第二百十八話:傍にいたかった
太陽の高熱が近くにあって熱いと感じるより痛いと龍は感じていた。おそらくこれほどの高熱に堪えられるのは自分が空の力を持っているからだろう。
しかし、視覚までが順応する訳ではない。沙南姫がせめて動きを止めるようにと重力の網にかけたいのだが、至る所に発生する蜃気楼が本体の位置を知らせてはくれない。
「殿下、太陽の力を持つ私を簡単に捕らえられると思っていらっしゃるのですか?」
凛とした声にまた龍の心は痛む。自分の中の天空王が何かを必死に訴えかけて来るのを感じる。
だが、今ここで覚醒するわけにはいかない。例え覚醒せずとも天宮龍として沙南姫を正気に戻したかった。いや、龍が戻したいのは二百代前の彼女ではなく……
「捕らえるよ。二百代の間思っていたのは君だけじゃない。だからこの現代で愛想尽かされちゃ困る」
そう答えた龍に沙南姫の表情は歪む。しかし、口をついて出てくる言葉はそれを否定する。
「でもあなたは私を守れない。何度も私を死に追いやったのは殿下でしょう!?」
「くっ……!」
光弾がいくつか放たれ、それは龍に当たる前に弾けて目をくらませた! その隙をついて沙南姫は龍の懐に飛び込むとその胸に手を当て、
「死んでください、殿下」
「うわあっ!!」
衝撃波が龍を襲い彼は壁に叩き付けられた!
「まだその程度では死なないでしょう?」
「くっ……!」
感じた気配だけで龍はよろめきながらも横に飛んで衝撃波をかわす。だが、その飛んだ場所に沙南姫がふわりと舞い降りた。
「さよなら、殿下」
「……!! 止まるんだ!!」
龍の覇気に押され沙南姫が攻撃の手を止めたその一瞬を狙い、龍は沙南姫を腕の中に捕らえる。
「何を!!」
「戻るんだ!!」
「えっ?」
「君は守られてばかりの女の子じゃないだろう!?」
沙南姫の脳裏に現代の彼女の声が響きはじめる。望んでいたのは龍の死なんかじゃないと。
あの時、天空王をかばって刃に貫かれて自分は死んだが、彼を庇って死んだことに後悔はしなかった。ただ、ずっと傍にいられないことだけが苦しくて……
「だけどあなたは傍にいてくれない! いつの時代だって私は苦しんできた! だから滅びて!!」
「くっ!!」
沙南は叫んで神通力に近い衝撃を龍にたたき付ける! それが滅多に傷を負わない彼の身体に裂傷を負わせた!
そして燕のように飛び、沙南姫は龍に刃を向けてそれを突き刺そうと突っ込んだ!
「死になさい!!」
その瞬間、龍は叫ぶ!!
「……!! 沙南っ!!」
……体から力が抜ける。刃が手から落ちる。膝を折る。ただ自分の名を言われただけだというのに、完全に身動きが出来なくなった。
そして、ようやく視力が回復してきた龍はゆっくりと彼女のもとに歩いて行き、すっとその頬に触れる。
「くっ……!! 触らないで!! 私は……!!」
「沙南……」
幾人もの命を救ってきた指がそっと目元に触れる。切ない表情で自分を見つめてくる目に捕われて、そして彼女は思いを言葉にする。
「私は……!! 私は……!!」
どっと堰を切ったかのように涙が溢れ出した。
「会いたかったの……!!」
愛おしさが彼女の呪縛を解いた。二百代分の思いを止めることなど誰にも出来ることではなかったのだ。
「龍様……!! ずっと傍にいたかったの……!! あの時も……最期の時もただ傍にいたかったの……!」
桜姫が死んだと、天空王が従者を止めたと聞いた時、沙南姫の身も心も既にボロボロだった。
ただ、天空王の悲しみを感じて彼の傍にいきたいと望んだのだ。
「龍様……」
虚ろな目と力無き声。それでも視界に入ってきたのは花びらの舞う戦場の中で戦意を喪失した愛しき者の姿と、そして元は彼のものだった操りきれない負の力の部分がドンドン彼を飲み込みはじめていた。
「……ダメ、消えないで」
これ以上苦しまないで欲しいと願った。消えて欲しくないと願った。その時だ。
神が天空王の前に現れたのである!
「死ね、天空王」
そのあとは無意識だった。気付けば自分は天空王の前に出て刃で貫かれたのだ。
「殿下……龍様……」
「……!! 沙南っ!!!」
そして自分の体から刃が抜かれた後、一気に力を爆発させた天空王の力に神は瞬時に消され、必死に自分の名を呼ぶ天空王の顔がぼんやりと映る。
「龍様……ご無事で…よかった……」
溢れる涙はもう自分が助からないことが悲しいのではなく、天空王の傍にいられないことが辛いから……
『ずっと傍にいたかったのよ? 私の手料理を毎日お腹いっぱい食べてもらって、たとえ王じゃなくてもそうだな……医者の龍様がたくさんの人を救ってるのを見ていたいかも。
そしてクタクタになって帰ってきても笑ってお帰りなさいって言ってあげたいな。あっ、だけど私も寂しがり屋だからその時にぎゅっと抱きしめてほしいかも。それから……』
意識が薄れていく中で最期に伝えたい言葉を必死に告げた。
「龍様……また……会えるから。だから……ずっと……愛し……て…る……」
「……!! 沙南〜〜〜!!!!」
その後、天界は無に帰したのだった……
その思いを沙南が覚醒したときから龍は感じていた。だから痛くて堪らなかったのだ。
「俺も傍にいたかった……いや、いてくれないと困る」
龍ははっきりとそう告げた。そして龍は沙南への思いを初めて打ち明けた。
「沙南姫、現代の君は必ず守るよ。かつて天空王が君を愛していたように、俺にとって折原沙南はそれだけ大切な存在だから」
「……好きでいてくれるの?」
そう尋ねる沙南姫に龍は苦笑して答えた。
「現代の君が三歳のときには、将来俺をお婿さんにするって命じられてたからね」
主の命令は絶対だからねといった表情に沙南姫も穏やかに笑う。
「……変わらないのね、龍様」
「いや、これからは少しずつ変わるよ。せめて現代の君に愛想尽かされないようにね」
そしてふわりと沙南姫は龍に抱き着いた。
「……約束して、現代の私に愛してるといってあげて。きっと待ってるから……」
「ああ、必ず……」
それだけ伝えると沙南の覚醒は解けていくのだった……
龍が初めて沙南ちゃんへの思いを口にした!
しかも二百代前とはいえ告白してるよ!!
うん、沙南ちゃんがもとに戻ったら一気にプロポーズしてしまえ!!
だけど沙南姫の思いって切ない。
彼女は当たり前の平穏を望んでいたみたいで、
ただ天空王とともに生きたかったのだと思います。
それに天空王をかばったことに対して、会えなくなるのが辛いなんて言えるほど人を好きになれるなんてすごい!
これほどの思いを龍はちゃんと受け止められるでしょうが……
進展するのかな……この話……