第二百二話:炎
十五禁内容が少々入ります。
お気をつけください。
天宮の南天空太子の寝室で目覚めた柳泉は、ベッドの窓から夜空を見上げる主に囁くような声でその名を呼ぶ。
「秀……様?」
「ああ、柳泉。起こしてしまいましたか?」
同じベットの中にいて、上体だけを起こして自分の髪を優しく撫でてくれる主。その手がくすぐったくって、しかし、それが幸せで堪らなくなる。
「まだ夜明けまで時間があります。眠っていなさい」
「ですが……」
「おや、これから戦場をかける身だからと無理はさせないようにと思っていましたが、やはり物足りなかったでしょうか……」
「秀様っ!!」
柳泉は真っ赤になり南天空太子はくすくすと笑う。本当に意地悪だと思いながら柳泉も上体を起こすと、外気から彼女を守るために真っ白なシーツごと南天空太子は抱きしめた。
心地よい心音が柳泉の耳に当たって、頬を真っ赤に染めさせられながらも抱きしめてくれる腕がうれしいと思う。
そして顎をついと持ち上げられて唇が重なって……
そしてそれが離れると、少しいつもと違った表情を南天空太子は柳泉に向ける。心配と葛藤が混じったような顔だ。
「柳泉」
「はい……」
「おそらくこれが最後の戦になると思います」
「秀様……」
「出来ることなら、君を戦場になど出したくはないのですが……」
戦力差はそうないと分かっているが、圧倒的な兵力を誇る神族とそれに付き従う民族達が相手なのだ。
こちらの犠牲を少しでも減らしたいと願う天空王の事を考えれば、柳泉も戦場に立たないわけにはいかない。
「大丈夫です、秀様。秀様は御心のままに戦ってください」
「しかし……」
「秀様、私は戦場では秀様の従者です。この命が有る限り、秀様をお守りするのが私の役目。例え何があろうともお守り致します」
そう穏やかな声で、だが強い意志で柳泉は南天空太子に告げる。思いが通じたとしても、彼女から従者としての意識を消せはしない。特に戦前はだ。
「でも、私は秀様を御慕いしております。だから許されるのであれば、この戦が終わった後もずっと御傍に……」
戦場では立場はあくまでも主従関係。もちろん主に守ってほしいと願えば彼は叶えてくれるだろう。
しかし、柳泉はそれをしたくなかった。南天空太子を思うからこそ自分のために傷ついてほしくないと願い、なにより彼を守りたいのだと思う。
でも、もう片時も離れたくないのだと柳泉はそう自分の心を認めていた。南天空太子の傍にいられないことに耐え切れる自信はない。
心からその思いが溢れかえっていて、恋い焦がれていく気持ちはもう止められない。
「……柳泉」
すると南天空太子は強く唇を重ねて来て、少し離れたかと思ってもすぐにそれは覆われて段々深く烈しくなっていく。
そして身体は互いの熱を共有しあって、心はただ相手を欲してしまう。それは本能と呼べばいいのか、それとも……
「ずっと解放する気などありませんよ。君が傍にいてくれることが幸福なのですから……」
自分の理性を保ったまま、力だけは限界まで引き上げられていた柳泉は秀に攻撃を繰り出していた。
「秀様お願いです!! 逃げてください!!」
「くっ……!!」
もういくつの物体が熔け、灰になっていったのだろう。一緒に乗ろうと思っていた観覧車もすっかり黒焦げになっていた。
しかし、それでも業火はおさまる気配すら見せず、寧ろ火の力を操る秀でさえ、常にこの熱さに耐えれるように熱を纏わなくてはならないほどの温度になっていた。
「さすがに熱くなってきましたね……」
秀は汗を拭った。何とか柳泉を操る力を止める方法を導き出さなければならないが、その解法の手掛かりすら残さないで神は消えたのだ。いや、寧ろ解法なんてないのかもしれない。
「秀様……!」
必死に操られる体と力を閉じ込めようと彼女も抵抗するが、それに抗おうとするだけさらに力は膨れ上がってくる。
『いっそのこと殺してくれたら……!』
柳泉は涙を流しながらそう思い始める。だが、その望みを口にすれば秀はこの火のように怒りを爆発させることだろう。
しかし、もう傷付けたくはない……
「秀様……」
「柳泉、泣かないで下さい。必ずあなたを助けます」
「……秀様、もう良いのです」
「何を?」
次の瞬間、柳泉の周囲から巨大な火柱が上がった! そして彼女の深紅の目は光を放つ!
「柳泉!!」
「すぐにこの場から離れてください! 私は南天空太子様の従者、主を守るために存在するもの!」
「くっ……!」
さらに立ち上ってくる火柱の数々を避けるために後ろに飛び、秀は柳泉からどんどん距離を取らされていることを悟った。
「柳泉!!」
そう彼女の名を叫ぶと柳泉は穏やかな表情を浮かべて秀に告げた。
「秀様、申し訳ございません」
「何がです!」
「あなたを守りたいのに傷つけてしまって……」
「柳泉、何をしようとして!!」
言葉を遮るかのようにさらに火の勢いは強くなり、火流が秀に迫って来て彼は軽く跳躍して熔けかけ電灯の上に飛び乗った。
「柳泉!!」
彼女の赤い衣が火に包まれ始める。彼女自体はそれによって火傷を負うわけでもないようだが、一体彼女が何をしようとしているのかなどもう聞かなくても分かった。
「秀様……あなたに出会えて、仕えることが出来たこと、柳泉は心より感謝しておりました」
「何を言ってるんですか!!」
「そしてこんな私を愛してくれたこと……本当に幸福でした……」
涙が溢れて止まらない。それだけ秀を思っていたと、少しでも自分が秀を愛していたと届いてほしいと願う。
「またいつか……」
「ふざけるな!!!」
秀は叫ぶと同時に灼熱の中に飛び込み、柳泉を強く抱きしめる!
「くっ……!!」
「秀様……!!」
あまりの熱さに秀は苦痛に表情を歪めたが、それでも柳泉を離しはしない!
「秀様!! 離れ」
「離さないと! もう解放しないと二百代前の僕はあなたに言ったはずですよ! 柳泉!!」
「秀様……!!」
「それに!! この現代ではあなたは従者ではなく僕が最も愛してる女性なんです! その人を泣かせた上に守れないなんて真っ平ゴメンなんですよ!!」
柳泉の心の中でトクンと現代の彼女が反応する。
「柳泉、あなたの力を全て解放してください」
「えっ!?」
「全て捩伏せ、あなたの力を僕の支配下に置きます」
「ですが……!」
「僕を誰だと思ってるんですか?」
その顔は戦前に見せていた南天空太子のもの。そして自分の全てだ……
「……秀様」
「はい」
「現代の私をよろしくお願いします……」
そして二人は炎に包み込まれた……
愛の炎は燃え上がり……
うっ……本当この二人って戦いが戦いにならない……
周りの炎や熱すら恋愛要素にするとんでもないカップルです(笑)
秀が敵に向けて火を放つととんでもなく黒く思えるのに、
何で柳ちゃんが絡むとこんなことになっちゃうんだろう……
でも、二百代前の柳泉が本当に一途だったんだなと思います。
従者としても、一人の女性としても、自分の命を投げ打ってまで秀を守りたいという思いってすごいですね。
しかし、それ以上に柳ちゃんを思ってる秀……
うん、この騒動が片付いた後、柳ちゃんが無事でいられない気がしてきた……