第百九十八話:純の望み
夢華と出会った時から喧嘩なんてしたことがなかったなと思う。
手を差し出すことも繋ぐことも全てが自然で当たり前だった。傍にいたいという願望ではなくて、傍にいられることが嬉しかった。
それが二百代前の因縁とか主従の関係があるからと言われても、正直兄達ほどの実感はない。
しかし、守りたいと願ってたのは自分が自分でいる限り変わらないことだ。
「うわっ!!」
豪速球で飛んでくる水泡を、純はアトラクションに使われるボートに飛び移りながらかわす。
ここは水を使ったステージらしく、水を操る夢華にとっては力に事欠くことがなかった。いや、それ以前にいつも以上の激しい攻撃に純は戸惑う。
「夢華ちゃん! お願いだから止まってよ!」
「神に逆らう者などに容赦はいたしません!」
「うわっ!!」
細剣を一振りすると、水柱が純の乗っていたボートを飲み込んで大破させる。そしてバランスを崩した純に夢華は斬り掛かった!
「覚悟!」
「……!! ごめんね夢華ちゃん!!」
純は水柱を操り、それを水牢に変えて夢華を閉じ込める。
「くっ……!!」
呼吸は出来るものの、身動きが出来なくなった夢華はそれを何とか破ろうとするが、主従の力の差、それを破ることは出来ない。
「待ってて、すぐに桜姫さんを呼んで来るから!」
心優しい少年は夢華を水の中に閉じ込めることに心を痛めながらも、一刻も早く催眠を解こうと桜姫の元へ駆け出そうとするが、突如背後で水が弾ける!
「えっ……!?」
振り返るとこのステージにあった全ての水が一斉に暴れ出し、さらに近くの水道管が破裂し、噴水から溢れ出した水も道に川を作り始めた。
そしてその事態を引き起こしてしまった少女は、黒く光る目を純に向けながらも彼女の奥底の言葉を呟く。
「……純……君っ!! 助け……て!!」
「夢華ちゃん?」
「きゃあああああ!!!」
「夢華ちゃん!!」
水が純と夢華を完全に飲み込んだ!
そして遠くから上がった巨大な水の破裂音に、それを起こしてしまった妹の名を啓星は叫ぶ!
「夢華!!」
「よそ見してる場合か、啓星!」
「うるせぇ!!」
邪魔だと言わんばかりに啓星は目をより青く光らせて三國を完全に押さえ込むと、怒りをあらわにして詰め寄った。
「質問に答えろっ!! 神は夢華に何をした!!」
「リミッターをはずしただけのこと。やはり天空太子相手ではただ覚醒させただけでは勝てないだろうからな」
「くっ!!」
「だがもった方じゃないか。あの末っ子はすぐに根をあげると思ってた……!!」
呼吸が止められる。肺が押し潰されるような感覚が襲い掛かって来て、そして死が近づいてくることを実感させられる。
「現代は現代、二百代前は二百代前、多分天空王はそう思ってたからお前を殺すことを俺にやめさせたんだ。
だが、現代でも妹に手を出されて報復しないほど俺は甘くない。それに荷担したお前は充分始末する理由に値する」
「……かっ!!」
三國の顔色はどんどん変色していく。その表情も苦悶にしか満ちていない。
「だからここでお前は消えろ。俺達の未来を邪魔するな」
「……!!」
三國は完全に息絶えた……
そして、水の中に飲み込まれた純は、多くの残骸が漂う中を泳ぎながら夢華の姿を探す。相当な広範囲を飲み込んだのだろう、彼女一人の姿を見つけるのは容易なことではなさそうだ。
ただ、夢華の力がまだ発動していて、この辺り一体を包み込んでいるということは感じられる。この暴走で力を使い果たしているのなら、ジェットコースターのレールの上で水かさが止まって巨大な水泡を作れるはずがないねだから。
しかし、純でも操りきれるかどうか分からない水の状態を、夢華がいつまで保っていられるかは非常に怪しい。
「夢華ちゃん!」
泳ぎながら声を上げて大切な少女を探す。見つけなければいけないから、いや、自分にしかこの水の中では見つけられないのだ。
「夢華ちゃん! どこにいるの! 返事してよ!」
純はさらに声をあげた。教えてと、答えてと、そして……泣かないでと……
「夢華ちゃん!!」
そう純が叫んだ瞬間、触れてる水が微かに純の手を優しく掠める。それは小さなうねりだが、水の力を持つ純には充分伝わった。
「そっちにいるの?」
そして水が掠めた方向に純は進み始めると、段々そのうねりは大きくなって来て、やがて一つの巨大な渦が出来上がってることに気付く!
「夢華ちゃん!! うわっ!!」
渦の中に飛び込もうとすれば簡単にその力に弾き飛ばされる! しかし、その渦の中に夢華がいて、きっと暴走する力を必死に押さえ込もうとしているのは容易に分かった。
「あの中に入らなくちゃいけないのに……!」
これだけの水の中で意識を失ってしまえば、間違いなく彼女はこの水の中で死んでしまう。いや、彼女だけではなく純が守りたい者達も犠牲にならないとは限らない!
「どうすれ……ば……」
頭の中に二百代前の自分の声が聞こえる。水の力を操る北天空太子の声。目覚めよと、水を従えよと、従者を守れと……
「……だけど僕も暴走したら?」
きっと被害はこれだけではすまない。下手をすれば世界すべてを飲み込んでしまうかもしれない。
だが、決断はすぐに迫られた!
「うわあっ!!」
渦がさらに強まって純は弾かれ、どんどん夢華から遠ざかっていく。それとは反対に夢華の意志がどんどん薄れていくのを感じた。
「夢華ちゃん!!」
『応えよ、お前が守りたいものは何だ?』
脳裏に北天空太子の声が先ほどよりさらに強く響く。
『応えよ、お前の望みを!』
「望み……?」
渦に弾かれ鉄柱に背中をぶつけて純は息を吐き出す。たが、脳裏にはさらに強く訴える声が聞こえた!
『大切なものを守れずに終わるのか!!』
「……!! 嫌だ!!」
そう叫んだ瞬間、渦は逆流を始める! 水が全て水を司る太子に従い始める! そして渦の中にいた少女の姿を見つけるなり、彼はその手を掴んで叫んだ!
「夢華! 夢華!」
既に意識はなく、ただ力だけが放出されている状態に北天空太子は悲しそうな表情を浮かべた。
「すまない、辛い目にあって欲しくなかった、何より泣いて欲しくなどなかったのに……」
そして優しく口づけると、渦は止まり、水の中は穏やかさを取り戻してあるべき場所へと戻り始める。
それから全ての水が引いて、頬に風が当たって夢華は純の腕の中で目をあける。
「純……く…」
「……いいよ、眠って……」
「う、ん……ごめ……ね」
安堵したのか夢華は目を再び閉じると、北天空太子は愛おしそうに少女を守るように抱きしめる。
そして同じように従者の暴走を止めるために力を使い果たした北天空太子は、純の姿に戻った途端、地へと落ちていくのだった……
さて、今回は純君に頑張ってもらいました!
いつも仲良しの末っ子組、やはりバトルになっても純君は優しい男の子なんだなと思います。
上の兄達にいろんな問題があるのに、なんでこんなに天使に(笑)
そんな中、力が暴走してしまった夢華ちゃんを救おうと純君が頑張りました!
何度も夢華ちゃんの名前を呼ぶあたり、本当に大切なんだなぁと作者が感心しています。
上の兄達に少しはこれくらい純粋な思いを持てといってやりたいですね、秀とか啓吾兄さんとか(笑)
あっ、だけど妹がピンチとなってキレるのはやはり啓星だった頃も同じようで。
これからこのシスコンもどう動いてくれるやら(笑)