第二百三話:火の意思
啓星は表情を歪めた。灰色の球体の中で荒れ狂う炎がさらに勢いを増し始めたからだ。その炎は間違いなく妹のもの。しかし、その炎を捩伏せようとする力が発動し始めたのも確かだ。
「……全く、ようやくその気になったか」
さっさと覚醒すればいいものをと秀だからこそ言えることを思う。
「だが急げよ……龍の方が気になるからな……」
全く被害を受けず、きらびやかなままのホテルに啓星は視線を向けた。
体から全ての力を解放した柳泉は意識を失う。その体をふわりと優しい火が包み込むと、南天空太子は荒れ狂う業火を睨み付けた。
「少し骨が折れそうですが従ってもらいますよ!」
ひらりと腕を動かすと火が竜のように姿を変える。簡単にいえば柳泉の力が意思をもって具現化したものというところか、それに南天空太子は刃を抜くと切っ先を火の竜に向けた。
「私に従いなさい。天あっての火竜でしょう?」
『認めぬ。貴様のようなものに従いはせぬ』
そう答える火竜に南天空太子はピクリと眉をしかめた。どうやら柳泉が自分に攻撃して来た理由は、この火の意思を神が暴走させたからなのかと悟る。
「二百代前は柳泉に従っていた火が、彼女の主である私に牙を向くつもりですか?」
『さらにお前の主である神が私にお前を殺せと命じた』
「あんなのを一度たりとも主なんて思ったことはありませんよ。それに私は火の王です。刃向かって来るのであればそれなりの礼を払わせてもらいますよ」
『ぬかすな!」
火竜はその命に従わず南天空太子に業火を吐き出して来た!
「……全く、柳泉の力なんですから大人しくしていただきたいと言うのに」
南天空太子は刃で一閃、業火を手易く断ち切りその力を自分に従わせる。
「まっ、私をてこずらせた分は柳泉にたっぷり返していただければ問題ありませんが」
柳泉が意識を失っていなければ、思わず瞬時に逃げ出しているであろうことを南天空太子はさらりと告げると、瞬時に火竜を刃で斬り付けてさらに力を従わせていく。
「さあ、これ以上私に支配されるか柳泉の体に戻り大人しくするか選びなさい。まあ、私の元で二度と柳泉を苦しめないように調教してあげてもいいですけどね」
火竜が若干引いたのは間違いなく目の前の青年の黒さを感じ取ったからだ。
「どうしますか? 大人しく従うか従わないかを選ばせてあげますよ」
『……認めぬ、たかが天界の人間が全てを従わせようなどと』
「ならば神に何故従おうとするのですか! そして何故お前は柳泉に従ったのです!」
強い口調で言われ火竜は怯む。だが、南天空太子はさらに追い撃ちをかけた!
「火の意思はもともと反抗的ですからね、私はその意思をことごとく捩伏せてきましたが柳泉はそうではないでしょう?
お前は自ら望んで彼女に従ったのではないのですか!」
『そんなはずが……!』
「ならば何故彼女を灰にしなかった!! お前の力で飲み込むことなどたやすかったはずです!」
彼女が放つ力が、この目の前にいる火の意思の力そのものだったならば、自分の宿主を焼き尽くすことだって可能なのだ。
特に柳泉が自分の体から全ての力を解放したとき、一遍に消し去ることも出来たはずである。
「もう一度尋ねます。お前は神に従うのか、それとも柳泉を守りたいのか!」
そう叫んだ瞬間に南天空太子は火竜を断ち切り、そしてその火は拡散して柳泉の体に宿り始める。
「……それでいいんですよ。本来、火とは人を傷つけるためでなく守るためにあるもの。特に私の守りたいものに一番必要な力ですから」
『……火の王よ、私は貴様には従わないがこの天女を守るために生き続ける』
「ええ、構いませんよ。ですが今度暴走したら力付くで捩伏せてやりますから」
勝ち気な表情を浮かべる南天空太子に火の意思は何も答えることはなかったが、辺りの業火が静まっていったことが全ての答えだった。
「火まであなたに惹かれてしまうのですね、柳泉」
眉尻を下げて、南天空太子は優しい火に包まれて浮いていた柳泉のもとによるとその火を消して彼女を抱きしめる。
「本当にあなたという人は……」
すると柳泉の体は光に包まれ、篠塚柳へと戻る。それに南天空太子は目を細めて穏やかな表情を浮かべると、ふわりと地上へ降り立った。
「さて、現代の私が怒ってるみたいですからね、あとは秀に任せます……」
そう言い残して南天空太子は天宮秀へと戻っていった……
その頃、龍がホテルに着くまで潰されなかった敵を片付けながら進んでいた紗枝達は……
「オラオラ〜!! 天空軍の御通りだあ!!」
「うわあ〜〜!!!」
ありとあらゆる銃火器をぶっ放して森が活路を開き、一行を遠くから狙ってくるものには桜姫が花びらに殺傷能力を持たせて攻撃する。
紗枝は啓吾の服を抱え、土屋と宮岡はそれぞれ純と夢華を背負っている状況だ。だが、龍が通った後なのか向かってくる敵より泡を吹いて倒れてるものが多いというのもどうなのかと思うが……
「桜姫君、少し聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょうか」
攻撃の手を休めずに桜姫は土屋の問いかけに答える。
「この世の創造主とは一体どんなやつなんだい?」
「……永遠不滅の存在、そう表現するのがよろしいでしょうか」
「永遠不滅の存在?」
「はい。肉体は滅びていきますが、意志だけは二百代前と変わらない、いえ、きっと世界というものが誕生したときから続いているかと思われます」
その答えに全員そんな摩訶不思議なことが起こるのかと表情を歪めた。
「じゃあ、二百代前の生き証人ってこと?」
「はい、そう考えていただいても構いません。私達のように何度も生まれ変わったわけではなく魂というのでしょうか、それが時代時代の権力者に乗り移ってきたようですが」
「う〜ん、輪廻転生論も信じてるわけではないが、魂だけが生き続けてるって方が信じられないね」
「それが普通の反応だろうな。だが、現GODの創主は先代と変わらない思考の持ち主だという情報がある」
「えっ?」
紗枝は宮岡の話に反応した。先代のGODの創主と言えば、啓吾が殺したといっていたはずだ……
「桜姫のいうとおり、魂だけが生き続けることが可能ならそういうことが有り得るのかもしれないな」
紗枝は嫌な予感を感じ始めた。それはとても言い表せるようなものではなくて……
ようやく天宮家弟達の戦いは終了。
次回はいよいよ龍と沙南ちゃんがメインで話が進んでいくかと思います。
あっ、啓吾兄さんの話も入りそうかな。
さて、柳ちゃんの力を具現化した火竜と南天空太子とのやりとり。
やっぱり秀は二百代前も秀だったみたいで……
反抗的な火を力付くで捩伏せてきたみたいですね……
うん、秀なら火でも大人しくなりそうだ。
にしてもなんでこんなに黒いんだ……
そして桜姫から語られたこの世の創造主の話。
どうやら肉体が滅んでも魂だけが生き続けてるらしく……
しかも啓吾兄さんが過去に殺したGODの創主だったみたいで??