第二百十四話:儀式と声
神宮には何もない真っ白な空間がある。そこはどこが地なのか天なのか区別が付かないが、その空間を円で囲んだ石造りの見物席には多くのものが詰めかけていた。
それもそのはず。東天空太子がどれだけの力を有しているかによって、天空族がどのようなランク付けをされるかが決まると同時に、それぞれの思惑を持つ者達がこれからどう動くかも決まる儀式だったからだ。
そして真っ白な空間に目を閉じてポツリと立つ龍に視線を向けたまま、彼の従者は率直な意見を述べた。
「……嫌なもんだな。敵だろうが味方だろうがこれほど気に食わない奴らが一同に集まるのはよ」
こちらにいくつか怨みのある視線まで向けられて啓星は些か不機嫌らしい。しかし、それを向けられても秀は穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「そうですね、ですが兄上の力に平伏せば私も少しは優しく対応できますよ。まあ、牙を向くならたっぷりと生きてることすら後悔させてあげますけどね」
「お前だけいい思いをするな。半分ぐらいよこせ」
「ええ、構いませんよ。そういう輩が苦しむ様は無限に堪えられますしね」
そんな兄達の会話を聞いて翔と紫月はぞっとした。きっとこれからは今まで以上の仕打ちをやってのけるに違いない……
「西天空太子様……」
「なんだ……」
「今、すごく嫌な感じがしたんですが……」
「兄者達の話に深く関わらないほうがいい。っていうか知りたくもない……」
そう答える翔の意見はきっと正しいのだろうなと末っ子達も頷く。
「柳泉」
「はい、紗枝様」
「あなたは少し顔を伏せておきなさい。そろそろ神族が来るわ」
「えっ? そうでしたらなおさら」
すると秀が穏やかな笑みを浮かべて柳泉に告げた。
「柳泉、紗枝殿の言うとおりにして下さい。神族とはいっても悪神もいますからね。そんな奴にあなたを見せたくはないのですよ」
「そうだな。まあ、どこのどいつでもお前を簡単に嫁に出す気はないがな」
「全くですね。柳泉、他所の男に求婚されても必ず断りなさい。あなたは私の大切なものなんですからね」
「勿体ないお言葉です、南天空太子様」
柳泉はあくまでも従者として大切にされているのだと思っているが、所有物化されてる気が…と、ここで言える勇者はいない。だが、それに青筋を立てるシスコンはいる。
「おい、秀。柳泉が誰のものだって?」
「私のものですよ。決まってるでしょう?」
「ざけんな! 柳泉、今すぐこいつの従者から下りろ! 一番の悪はこいつだ!」
「ええっ!? 兄様、何を……!!」
「それでも構いませんよ? そのかわり私の」
「秀!! やっぱりテメェは今すぐ死ね!
「いいでしょう、かかってらっしゃい!」
「兄様、南天空太子様、ここは神宮です!」
「止めるな紫月! だったら尚更こいつを裁かせろ!」
そうやって騒ぎ出す一行に会場は何事かと思うが、すぐに紗枝が「うるさいシスコン!」と、啓星のみを殴った。
「すみません、紗枝様」
「気にしなくていいわよ。啓星ならいつでもド突いてあげるから」
「ありがとうございます」
「ありがとう紗枝様」
妹三人がきちんと頭を下げるのを見て啓星は少し寂しくなった……
「なんで礼までするんだよ……」
「兄様、いくら東天空太子様が寛大だからっていつまでたっても迷惑かけちゃいけないでしょ!」
「そうですよ。兄上は天空王様の従者なんですからね! ずっとちゃらんぽらんのままでは困ります!」
「兄様、頑張ってね!」
妹達の叱咤と激励を受けて啓星は本当に何も言えなくなるのだった……
「啓星、そろそろしゃんとなさい。来たわよ、神族」
「悪神どもは?」
「一族揃ってお出ましかしら」
「そうか。だったら」
「えっ?」
啓星は紗枝の腕を掴んで自分にグイッと引き寄せておく。それを抗議しようとしたが、抵抗するなと目で制する。
「啓星……」
「紗枝殿、天空王からの命令です。あなたと沙南姫のどちらかを必ずこの儀式中に狙って来るものがいるから守れとね。
ですが沙南姫は主上のそばにいるはずですし、光帝の親衛隊もいますから問題ないでしょうが、あなたを守る自然はここでは力を掻き消される恐れがありますからね。
申し訳ないですが啓星を盾にしてやってください」
「ああ、それなら仕方ないわね。啓星、ちゃんと骨は自然に帰してあげるから」
「親指まで立てんな!」
そのやりとりに一行は穏やかになるが、突然変わった空気にすべての視線がそれを発してる人物に向けられる。
「……主上」
会場にいるもの全てが頭を下げ膝を折る。それは天空族も例外ではなかったが、下げている相手は主上にではない。
いや、正確に言えば主上の後ろについて来ている光帝と、特に沙南姫にたいしてだ。どこか焦点の定まらない、太陽の姫君と崇められるほどの空気が取り巻いていて……
「……沙南姫様」
花の女神の一女官としてこの神宮に入っていた桜姫も例外ではなく、沙南姫に魅せられていた。だが、ふと脳裏に声が響きはじめる。
『……お願い、気付いて!!』
「えっ?」
『誰か私の声を聞いて! 殿下を守って!』
「沙南姫様……?」
桜姫の脳裏にはっきり聞こえたのは沙南姫の声。きっと誰もが主上と沙南姫の登場にこの叫びと思いを感じ取れないのだろう。
そして次々と神族が龍の力を見ようと席についたあと、主上はすっと片手を上げて言霊を龍にそっと投げかけると、龍は下げていた頭を上げてすっと立ち、力を解放しはじめた。
「いよいよですね」
「ああ。秀と柳泉は夜天の奴らを警戒しとけ。翔と紫月は沙南姫様を、純と夢華は龍から目を離すな」
「啓星……」
紗枝はぎゅっと啓星の青い衣を掴むと啓星は紗枝をさらに引き寄せた。
「心配するな。この空間にいてお前の力を掻き消す所業をやってのけるなんて神族の中ではあいつしかいない」
啓星の鋭い視線の先には、神族では末端と言われながらもその力を隠して薄ら笑みを浮かべているものがいる。
「何を企んでやがるんだ……」
啓星の目には現代で「神」と名乗る男が映っていた……
ついに儀式がやってまいりました!
神聖な場所にもかかわらず相変わらずのご様子の一行ですが…
ですが啓星のシスコンぶりも秀の愛情も二百代前も筋金入りだったみたいです(笑)
こんなケンカも飽きずにやっていたのでしょう。
そして、まだ名前を与えられていない桜姫が少し様子のおかしい沙南姫様の声に気付いた模様。
この声を聞いたことが彼女の運命を変えてしまうわけでして……
さあ、いよいよ龍が力を解放して事件発生にまでようやく進めるわけです……