第二百六話:太陽宮の騒ぎ
この日、太陽宮には天界の数多の住人が訪れていた。男達が武道場で手合わせする催事と同時に、今宵は太陽宮の宴も開かれることになっていたのだ。
なので当然というように、天界からは多くの女達も集まっていたのである。
そして、太陽宮の美しい花が咲き乱れる庭から廊下を渡る東天空太子を見つけた女神達は、うっとりした表情をして恋や憧れを囁く。
「見て、東天空太子様よ」
「素敵〜もうすぐ立志式を迎えられるのよね」
「そうそう。天空王様になられるのよ」
「だけど手が届きそうもないわ。あんなに凛々しい太子なんて天界にはいないもの」
そんな主に対する囁きがどこからでも聞こえてくる中、啓星は確かにそうだろうなと思うと同時に、まったくそれに気付いていない主に苦笑した。
「相変わらずモテるな、龍は」
「そうなのか?」
「おい、あの黄色い声に気付いてないのかよ……」
「女性がおしゃべりなのはどの世界でも共通の認識なんだそうだ」
そう言って笑う龍に、なんでいつもそういう結論に行き着くんだと心の中でつっこんでしまう。
まあ、女神より書物にウインクされた方がクラクラする主なので、当然の反応といえば納得せざるを得ないのだが……
「はあ〜勿体ねぇな。王になりゃ好き放題妻を選べる立場なのに」
「おいおい、俺はまだ妻を娶る気など」
「そんなこと言ってると沙南姫様がどっかの馬の骨に取られちまうぜ?」
「だからなんでいつも沙南姫様が……」
とはいいながらも、目元の赤さを隠せるほど器用な主ではない。それに啓星は口元に悪戯な笑みを浮かべる。
「あっ、沙南姫様が変な奴に口説かれてる」
「なっ!」
慌てて啓星が指差した方を向くが、そこには太陽宮の警護の者が立っているのみである。
そして、そんな主の反応に啓星は笑いを堪えていたが、あまりの分かりやすさについには吹き出した。
「くくっ……!! は〜っはっはっは……!!」
「啓星……!」
「いや〜! 本当、龍は分かりやすい! ってか純情過ぎていい!」
主の肩をバシバシ叩く従者もどうなのかと思われるだろうが、当の本人は全く気にしてはいない。それよりも今の反応をごまかすことに必死になるのだ。
「違う! 沙南姫様が変な輩に絡まれてたらお助けするのは当然だからであってだな……!」
「嘘付くなって! それに俺は沙南姫様が龍の妻になるのは賛成だぞ? 柳泉も喜ぶだろうし?」
「だから、光帝も大事な一人娘をだな」
「昔っから早く娶れって言ってるじゃねぇか……」
しかももうすぐ龍が天空王になるなら尚更と、ここ最近光帝自らが天宮を訪れていて毎度のことながら娘を妻にと言っているはずなのに、何故そこまで恋愛のことに関しては鈍感なのかもはや天空族七不思議である。
「それに天空族の立場をより確立するためにも悪くはないだろう?」
「よせ。沙南姫様をそんな風な目で見るな。それに政略結婚は俺もゴメンだ」
沙南姫を思うが故の言葉である。主上とほぼ同等である光帝の権力を欲する者はいくらでもいるのに、龍はそういったものに全く興味がなかった。寧ろ、そういった理由で沙南姫を利用しようとするものを毛嫌いしているほどである。
もちろん、啓星も龍にそういった理由で近付いてくる者に容赦はしないが。
「へいへい。まっ、実際結婚するには違いないんだから、俺としては奥手過ぎるお前が行動するきっかけぐらいになってくれたらいいと……」
「だから、なんでくつっけようとするんだよ……」
「お前がずっと一途に沙南姫様を思ってたことなんていやでも分かるさ。てか常識?」
「いや、だから……!」
「すぐに否定出来ないのがお前の答え。主より恋愛慣れしてる俺が言うんだ。それに従者の意見に耳を傾けんのも主の役目だろ?」
色っぽく笑う啓星の笑みに龍は肩を落とした。主をからかうのは従者としてマナー違反じゃないのか、と言ってやりたいが、こういった話では何故か全員啓星の味方についてしまうのである。
理由は至って簡単。ここまでお膳立てされているにも関わらず、沙南姫の気持ちにすら気付かない龍への批難である。
「まっ、王になっていろんな縁談を吹っかけられる前に沙南姫様は特別だという意志表示ぐらいしておけよ? 紗枝はともかく、他の女を寄せ付けたら沙南姫様も妬くだろうし」
そう啓星は暢気に答えてはいるが、実際に起こってしまえば、沙南姫が本気で沈んで柳泉が悲しんで、おまけに紗枝が怒って彼の弟達が大騒ぎするのは目に見えてる。
そして、そのとばちりを受ける者達がかなり不敏なことになるので、本気で天界の平和のために早くくっついてもらいたいものだ。
「啓星、そういうお前はどうなんだ?」
「ん?」
「そういった話を全く聞かないんでね」
「……本当、純情だよな」
「はっ?」
「いいや、気にしないでくれ」
普段の素行の悪さが主の耳に入っていないことにホッともするが、少し心配になってくるのも従者ならでは。
「まっ、俺はまだいいよ。ちゃんと妹達を俺が安心して任せられる奴を探してから自分のことも考え」
「だったら心配いりませんよ。柳泉は将来私の妻になりますからね」
後ろから掛かった声に、その柳泉の兄は一気に機嫌が急降下した。現れたのは主の弟である南天空太子である。
「秀、来たのか」
「はい、兄上。今日は太陽宮の宴ですからね。参加しないわけにはまいりませんよ」
「ちっ、大人しく天宮で留守番でもしてればいいものを」
「啓星……」
主の弟に対してそれはどうなんだ、とやはりつっこまれそうな態度で啓星が言えば、それを律義に返すのが秀である。
「そういうわけにはまいりませんよ。私の柳泉が他民族のボンクラどもの目に触れる宴ですが、参加させずに沙南姫様との仲を引き裂きたくはないですからね。
なにより主としてはちゃんと従者は守らなくてはいけませんし」
「心配いらん。柳泉は俺が守るからお前はさっさと帰って仕事してろ」
「残念ですが全て片付けてきましたよ。あなたと違って有能ですからね」
「はっ、俺より医術の腕は下の癖に」
「それと素行の悪さしか私に勝てない人に言われても痛くも痒くもないですね」
「んだと?」
「事実でしょう? あなたから医術を除いたら、ただの節操無しの重力馬鹿じゃないですか」
「はっ、そういうお前こそその見てくれ潰せば黒さしか残らねぇだろうが!」
一応、二人とも今日は太陽宮にいるということだけはちゃんと心得ているらしい。天宮でこの言い争いの果ては、いつも兵士達が筋力トレーニングがわりに壊れた箇所を修繕するのだから……
「まっ、どうしても戻れというのなら柳泉と帰りますよ。邪魔者もいなければ今宵はずっと寝室で可愛がってあげられますしね」
「今すぐ死ね! このドエロ太子が!!」
「やってみなさい! 変態従者!!」
「お前達やめろっ!!」
太陽宮でも、やはり彼等は変わらないのである……
秀と啓吾兄さんってやっぱり二百代前もこんな感じ……
初めて二人が出会ったときに何故か互いに気に食わなかったという感想だったのは、
毎回こんなやり取りだったからですね。
そして龍も相変わらず……
にしても、龍の恋愛に関する鈍感ぶり……
いや、もう何なんだこの純情さ(笑)
天空族七不思議どころじゃなくて天界七不思議か!?
だけど従者だった啓吾兄さんはそれをからかって遊ぶのが好きだった模様。
そして啓吾兄さんの従者ぶり……
いや、主達に対してお前呼ばわりな上に舌打ちまで(笑)
だけど執務をサボりつつもやることはやってたんですよ、啓吾兄さん(笑)