第二百十二話:儀式前
神宮。その日東天空太子こと龍の天空王へと奉じられる儀式に天界の権力者達が集結していた。
ただ、天界史上を揺るがす事件に発展するなど誰もが予想だにしていなかったのである……
光帝とともに龍が天空王になる儀式に参列していた沙南姫は、一言龍に直接あってお祝いの言葉でも言おうとお供を簡単に撒いて彼の元へ向かう。
きっと多くの者がそうしようと彼の元に駆け付けているのだろうなと思いながらも、まず簡単に会わせてはくれない人物達を突破しなくてはならない。
「オラオラ、俺達を超えないものは天空王様に会えるとは思うなよ!」
聞こえてくるのは、今日の儀式前に龍を襲撃しようとする者達を簡単に蹴散らす森の楽しそうな声。
龍達ほどではなくとも、その辺りの武人より腕の立つので現在不審者は龍に近づいてすらいない。
そんな場面に鉢合わせた沙南姫は相変わらずだなと思っていると、後ろから声をかけられた。
「沙南姫様」
「淳将軍、良将軍!」
親しい将軍達に姫らしく挨拶すると、二人は苦笑しながらもそれに答える。
「相変わらず将軍達も多忙みたいね」
「仕方ないですよ。天空王様が多くの女性を魅了していく限りこういった輩は後を絶たないでしょうね」
「そうよね。はあ〜、やっぱり天空王様になっちゃったら少しおしとやかにしてないと嫌われちゃうかしら」
「ははっ、出会った時からお転婆してましたからね」
淳と良は声を立てて笑う。なんせ龍と沙南姫が初めての出会った時、沙南姫はお転婆もお転婆で木登りして落下しかけたところを龍に助けられたのだ。
まあ、その時に沙南姫は一目惚れしてしまったのだけれど。
「淳、その辺は心配するな」
暴れて満足という顔をして森も会話に加わってきた。
「沙南姫様がいないと天空王様はダメになる」
「ああ、それは言えてるかもな」
「というよりつまらない」
主に対してそれはどうなんだと思うが、これが天空軍である。
だが、それを深い意味でとらず彼等の励ましだと思った沙南姫は礼を述べて龍の元へと向かった。
そして龍がいるであろう控室の傍には沢山の人だかりが出来ていたが、やはり光帝の娘なのか沙南姫が来たとなれば道は勝手に開いていく。
それに気付いた秀と柳泉はふわりと微笑んだ。
「沙南姫様」
「秀太子! 柳泉!」
世で言う美男美女が固まるとやけにその場がまばゆい。特にさっきまで冷徹さ全開だった秀が微笑んだだけで、女神達はほうと溜息を吐いた。
「沙南姫様、先日は太陽宮にお招きいただきまして」
「柳泉! 親友に敬語はなしよ! それより殿下は?」
「はい、ただいま準備中ですよ。ただ、兄上は正装すると……」
「またライバルが増えるのよね……」
反則と言う言葉はこういうときに使うものなのだと沙南姫は思う。普段着飾らない龍の正装というのは、より風格と威厳が漂うため彼の王としての資質も魅力も恐ろしいほど跳ね上げるのだから……
そんな談笑をしていると、多くの女官を引き連れて花の女神が声をかけてきた。
「南天空太子様、沙南姫様」
その姿を見て柳泉は頭を下げようとしたが、秀にその必要はないと制されて彼は沙南姫と柳泉を後ろに下げて絶世の微笑みを浮かべた。
「これは花の女神殿ではないですか。今日は一段とめかし込んでいらっしゃいますね」
「いいえ、太陽の姫君には負けますわ」
「それもそうですね。沙南姫様は元が良いのでそんなにめかし込む必要などありませんからね」
あくまでも謙虚さを花の女神はよそおうとしたが、それを利用されて満面の笑顔で肯定された上に沙南姫より劣ると言われて花の女神は顔を引き攣らせるしかない。
そんな秀の言動に相変わらず容赦がないと沙南姫と柳泉は思うが、それを止めようと思わなかった。
「それより南天空太子様、東天空太子様はどちらにいらっしゃいますの?」
「兄上は神宮で準備中です。ただし私と啓星が許可したものでなければ部屋には通すなと言われておりますので、どうかさっさと帰っていただけますか?」
まさに一蹴。しかし、沙南姫に先日手を挙げたと聞いてこの程度の言葉で済ませているのは、今日だけは余計な面倒を起こさないためである。
だが、これだけ言われたにもかかわらず、花の女神はまだ食い下がった。
「失礼なことですわね。せっかく先日私の女官を治療して下さったお礼もしに伺いましたのに」
「でしたらその女官だけ兄上に会うことを許しましょう。兄上も気にしておられましたからね」
花の女神はさらに顔を引き攣らせた。それは自分より格下である女官が特別視されているということだ。
「……いいですわ。また後日天空王様の元へ参りますから」
「ええ、その時はお祝いの品もお願いしますね。兄上は沙南姫様を妻に迎えると決めていますし」
「えっ!?」
「なっ!?」
秀からの爆弾発言で周りはざわついた。柳泉はそんなことをいっても大丈夫なのかと主を見上げるが、問題ないと秀はかなり楽しそうである。
一方、そんなこと身に覚えもない沙南姫は珍しく完全にフリーズした。
「驚く事もないでしょう? 天空王が太陽の姫君を妻に迎えるなんて元から有名な噂話だったじゃないですか」
嘘は言ってないなと柳泉は思う。龍と沙南姫が恋仲という噂は天界中の好意的な話なのだから。
まあ、本人達は全くといって進んではいないのだけれど……
「そういうことですから兄上にどれだけ好意を寄せても無駄ですよ。なんせ女遊びより書物の方が好きなんですし」
それも事実だなと柳泉は相変わらずキレる主に感服する。
「でも、沙南姫様は特別なんですよ。ねっ、柳泉」
「はい、南天空太子様」
穏やかに柳泉は微笑む。龍にとって沙南姫が特別だということは、沙南姫に向ける表情だけで分かってしまうから……
「さっ、行きましょうか沙南姫。兄上がお待ちです」
「失礼致します」
未だに固まってる沙南姫の肩を抱いて秀が歩き出したあと、同じように固まっていた者達に礼をして柳泉も後に続く。
そして彼女達の姿が見えなくなった後、秀と柳泉は苦しそうに笑う。
「くくっ……! 少しやり過ぎましたかね」
「ふふっ、きっと明日には天空軍総出でお二人を祝福しますわ」
「おや柳泉、いけませんね。いたずらな笑顔になってますよ」
「すみません、でもそうなって欲しいと思いますから」
そんな二人の会話も耳に入らないほど、沙南姫は未だにフリーズしていた。
更新遅くなってすみません!
ちょっとやりたいゲームがございまして(笑)
はい、ついに事件が起こる儀式前のお話になりました。
とはいってもいつもの天空記らしい感じですが(笑)
だけど相変わらず秀の言葉に容赦がない!
女性に対してそこまで言うのかと思いますが、基本、彼は自分が好きじゃない人物には優しくありません。
この辺りは啓吾兄さんも一緒です。
しかし、話が早いだけで嘘を言ってない辺りやはり天空軍の参謀ですね(笑)
この話を聞いた龍がどんな反応を見せてくれるのか楽しみです☆