第二百十七話:合流
ずっとずっと思っていた。心を締め付けられて、切なくて堪らない時もあった。心をさらけ出す決心がなかなかつかなかった分だけ、何度愛してるとあの戦の前日に告げたのだろう……
そして全てが終わったらただ平穏に時の流れを感じて、そっと手を繋ぐことを沙南姫は望んでいた。
しかし、それは何度生まれ変わっても叶わなかった。魂が強く天を求めても、その光りが届く前に自分は死んだのだから……
「殿下……」
桃色の衣と天女の羽衣を身に纏い、虚ろな目でこちらを見てくる沙南姫の表情はどこか悲しく、何より心の奥底を痛ませる。それはきっと二百代前の自分の所為だと龍は思う。
「沙南姫……」
龍が彼女の名を告げると沙南姫は虚ろな目を一度閉じた。ずっと望んでいた、誰よりも愛しいと感じていた思い人の声は変わらないままだと思う。
しかし、彼女から口をついて出てきた言葉は龍の心を抉り始めた。
「……あなたを愛してる。二百代の間、何度も私はその言葉をあなたに告げてきた。だけど、何度も私達はすれ違った……」
龍の表情は沙南姫の心を感じ取って歪む。生まれ変わる度に何度も出会い、恋をして、そして殺された……
それが沙南姫の二百代の時だったのだ。
「だけど、もうその輪廻も断ち切りましょう。滅びてください、殿下」
「沙南姫……」
もう一度告げられた自分の名に沙南姫は悲しみで表情を歪める。しかし、すっと片手は上がりそこから発する熱で視界が歪みはじめる。蜃気楼かと龍はどこか冷静だった。
「……もう辛い思いはしたくない。何度も私はあなたを守って殺されてきた。だけどあなたは私を守りきれないっ!」
そう沙南姫が叫んだと同時に彼女の目からは涙が溢れ出す!
「殿下、沙南のために滅びて下さい!!」
空間は歪みはじめた……
一方、ホテルの入口にたどり着いていた紗枝達は……
「おいおい、ここに来て人海戦術かよ……」
「まぁ、龍に威圧されただけで動けなくされてた奴らに外傷はないからな」
「でもあのゾンビ兵とか強化人間とか化け物まで混ざってるんじゃないのか?」
宮岡の言う通り、明らかに人間とは掛け離れた生物までが行く手を阻んでくれてるようだ。
「とりあえず森、俺と良二は手が塞がってるからお前が何とかしろ」
「ふざけんなっ! 普通の人間なんて混ざってもいねぇじゃねぇか!」
「お前だって変態だろ。人って文字が混ざってないのは同じだ。武力で勝てないなら共通点があると説得してこい」
「通じるかっ!」
「うるさいバカ兄! 純ちゃんと夢華ちゃんの睡眠を妨げるんじゃないわよ!」
「いや、むしろ最低でも王子様に起きてもらわないとピンチだと思うが……」
森の言うことはもっとも。しかし、未だに二人は土屋と宮岡に背負われてぐっすり寝ている。
「そこまでにしとけ。相手は意識は操られてる癖して本気だぞ」
土屋の一言で四人の視線は化物達にいく。雑談タイムは終了だ。
「ちっ! せめて手榴弾あと百くらい欲しかったな」
「それで足りたらいいけどな」
そして森は担いでいた大砲を一発化物達にぶっ放すと、やはり効かないのか敵は一斉に襲い掛かってきた!
「逃げろ!!」
戦力差も兵力差もあっては勝ち目がない。四人は仕方ないと敵前逃亡をはかる。しかし、やはり強化人間がいる所為か、彼等を飛び越えて行く手を阻まれる。
「どきなさいよっ!!」
紗枝は遠慮なく強化人間の目に銃弾を撃ち込んで数体ショートさせるが、すぐに弾切れを起こす。
「バカ兄! 銃貸して!」
「悪りぃ、こっちも弾切れだ」
「使えないわね!」
「全くだな」
「何で俺だけ責められるんだよ!」
「バカだからだ」
「即答すんな、淳!」
だが本当に笑い事ではなくなった。敵が投げてきたナイフが一本紗枝の足を掠め、彼女はバランスを崩して転ぶ!
「いっ!」
「紗枝!」
「紗枝ちゃん!!」
慌てて森達は振り返ると、化物がその鋭い爪を振り下ろしてきた!
「じ……ね……!」
「させません」
美女の声が聞こえたかと思うと無数の花びらが化物を切り刻み、さらに紗枝の上を飛んで化物の顔面を思いっきり蹴り飛ばす少年が現れた。
「翔ちゃん!」
「腕白小僧!」
「天下無敵の三男坊、ただいま推参!」
高らかに発する声に紫月は相変わらずだと深い溜息をついた。ピンチの時に現れるのはいいとしても、少しぐらい落ち着いてもらいたいところだ。
「紗枝ちゃん、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
「紗枝様、遅くなり申し訳ございません。お怪我が……」
「これくらい平気よ。掠めただけだから」
何より自分は医者だしと紗枝は笑うが、姉貴分に傷を負わせられて翔が黙っているはずがない。
「紗枝ちゃん、その怪我分の落し前は俺がきっちり付けてやるからちょっと待ってろよ。紫月、紗枝ちゃんを守ってろ」
「分かりました。ですが油断しないで下さいよ」
「しねぇよ。俺は神の奴をぶっ飛ばしたいんだ! こんな奴等」
「瞬殺だ」
いきなり化け物に重力の枷がかかったかと思えば、さらに翔の真っ正面でこれでもかというほどの大爆発が起こる!
「えっ……?」
翔が後ろを振り返ると、やけに機嫌が悪そうな啓吾と秀、そして顔が僅かに朱い柳が立っていた。
「秀兄貴……」
「兄さん……」
二人がやけに機嫌が悪い理由は今までの経緯を考えれば聞くまでもないが、敵に同情を覚えてしまうのはなぜなんだろう……
「ちっ! 八つ当たりの足しにもなんねぇ」
「全くですね。やっぱり啓吾さんぐらい消しとかないと気分も晴れませんよ」
「だったら今すぐ潰してやるぞ、次男坊」
「やってごらんなさい!」
そして再び散り始める火花に飛び込むものはいない。
「姉さん、無事でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。紫月も夢華も怪我はない?」
「はい。ただ、操られてたのは気にいりませんけど」
少しむっとしている表情に柳は紫月らしいなと思う。彼女は誰かに自分を利用されることを嫌うタイプだ。その辺りは啓吾と兄妹だなと感じてしまう。
「それより兄さん、紗枝さんが怪我したんですから少しぐらい医者らしいことしたらどうなんですか」
相変わらず秀と攻防を繰り広げていたが、紫月の一言で二人はぴたりと止まる。
「なんだ? 怪我してるのか?」
「たいしたことないからその楽しそうな笑みをやめて」
「いや、しばらく医者らしいことしてないから無理」
「だったら余計に近寄らないで!」
「却下。ガタガタ言う前にさっさとみせろ」
「結構よ! ただのかすり傷なんだから!」
「俺が安心しねぇんだよ! 大人しくしとかねぇと押し倒すぞ!」
「なっ……!」
そして重力で紗枝を押し倒すと、啓吾はナイフで掠めた傷口を見て溜息を付く。
「紗枝……」
「何よ……」
「しばらくおぶってやるから暴れんなよ」
「……ゴメン」
そのやりとりに一行は心配そうな目を二人に向けて来るが、啓吾はそこまで心配いらないと説明する。
「大丈夫だ。傷口をこれ以上開かせないためにするだけだからな。無理すれば縫わないとならないが、激しく動かなければ問題ない」
それを聞いて一行はほっとする。しかし、ほっとしたのも束の間だった。いきなり世界が朝に変わったのだ!
「えっ!?」
「ちょっと待てよ、まだここまで日が昇るわけが……!」
太陽、その言葉が全員の脳裏に流れる。こんなことが出来そうな力を持つ少女は一人だけだった……
はい、沙南ちゃん覚醒ということですが、早速龍と戦うことに…
そして沙南ちゃんの一つ一つの言葉に龍の心は揺れ動いているわけで……
本当にこの二人はどうなるのか……
そして二人以外のメンバーがようやく合流!
皆様あいかわらず個性的ですが、これからこのメンバーを束ねなければならない龍がどうして可愛そうに思えるのか……
でも、紗枝さんが怪我をして楽しそうな顔をする啓吾兄さん。
しばらく医者らしいことしてなかった性か反応が……
にしても一応、啓吾兄さんの彼女になった紗枝さんですが、
結構この二人いちゃつくとこだけいちゃついてわりかしあっさりした関係みたいです。
だけど大人な恋愛なんで糖度が高いですけど(笑)