第二十一話:信頼=名コンビ
「はあぁ、また来てる」
郵便ポストの中身を見るなり沙南は深い溜息を吐き出した。相変わらずしつこく、貰いたくもないラブレターが毎日のように送られて来るのである。
それを龍に相談したいところなのだが、龍は父親の陰謀に嵌められていて自分どころではないはず。いや、相談すれば我関せずさらに無理をする性格だ。自分の我儘を聞いてくれるのだろうけど……
「はい、この手紙は処分しましょうか」
「秀さん……」
後ろからすっと手紙は取られる。沙南が嫌悪を抱くものをさりげない気遣いで取り除いてくれるところは兄譲りだ。
さらに秀は女性を惑わしてしまう美貌まで兼ね備えているので、沙南や紗枝以外の女性だったら自分に好感を持ってくれてるのではないかと勘違いされそうだが。
「大丈夫ですよ。兄さんが必ずケリを付けてくれますし、ゴリラ一匹ぐらい僕が片付けても構いません。なんなら、今からでも行ってきましょうか?」
優美な笑みを浮かべて秀は申し出てくれる。きっと行ってきてと言えば本当に行ってくれるんだろうな、と思い沙南は笑った。
「家長は平和主義者でしょ? それに大丈夫よ、龍さんにこれ以上苦労してほしくないもの」
「優しい主で家来冥利に尽きますね。ですが天宮家の家来一同、沙南姫様の幸福を壊そうとする輩に容赦致しませんので」
「うむ、感謝致すぞ!」
実にほのぼのした主従関係である。さすがに冷徹非道という評価を受ける秀でも、沙南には頭が上がらない。
「ところで秀さん、今週の日曜日暇?」
「まあ、午後からなら」
「やった! じゃあ、この素敵な主のお願いなら聞いてくれるよね?」
悪戯っ子のように笑う沙南に、秀は敵わないなと苦笑して答えた。
「内容次第でお願いします」
「うん、柳ちゃんのエスコートしてほしいの」
「柳さんの?」
随分と意外な願いに目を丸くさせられる。確かに彼女のエスコートは苦痛にはならない願いではあるが。
「だって、今時いないぐらい純粋で可愛いんだもん! 女の私が一目惚れしちゃったんだよ? だから彼女をエスコートしてくれるなら秀さんぐらい恰好良くなくちゃね!」
実に鮮やかな頼み方だ。沙南のこういうところは本当に感服してしまう。
秀は今まで何度もデートの誘いや友人の紹介をされているが、大抵は興味も湧かず一緒に歩いていることさえ苦痛に感じてばかりだった。
だが、沙南が友人をエスコートしてと頼むことも、親友と呼ぶ女の子を作ったことも初めてだったため、何となくいつもよりは楽しくなりそうな気がした。それだけ沙南に対しての信頼は大きい。
「分かりました。沙南ちゃんの願いなら聞きましょう」
「よろしい。はい、遊園地のチケット」
渡されたフリーパスの日付を見て秀は勘付いた。いつも沙南はこうして無理してるのを隠すのだから……
「……今週の日曜日、兄さんとのデートだったんですか?」
「うん……、少し前から約束してたんだけど、龍さん仕事になっちゃってフリーバスがパーになっちゃったから。あ〜あ、織姫と彦星だって会える日なのになぁ」
くすくす笑いながらも、どうやら思ってる以上に沙南は落ち込んでいるのだと秀は感じた。
龍がアメリカに留学していたときは、仕方ないし、龍さんが早く大人になってくれたら私は二十歳前にお嫁さんになれるかもしれないじゃない、と冗談をこぼしていた。
もちろん、それだけ彼女の思いが真っすぐなもので疑うことを知らない子供だったということもある。まぁ、裏では秀達の応援が既にその頃からかなり強力なものだったというのもあるが……
だが、日本に戻って来て一緒にいられる時間は確実に増えているのに、沙南はその頃より龍の傍にいたくなった。お互いの信頼関係は強くても恋仲でないことが沙南を苦しめる。
しかし、秀は龍の代弁者を務められる弟だ。何も龍が言わないからこそ言えることがある。
「うちの彦星殿は働き者な故に普段は織姫様を放置してますからね。それでも天の川をものともしない強さはありますから、きっと最後には織姫様に無理矢理でも会いに来ますよ」
「うん……」
「それにこの前の酒宴の時に紗枝さんから聞いたんですけどね、兄さんがアメリカにいた頃、病院の歓迎会でやっぱりナース達に囲まれたそうで。ですが、珍しく酔ってたみたいで面白いことを言ったそうです」
「何て言ったの?」
少しだけ下を向いていた顔を上げれば、秀が口元に笑みを象った。それはきっと龍の本心だからと分かるから……
「日本に至高の宝玉を残したままアメリカの金塊を発掘する労働者になるつもりはない、俺は医者だから」
それを聞いた紗枝はあまりな言葉にしばらくの間、かなりツボに入っていたというエピソードがある。もちろん、日本に宝玉があるなら、とナース達はすぐに龍を諦めたようだ。
「後から兄さんは歓迎会に来ていたナース達に頭を下げて回ったそうですけど、紗枝さんには弱みを握られましたからね、未だにそれでからかえるそうです」
その宝玉って誰なんでしょうねぇ、と笑う秀に沙南は微笑を浮かべた。自分という保証はないが今はそれを信じてみようと思う。
「秀さん、ありがとう。さて、柳ちゃんに電話して元気出そっと!」
沙南は両頬をパンと叩いて柳の携帯にかける。二、三度のコール音が鳴った後、心地良い声が耳に当たる。
『もしもし』
「あっ、柳ちゃん? 秀さんと日曜日デートの約束取り付けちゃったからごゆっくり!」
『沙南ちゃん!?』
「それと柳ちゃんのメアドと電話番号、秀さんの携帯に登録しちゃうから後は二人で仲良くね!」
実に彼女らしい一方的な言い方だ。しかし、柳にはそうとでも言わないと承諾してくれなさそうだが。
『あのね沙南ちゃん!』
「拒否権はないわよ! 思う存分、秀さんにエスコートしてもらってね!」
それだけ言い残して沙南は携帯を切りニコッと秀に微笑んだ。あまりにも一方的な電話に秀もくすくす笑う。
「柳さん、困ってませんでした?」
「困ってたわよ。だけど秀さん、結構柳ちゃんの事気に入ってるでしょ?」
「まあ、からかいがいのある子は付き合ってて飽きませんけど?」
沙南は秀から携帯を預かり、柳の携帯番号とメアドを送信する。それに満足して沙南は秀に携帯を返した。
「やっぱり私達って似てるよねぇ?」
「伊達に兄弟の中で一番長く過ごしてませんから」
二人は昔からのいいコンビだった。
さて、比喩ばっかり使った沙南ちゃんの恋愛事情。
しかし、その寂しさをフォローするのは昔から秀さんの役目です。
傍にいる時間が増えてもより寂しくなっちゃうという沙南姫様ですが、周りのことにも気を遣うのが彼女らしさかなぁと思います。
そして二人の策略(人生の余興)にはまらなくちゃいけない柳ちゃん……大丈夫かしら(笑)