第二百八話:舞
柳泉は少々困っていた。そろそろ主の元に戻らなければならないのだが、他民族の太子や良家の男達が彼女を解放してくれないのだ。
しかし、天空族の立場を悪くするわけにもいかないと彼女は律儀に受け答えする。そしてそれが男達をより付け上がらせていることに、当然彼女が気付くはずもないのだが……
そんな中、遠慮なく柳泉の傍にいるものを押しのけて来る腹黒が一名。当然彼である。
「柳泉」
「あっ、秀様」
「探しましたよ。あなたがいつまでたっても戻ってこなかったので」
「それは、御手を煩わせて申し訳ございません」
「いいえ、良いんですよ。私にとって柳泉は大切な従者なんですからね」
それに柳泉は勿体ないお言葉だと頭を下げるが、周りにいたものには不気味な幻聴を聞かされているのと同じだ。
ヒソヒソ声で少し遠くにいた者達は会談する。
「おい、いま南天空太子はなんと告げたんだ?」
「柳泉に近寄るものは消すと聞こえた気が……」
「でもあれだけ笑ってるじゃないか」
「俺には悪魔にしか見えん……」
笑顔はあくまでも優美。ただし、柳泉に近付こうとするものにとっては威嚇とか威圧とか死刑執行人としての顔にしか見えない。
しかも柳泉に気付かれないよう、彼等に殺意を込めた熱気を放つあたり本気で黒い。
すると秀はぐっと柳泉の腰を抱き寄せてにっこり彼女に微笑みかけた。
「さっ、もうすぐ舞が始まりますからね。鬱陶しい挨拶を受けるのはそれくらいにして皆のところへ戻りましょうか」
「秀様!」
主が放つ暴言に柳泉は慌てるが、秀は全くそれを気にした様子はない。それどころかいかにも彼女を納得させる正論を語りはじめた。
「柳泉、本来あなたに挨拶しに来る前に私のところへ出向くのが筋道でしょう? だというのに、先程からあなたを自分の城に連れ込もうという言葉ばかり聞かされていては主としてほっておくわけにはいかないのですよ」
「えっ?」
「おや、気付いてなかったのですか? まあ、その可愛らしさがあなたの魅力ですけどね」
「えっと……」
柳泉は少し頬を朱く染めて俯く。その表情に秀は楽しそうな笑みを柳泉に向けるが、男達が彼女に向ける視線には容赦なく言葉の棘を刺した。
「そういうことですから命があるうちに消えていただけますか? 私は兄と違って寛大でいられるほど大きな器を持つ気すらありませんからね。
それと柳泉に今度近付いたら、天界か地獄か区別が付かないことぐらい私はやりますから」
『殺される……!』
そう思うのが同時だということがこの平和な天界で起こることすら稀である。
だが、この青年はさらに強烈な独占欲を示した。
「さあ柳泉、参りましょうか」
「えっと、秀様……!」
「おや、顔が赤いようですけどどうしましたか?」
「きゃっ!」
秀は柳泉の頬に口づけを落とすと、彼女は真っ赤になり男達は青ざめた。
「秀様……!!」
「すみません、まるで朱い果実の様だったので思わずね」
「うっ……! か、からかわないでください!!」
「それは無理ですよ。まぁ、今宵は宴ですから仕方ないとしても、明朝は今朝以上に苛めてあげますからね」
それでさらに真っ赤になる柳泉を見て男達は二人の関係を容易に予測する。ただし、実際に二人はまだこの当時恋仲ではなかったが……
「さっ、行きましょうか」
「は、はい……」
柳泉を掻っ攫っていった南天空太子の後ろ姿を見ながら、男達は口々に呟く。
「……怖いな」
「ああ、天空族は死んでも敵に回したくないな……」
後に天空族を敵に回してはならないと言われていた理由が、まさか今回のこの宴から広まったなどということを龍は知らない……
秀達が龍達の元へ戻ると、龍が頭を抱えたくなるような光景が見事に広がっていた。
「あっ、ひゅう兄じゃ、おかへり〜」
「翔、飲酒しましたね?」
「すみません、南天空太子様。少し目を離した隙に……」
「いいえ、紫月の性ではありませんよ。それにうちの大人達が全員羽目をはずしてるのも原因ですからね」
もうどうにもならないと純達だけちゃんと毛布をかけて寝かしつけた後、沙南姫と談笑を交わしている龍。天空族と親しい女仙や太陽宮の女官をはべらせて酒をあびるように飲んでいる将軍達。
その華やかさや賑やかさはまさに宴としか言えない。
「紫月、兄上は?」
「紗枝様と桜の木の下で愛を育んでると仙人達から聞きましたが……」
「明日の朝は天宮も破損しそうですね」
「そうですね。でも兄上に修繕させますから心配しないでください」
「紫月、毎回天宮を壊しているのは問題があるんじゃ……」
「柳泉、あなたが気に病む必要はありませんよ。全て啓星の責任なんですからね」
この場に啓星がいれば間違いなく「お前も原因だろうが!」とつっこんでくれたに違いない。天宮が壊れる八割方の理由は啓星と秀の応酬だ。
「さっ、私達も舞を見ながら美酒に酔いしれましょうか。柳泉、今宵は従者の役目は休み楽しみなさいね」
「はい、秀様」
ふわりと笑う柳泉を見て、紫月は一礼して騒ぐ翔の元へ戻っていった。龍と別の意味でなかなか進まないのかこの状況を楽しんでいる秀に、姉の酒癖を満喫したいと顔にかかれては邪魔するわけにはいかない。
なんせ柳泉はキス魔になるのだから……
それから程なくして舞が始まる。太陽宮の護衛兵の剣舞の勇ましさに拍手喝采がおこり、次に花の女神達が美しく舞い踊りはじめた。
「やっぱり中心で舞い踊る女神は絶世の美女だな!」
「そうか? 俺は後ろで踊ってる美女の方がいいけどな」
「良、お前ある意味俺より美人センサー高いんじゃないのか?」
「ああ、だろうな。なんせ龍太子も沙南姫様も気付いてるみたいだぞ?」
良が龍の方を見るように促すと、彼の顔は医者になっていた。
「沙南姫様、申し訳ございませんが……」
「桜の間を御用意いたしますわ。患者第一なら急いでください」
「ありがとうございます」
そして龍はすっと立ち上がると、舞い踊る女神達を掻き分けて一人の女を抱き上げた。それに仙人達が良いぞと騒ぎ立て、女達からは悲鳴が上がる。
しかし、一番驚いていいはずの女はただ呆然として龍を視界にとらえているだけだ。
「東天空太子様……」
「すぐに治療する」
そう告げて龍は桜の間に急いだ。
そしてこの騒動で龍が助けた女こそ、後に従者となる桜姫だったのである……
はい、更新遅くなりました!
申し訳ございません!
さあ、いよいよ話は動いてまいります。
太陽宮の宴のときに桜姫は龍と初対面だったようです。
舞の中で女達を掻き分けて桜姫を抱き上げる太子、そりゃ悲鳴も上がるでしょう。
そして南天空太子こと秀の黒さ…
もう柳泉がからむと何でもありなのはどうにもならないようで…
人を消すことなんて彼にとっては日常だった模様ですね…
だけどきっと、この宴でキス魔になる柳泉を彼は独占したことでしょう(笑)
明日はすごく機嫌が良さそうだぞ!