第二百一話:主と従者
広い原っぱの上で紫月は主に尋ねたことがある。それは戦に身を置くからこそ出て来る質問だった。
「西天空太子様」
「いや、紫月、だから翔で良いって言ってるのに」
「翔様」
「……本当に固いよな」
「主がゆるゆるだからこそ従者がしっかりしなければならなくなるんです。天空王様と兄上の関係を見てたら分かるでしょう?」
「ああ、なるほどって……それって俺がダメダメに聞こえるんだけど……」
紫月はクスクス笑った。天空王と彼女の兄である啓星は、主がしっかりしている分だけ従者がちゃらんぽらんだったりしている。まあ、啓星がグータラしていても問題ないらしいが……
それで少し拗ねる主に紫月は笑いながらすみませんと謝罪した。
「で、どうしたんだ?」
「はい、翔様に一つ聞いてみたいことがありまして」
「ん?」
「翔様は戦がなくなったらいかがなさいますか?」
唐突な質問に西天空太子はキョトンとする。だが、少し考えて彼らしい答えを返してくれた。
「そうだな、とりあえず毎日紫月の飯食って、皆で騒いで、それと……龍兄者みたいな医者を目指してみてもいいかな」
その意外な答えに紫月は目を丸くした。戦場で暴れまわる主からは一番程遠いイメージだったからだ。
「……翔様、医者になるのですか?」
「なんだ? 変か?」
「ええ、執務一つまともにやろうとしないお方の言葉とは」
「オイッ!」
しかし、事実だと言われると翔はガクリと肩を落として原っぱに寝転がった。
「まっ、兄者達は政で忙しくなりそうだからさ、今度は人を斬るんじゃなくて人を治そうと思ったんだよ」
そっちの方がカッコイイからと少し照れたように言う主に、紫月はふわりと微笑んだ。
「……素敵ですね」
「だろ?」
「ですが、とりあえず天空王様に診ていただいた方がいいかと……」
「だから何でそうなるんだよ!」
「だって、いろいろな意味で心配が……」
「頼むからそこだけは従者としての態度をとってくれ……」
竜巻の中で従者の姿をとらえた西天空太子は、紫月の腕を掴んでグッと腰を引き寄せる。
やはり意識は失っていて、体の中の力全てが放出して今の竜巻を作り上げていた。そして体は冷たい……
「紫月……」
ずっと傍にいてくれた従者。いや、きっと出会ったときから彼女は従者という枠になんて嵌めたくはなかった。
それこそ風に舞う踊り子のように自由に生きてほしかった。
しかし、そんな彼女の風が心地よかった。だから自分の風の中にその存在を感じたかった。そして互いに感じていたことがある。
「紫月、戦が終わって平和になったらいうつもりだったんだ。俺はお前だから信頼できた。俺はお前と背中を守って戦えることが嬉しかった。何より……」
西天空太子は紫月に口づけると、暴走していた風の力がどんどん彼女の体に戻り始め、やがて周りは穏やかになっていく。
そして唇をはなすと紫月の前髪を優しい風がふわりと掠めた。
「……何より、紫月が好きだ」
「……いつから南天空太子様に影響されたんですか」
冷静な口調で紫月は問うと、西天空太子は目を瞠った。
「紫月……!」
「……全く、あなたという人は」
「いや、まぁ……」
「……私もあなたと同じですけどね。きっと現代も……」
それだけ告げて彼女の体は光に包まれる。その答えに西天空太子は破顔すると、姿は現代の天宮翔に戻っていった……
そして秀と柳泉は消えることのない火の海の中で闘っていた。
「柳泉! やめなさい!!」
「死んでください、秀様」
飛んでくる無数の火球がいくつものアトラクションを焼いていく。上空に見える灰色の結界がこの業火を広げていないのかと秀は思うが、逆にこの業火をおさめない限り自分もここから出られないと理解する。
「柳泉! 僕の言うことが分からないのですか! 誰よりも争いを嫌っていたあなたが僕を殺すためだけに何故力を奮うのです!」
「全ては神様のためです。神に逆らう主など主と呼べません!」
「ならば!!」
柳泉の放って来た火球を同じ火の力で相殺して柳泉と対峙した。
「あなたの気持ちはどこにあるんですか?」
「何を」
「あなたは誰のために泣いてくれたんですか?」
「くっ……!」
柳泉の思考に靄が掛かり始める。ただ神に逆らうものとして秀を始末しろと奥底から命じてくる力と、誰よりも恋い焦がれていた主に対する気持ちが葛藤を始める。
「僕の従者だったというなら思い出しなさい。いえ、僕がどれだけ君を愛していたと思ってるんですか!!」
「うっ……!! 秀……さま……っ!!」
頭を押さえ、その場に崩れかけた柳泉を秀が支えると、催眠術を心得ている秀はゆっくりと言葉に彼の気持ちを乗せた。
「柳泉、戻っていらっしゃい。君の居場所はここでしょう?」
だから戻ってこいと、自分のことを思ってほしいとそう心から願う。
「柳泉」
「……秀…様……」
彼女から強い熱が消えて、辺りの業火が少し落ち着く。
「僕が分かりますか?」
「秀様……」
「はい……」
良かったと思い彼女をきつく抱きしめると、やはり柳と同じように頬を赤く染めてくれる。
「秀様、すみませんでした……」
「いいんですよ、僕は君が好きなんですから」
そうストレートにぶつけられて柳泉はさらに頬を赤く染めると秀は満面の笑顔を浮かべた。
「さっ、あとはこの業火を沈めます。手伝っていただけますか?」
「はい」
そして秀が柳泉を解放した直後だった! 突然柳泉は火球を秀の胸に直撃させた!
「うわああっ!!」
「秀様!! 逃げて!!!」
「くっ……!!」
その声と同時に秀は横に飛んで直撃を避ける! 催眠は解けたはずだというのに、何故彼女がまた再び自分に攻撃を仕掛けて来たのかと彼女を見た瞬間、その背後に神が立っていた。
「神……!」
「南天空太子、君には弟達とは違った演出をさせてもらうよ。テーマパークも全てが似たようなアトラクションだと退屈してしまうからね」
「僕はそろそろ帰りたい頃なんですよ。それに人の大切なものを苦しめた迷惑料くらい払っていただきたいですね!」
「それはお断りするよ。私はそういう類のものは嫌いだからね。だが、そのかわり柳泉の意思のまま君を葬らせてもらうよ。最愛の女性に殺されるんだ、悪くない最期だろう?」
そう言い残して神が姿を消した瞬間、柳泉は操り切れない火の力を放出させる!
「秀様!!! お願い、逃げて!!!」
そう叫ぶと同時に、業火はかつてない勢いを上げた……
かつてなく翔と紫月ちゃんの話に恋愛要素が加わったような……
うん、まあ、二百代前の彼等だからありなんでしょう。
現代ではきっとすぐにコントです(笑)
だけど、この二人って本当に他の兄弟以上に互いを信頼して付き合ってるかなと思います。
男女の友情と恋愛感情が入り交じった関係、そしてコント(笑)
書いてる作者が楽しんでいます。
そして天空記の中でもっとも恋愛関係の話しかない秀と柳ちゃん。
秀が催眠術を心得てるのはスルーしても(笑)やっぱり柳泉を正気に戻したのも愛でした。
しかし、この話はワンパターンなんかにはなりません。
一体このあとはどうなってしまうのでしょうか??