうだ。すまないが桜姫、着せてやってくれないか?」
「えっ? それは主の御心に反する行為かと……」
「頼む! 後からいくらからかわれてもいいからこれ以上気苦労させないでくれ!」
龍は本気でそう言い切ると桜姫に沙南を渡し、少しボロボロになった上着を脱いでそれも桜姫に渡した。
「それより龍、神の奴は?」
「奴はすぐに消えたが……主上に会った」
「主上って……」
「ああ、この世の創造主だ。ただ、何度も宿る肉体を変えてきたようだが……」
それぞれの脳裏に浮かんで来る。かつて天空族が敬意を払っていた人物だが、今は全くかつてのような忠誠心のかけらすら感じられない。
「とりあえずここから離れよう。敵陣のホテルなんていたくもないからね」
「分かった。だが、最後のデザートまで味わえとでも言いたいのかねぇ」
啓吾はデザート達の居場所を目線で指し示すと、どうやらGODの戦力を集結させていたのだろう、これまでの比ではないほどの敵が彼等に殺気を放っていたのである。
「……翔君、もう僕は眠たいですから君に任せます」
「俺もだ。紗枝背負ったまま敵陣になんて突っ込むつもりもないから頼んだ」
「はあ〜、俺も腹減ってるんだけどなあ」
「頑張ってください。後からご馳走作ってあげますから」
「よしっ!! なら行ってくる!!」
ご馳走と聞いた瞬間目を輝かせて飛び上がる翔は本当に単純だと思う。しかし、それだけで俄然やる気になるのが翔だ。
「ご馳走が待ってるんだ! さっさと倒させてもらうよ!」
「調子に乗るな!」
四方八方から翔にむけて銃や弓矢、おまけに槍まで飛んで来るがそれを翔は軽くよけ、飛んできた一本の槍を掴んだ。
「それっ!」
「うわあ〜〜!!」
風の力を帯びた槍がデザート達を簡単に吹き飛ばしていき、さらに好物に飛びつくかのように翔は次から次へと薙ぎ倒していく。
「中華、イタリアン、和食と……あっ! 焼肉パーティも捨て難いな!」
「ふざけるな!!」
翔の上げる言葉にキレたデザート達は飛び掛かって来るが、さらにふざけた掛け声で反撃した。
「ワン、タン、メン!」
「ぐあっ!!」
「おまけにチャー、シュー、メン!!」
そう言いながら倒されていく者達が龍は何となく不敏に思えてしまう。正義の使者のような言葉を言えとも言わないが、食の掛け声で倒されるのもどうなのだろう。
「主、少々疲れがみえますが……」
「ああ、翔一人でも大変なのにこれからこのメンバーの総大将に戻らなければならないかと思うとな……」
「兄さん、大丈夫ですよ。兄さんなら宇宙だって征服できますから」
「というより日本征服はやってきたんだろ、次男坊」
「まあ、ある程度ですけどね。だって一応僕達の家は日本にあるんですから、むざむざ他人にくれてやるつもりはありませんよ」
「確かに天宮家の資産は結構ありそうだからな」
銃弾が飛び交ってるのに実に緊張感のない会話が繰り広げられる。まあ、龍が重力の結界を張っているためにまず怪我することもないのだが。
そしてつらつらと料理名を上げていた翔は、最後の一品を叫んだ!
「しめは緑茶!」
「うごっ!」
翔に蹴り飛ばされて敵は見るからに哀れというほどのびきっていた。そしてふむと紫月は頷く。
「どうしたの、紫月」
「はい、翔君がいま上げてくれたレパートリーを参考に明日の献立を考えてまして」
「だったら明日はチャーシュー麺になるのかしら?」
「ええ、ですがせっかくアメリカにいるのですから、巨大ホットドックぐらい翔君なら食べるのではないかと……」
「それ食う!!」
片付いたと言わんばかりに翔はストンと紫月の前に降り立つ。
「そうだよな、やっぱアメリカに来たらデカイもんくわねぇと!」
「翔、あまりアメリカの人に迷惑掛けるなよ。世界の食料庫を危機に晒すような馬鹿もやるなよ」
「自信が……」
「そこだけは自重しろ!」
ぴしゃりと龍は言い切るが、すでにいろいろな意味で世界に影響は及んでるのだろうなと啓吾は思う。言えばさらに眉間にシワを寄せるであろう総大将には敢えて告げないが……
「だけどこれからどうする? これだけの人数で移動するにしても次男坊達が破壊の限りを尽くしてるから車か通信機器があるのかどうか……」
「啓吾さん、多分その点は心配無用かと」
「ん?」
こちらに走ってくる無数の足音、そしてサイレン……秀の考えていることは瞬時に理解できるようになっている自分がいる。
「ん〜?」
「あれ〜?」
「おっ、末っ子組もお目ざめか」
非常に楽しそうな森の声とは裏腹に、龍はまた深い溜息をつく。
「龍……」
「ああ、せめてもう少し眠っていてもらいたかったが……」
沙南をすっと抱えると、悪の総大将は立派に悪らしい命令を下した。
「パトカーを奪って撤退するぞ」
「おお〜!!」
実に元気の良い返事がかえってくるのだった……
ついに皆が合流!
本当にこれから騒がしくなり、かつ荒れそうな勢いです(笑)
龍は大丈夫なのか……
そして神と主上は消えたまま、姿を表しませんでしたが、
彼等と直接対峙するのが今度でラストにする予定。
つまり決着がついてしまうとのこと。
だけどその前に皆一息つきたいところですから、少しの間だけ休息を……
気になる龍と沙南ちゃんの関係は??