第二百十五話:天の力
沙南姫の心は叫び続けていた。龍を守ってほしいと、彼の力を利用しようとしているものに気付けと……
「素晴らしい力だな……」
「ああ、天界でここまで力を有する者もそういるものではない」
「天空族か……、やはりそう簡単に手出しは出来んか……」
その場にいる全てのものがやはり噂通りかと龍の力の解放に魅了され、そして王としての資質を認めさせられる。
龍のいる場所から石造りの見物席までに力が届くには距離がかなりあるが、それでも重力が負担にならない程度に掛かって来る。いや、むしろ負担にならないようにかなりコントロールされていることは明白だった。
「さすがは龍太子ね」
「ああ。だが、主上は何故まだ止めないんだ? 歴代でもここまで資質の高い王なんていないだろう?」
それとも全て解放しろとでもいうのかと啓星は思う。ただ、主上がその力を全て見極めたいと龍に命じている可能性はあるだろうが……
しかし、それを命じていたのは主上ではなかった。
『さらに力を解放せよ……』
『……誰だお前は』
『神』
そして龍は脳裏に語りかけて来るものに視線を向ける。自分を見下ろしているものとの面識はないが、かなりの力を有していることは間違いない。
『……悪いが断る。俺の力は重力』
『だけではないだろう? 属性は天。主上と同等、いや、それ以上の力を有しているはずだ』
龍の眉間にシワが寄る。それを知っているものは天界でもほんの一握りだ。弟達にすら話していない力だというのに……
『一体、何が狙いだ』
『その力を手にすることじゃ理由にならないかい?』
『ああ、具体的に話してほしいところだ』
『そうか。ならば簡潔に取引といこうか』
『なっ……!!』
突然体から無理矢理力を引き出そうという力が体に走り出す!
『この儀式をずっと待っていた。天の力を引き出す機会など君が儀式で通常の力を解放している時のみだ。さすがにすぐに抑え込むことは出来ないだろう?』
神は微笑を浮かべた途端、神宮の空気が一気に変わった!
「……!! 龍っ!!」
その瞬間、龍の力が一気に噴き出しいたるところで爆発と倒壊が始まる!
「くっ……!!」
「かはっ……!!」
参列していた者達は次々に膝を折りはじめる。力を有さない者に至っては呼吸まで乱されていた。
「何なんですか、これは……!!」
「暴走だ……!!」
何故こんな事態にと啓星は自分の力を解放して守るべき者達を守る。だが、さらに質の違う力までが混ざりはじめた!
「啓星、これは!!」
「説明は後だ! 秀!! 神宮の外へ柳泉達を連れ出せ!!」
「分かりましたよ! 相変わらず無茶ばかりを……!!」
抗議しながらも秀は柳泉を抱えて神宮の外に飛び出し、弟達も自分の従者とともに神宮から出た。
「くそっ……!! 誰が仕組んで……!!」
啓星は先ほど目を付けていた神の方を向くがその姿はそこにない。だが、すぐに彼の注意は大切なものに向けられる。スルリと啓星の腕から抜けて、ゆっくりと紗枝は力の中心に向かって歩き出す。
「啓星、私はいかなくちゃ……」
紗枝の目は虚ろになり、龍の力に引き寄せられていることがすぐに分かった。天の力に自然界の女神が引き付けられることは十分起こりうること。だが、啓星はその体を自分の中に閉じ込める。
「行くんじゃねぇよ! あいつの負の力そのものを閉じ込めたりなんかしたら死ぬだろうが!!」
「だけど天が……」
「引き寄せられるんじゃねぇよ! おい……、ってことは!!」
紗枝がこの状況に陥ってしまったのなら、まだ未熟な姫君はと啓星はそちらに視線を向けると予測通りの光景が視界に飛び込んできた!
「龍!! 早く力を抑えろ!! 奴の狙いは沙南姫だっ!!」
啓星は叫ぶ! しかし、龍も自分の力の暴走を完全に抑え切れず、沙南姫を今にも自分の力の巻き添えにしようとしていた。
『くっ……!!』
『さすがは天空王。この程度の被害に抑えるとはさすがだな』
『何をした!!』
『力の解放を促しただけだ。だが、君の従者も優秀なものだ。自然界の女神を止めてるとはね。
ただ、君が一番守りたいものは未熟だ。光帝は傍にいるみたいだけど、あれだけのお偉いさんを君の力から守れば娘どころじゃなくなってそうだね』
神はクスクス笑う。それに龍は怒りを覚えるが暴走する力はさらに高まり、それはだんだん負の力へと変わりだす。
『ああ、やっぱりそうか。君は天を滅ぼす力を持っていたのか』
『誰が……!!』
『だけど眠る力をコントロール出来ない王なら宝の持ち腐れだ。天空王、どのみちこの場で死ぬ君に選択させてあげよう。
沙南姫を巻き込む前に私に力を渡すか、それともそのままここにいる者全て滅ぼすか』
冷たい眼差しが龍を射抜く。どのみちこの力を神が手に入れても暴走させたままでも沙南姫が死んでしまうことに変わりはない。それも自分の所為で……
『沙南姫……!!』
一番大切にしたいものなのだ、誰よりも守りたいものなのだ、そして……天空王となった後に言わなければならない言葉があるのに……
『殿下……』
『……沙南姫?』
脳裏に響いてきた声は誰よりも愛しいと思うもの。
『その力を私が封じます』
『何を……!!』
『だからお願い、私が死んでも忘れないで……』
『沙南姫……ダメだ!! 来るなっ!!!』
必死に龍は叫ぶが、沙南姫は目を閉じて呟いた。
「好きよ、龍様……」
そして沙南姫が暴走する力の中に身を投げ出そうとした瞬間、その腕を掴んだ者がいた。
「えっ?」
「なりません、沙南姫様。ここは私が」
沙南姫の腕を掴んだのは桜姫だった。しかし、その目は焦点など定まっておらず、そのまま桜姫は暴走する力の中に飛び込む。
『……あれは?』
突然暴走する力の中に入り込んできた女に神は何事かと眉をひそめる。女神でさえこの力の中で身動きどころか意識すらままならないというのに、ただの女官が動けるとはどういうことなのだろうか?
しかし、桜姫はその答えを負の力に押し潰されそうになっていた龍に告げる。
「天空王様……」
「君は……」
先日、自分が足の治療をした名もなき女官。だが、もう互いに分かっていた。彼女も啓星と同じなのだ。彼女はすっと片手を伸ばす。
「その力を私に……」
「やめろ!! 死んで」
「死にません。私の存在は天空王様の願いが作り出したもの。沙南姫様を守りたいと、そして守れと主が命じるのなら私はこの力を身に宿しましょう……」
「やめろ!! やめるんだあ!!」
力は桜姫の中へ吸い寄せられた……
それからどれくらい時間が経ったのだろう。ボロボロになっていたが桜姫は天空王の前に片膝をついて頭を下げる。
「我が主、私に名を」
桜姫の意識はとびかけていたが、目の前の王がひどく悲しい顔をしているのを感じる。だが、桜姫の心に後悔の念は全くない。
「天空王様、天を従える王がそんな悲しい顔をなさらないで下さい」
「しかし……」
「従者として天空王様に仕えることが出来るなら、それ以上の幸せはございません」
彼女は穏やかな笑みを向けた。そして頭を下げて凛とした声で告げる。
「お願いします、我が主。私に名を与えて下さい」
そう告げてくれる桜姫に天空王となった龍は辛そうに、しかし、はっきりと彼女の名を告げた。
「……桜姫、お前は今日から桜姫と名乗れ」
「はい、我が主……」
桜姫は頭を深く下げた途端その場に崩れる。そしてすっと龍は自分の負の力を身に宿してしまった桜姫を抱え上げる。
「すまなかった……、本当に……」
そして話しは再び現代へ……
はい、ようやく儀式の話しが終わりましたので、次回からまた現代へと話しが戻ります。
とりあえず話しを整理しておくと、神は天空王が持っていた「天の力」が欲しい模様。
まあ、天界を無に帰しちゃうぐらいですからね、欲しくなるのも無理はないのかも知れません。
そこでピンチになって沙南姫が龍を助けようとその身を犠牲にする前に、桜姫が助けたようです。
一女官の彼女が動けたのは理屈で表すより感じ取ってもらいたいなと思います。
天空王と桜姫の繋がりはかなり強いものでしたからね。
そしてようやく現代編へ!
現代では龍と主上が対峙してるところで終わってますからね。
一体どんな話しになるのか、そして沙南ちゃんは果して無事なのか!?