第二百十一話:従者からの進言
昨夜の宴でそこまでハメをはずさなかった龍は、書類にさらさらと筆を走らせて印を捺すという作業を繰り返していた。
多少肩は凝っているが、それより従者が本来やらなければならない仕事まで片付けているのでゆっくりしている場合ではない。まあ、あまりにも多忙になりそうなら手伝ってくれる弟や部下はいるわけだが……
そして早くも優しい末っ子組が簾をくぐって執務室へ入ってきた。
「龍兄上、お手伝いできることはありますか?」
「失礼します、東天空太子様!」
黒の衣を身に纏っているにもかかわらず二人のまわりからは春のようなオーラが見える。そんな二人を龍は微笑ましく思いながら、先ほど封をした手紙を純に差し出した。
「ありがとう純、夢華。じゃあお言葉に甘えさせてもらって二人で手紙を届けに行ってくれないか?」
そして受け取った手紙の宛名は、純と夢華が遊びに行くと人が変わったようにとろけるという闇の女神へだ。
「彩帆殿の元へですか?」
「ああ。彩帆殿が二人に会いたがっていたからね、ついでにで悪いんだが」
というより、そろそろ二人に会わせないと天宮に乗り込んできて仕事の邪魔をされるからとは決して口には出せない……
しかし、二人も闇の女神のところへ遊びに行くのは楽しいらしく、実に良い笑顔で答えた。
「分かりました。行ってまいります!」
「行ってまいります、東天空太子様!」
「ああ、頼んだよ」
トタトタと走り去っていく末っ子組を見送って再び筆を走らせようとしたが、いつもフラリと入り込んで来る従者の気配を感じ取り視線をそちらに向けると……
「なっ……! どうしたんだ!?」
飛び込んできた啓星の姿に龍は面食らった! 啓星は頭と腕に包帯を巻いてやって来たのである。
「……紗枝にやられた」
その一言でおそらくかなり自然界の女神殿を怒らせたのだろうと察しはつくが、一応原因も聞いておく。
「啓星……紗枝殿に何したんだよ……」
「ん? 別に介抱して一緒に寝てただけだろ?」
「なっ……!」
「仕方ないだろ。あの服のまま寝せる訳にいかないし、何よりあんなにいい女ほっとくほど俺は堪え性ないし」
「まさか全部脱がしたんじゃ……」
「当たり前だろ。女神の衣って窮屈そうだからな。まっ、あいつの身体なんて見慣れてるし」
そうあっさり答える啓星に龍は顔を赤くする。それに気づいて相変わらず純粋だなと啓星は心の中で苦笑した。
「啓星……まさか……」
「ああ、そこは心配するな。寝てる女を襲うようなことするつもりないし、何より起きてもらわないとこっちも楽しめ」
「いいから絶対紗枝殿に謝っておけ!」
「悪いがそれはしない」
「なっ!!」
ふざけてるのかと言いたくなったが、啓星の目が笑ってないことに龍は気付く。そして啓星は従者として進言した。
「龍、儀式を早めろ」
「儀式を?」
「ああ。天空族の力とお前の王としての立場を確立しておくことが急務になって来ている」
「……夜天族に動きがあったのか?」
啓星がそれだけ急げというからには何かしら理由がある時だ。それ以外は龍が動かなくとも大抵のことは秀と片付けているのだから。
「ああ。夜天族と神族の関係が親密になってきてるだけなら良かったんだが、さらに別の何かが絡んで来ている。
最悪の場合、主上までもが敵に回る可能性がある事態にも成り兼ねん。だからその前に、少しでもこちらに利があるように事前策は整えておきたい」
「……闇の女神には書状を純達に持たせたが」
龍は筆を置いた。最近の天界の情勢に敏感な彼は、啓星と同じように天空族がこれから立たされるかもしれない立場について考えていた。
天空族自体はかなりの強さを誇るが、天界全てを敵に回して無事でいられるかと問われればそうではない。
それにそれだけの大乱が起こってしまう事を龍は敵の犠牲まで考えて阻止したいと思っている。一握りの権力者のために、犠牲となりつづけるのは兵なのだから……
「闇の女神ならうまく動いてくれるだろうが、俺が敵ならもっとも俺達の力になってくれそうな者を手中におさめるな」
「紗枝殿と沙南姫……」
「ああ。自然界と太陽の二つの権力はどう考えても敵に回したくはないはずだ。最近神族や夜天族に関わりのある奴らがやけに二人を自分達のものにしようと動いてたのも、おそらくその辺の事情も絡んでそうだが誰がやるかっての!」
冗談じゃないと啓星は執務室に置いてある彼の特等席にドカッと座った。
基本、彼は敵に自分達の不利益になるために立ち回られることも、そのために二人を利用して龍を潰そうとする者の存在を許すつもりはない。
だが、そのために何でも利用するところがあるので一友人として、そして紗枝との仲もあるので尋ねた。
「……啓星、お前まさかそのためだけに紗枝殿を娶るとか言わないよな?」
それに啓星はきょとんとした後、そんな訳があるかというようにガクッと肩を落して深い溜息をついた。
「……龍、お前よく俺と紗枝と飲み明かしてる癖してどこまで鈍いんだよ」
というより、そこまで鈍いのもどうなんだといいたげな目を向ける。
「じゃあ……」
「ああ。俺はこれでも惚れてるの。ただこっちから言うのも癪だから言わないだけ」
「何でだ?」
「いい男は女を惚れさせてなんぼだろ? それにあいつに一生尻に敷かれるなんて考えただけでもぞっとする……」
「……応援するよ、友人として」
それは心の底からとでも言いたくなるような未来を、二人は容易く連想する。
「だが……」
「何だ?」
「俺はお前と沙南姫がなんで未だにくっつかないのか理解が出来ん。というより男としてどうなんだよ、龍」
「いや、だから何でそう沙南姫様が……」
こう言うだけで赤くなって、さらに周りもこれだけ騒いで秀や啓星の策を張り巡らしてもくっつかないのは、もはや天界どころか宇宙一鈍い気がすると言っても納得されるであろう。
そんなあまりにもあまりな主に啓星は本気で進言した。
「龍、お前は沙南姫様じゃないとダメなのはもう分かってると思うから言わないが、天空王になるなら本気で未来の事も考えろ。
何より今の平穏に沙南姫様がいてほしいと思ってるなら、少しぐらい思いを言葉にぐらいしてみろ。というよりしろ!」
主に命令する従者など、おそらくどこを探しても自分ぐらいなものだろうなと、啓星は相変わらず堅物な主にしばらく沙南姫を口説けと熱弁を奮うのだった……
相変わらずな龍の恋愛事情…
さすがは筋金入りの堅物でうぶな反応を見せてくれます(笑)
だけど、秀と啓星の策すら通用しないって……
そして啓星がもたらしてくれた情報によると、この頃から神族と夜天族の間が少し強くなって来た模様。
龍が天空王になった後、夜天族が好き勝手しているのに手をやいていたのも神族がバックにいたからですね。
とりあえず、次回あたりが儀式のお話になる予定です。
主上が龍を危険視した力も、桜姫が従者となった話も書けるといいなと思います。
あと、最近少し忙しくて更新が遅くなって申し訳ないです……