第百九十五話:操られたもの
秀達の目の前に現れた少女達は、完全に意識を操られ、無理矢理覚醒させられた二百代前の従者だった。そして、それぞれが二百代前の主に容赦なく攻撃を仕掛ける。
「秀様……御覚悟を!」
「くっ……! 柳さん!! やめて下さい!!」
紅い目と紅の衣を身につけ、火と熱の力を操る柳は彼女がもっとも愛しいものに牙を向く。
もとは戦うことも自分の力を使うことも好きではないが、だからといって弱いわけではない。いや、むしろ強いからこそ南天空太子の従者を務められたのだ。
しかし、向かってくる柳に傷を負わせることが出来ず、秀はなんとか攻撃を相殺しながら彼女と対峙していた。
「翔様、死んでいただきます!」
「どわっ!!」
白光した目を向けて翔に容赦なく風の刃を繰り出してくるのは紫月。よく有りがちな光景な気がしてならないが、今回は本気で命を奪いに来ていた。
同じ風を操るものとして味方ならば百人力だが、敵に回るとこれほど厄介な相手はいないと翔は心の底から思う。
なによりさすがは紫月というべきなのか、自分の動きが見事予測されて攻撃を放って来てるあたり、実際は意識なんて乗っとられてないんじゃないかと思ってしまう。
「純様、御命頂戴致します!」
「夢華ちゃん!」
可愛らしい目は黒い光を放ち、水の力を宿した細剣で攻撃してくる夢華に純は何度も止めてと叫ぶが、羽のような軽やかな動きは止まらない。
いつも無邪気な笑顔を向けてくれる少女は、純を殺すために動く人形と化していた。どうすればいいのか全く検討がつかない。
だが、彼女達を誰よりも思っていると自負している兄は、自分に襲い掛かってくる敵を片付けながらもその名を叫んだ!
「柳! 紫月! 夢華!」
「よそ見すんなよ啓星!!」
威勢のいい声と同時に、啓吾に向けて手榴弾や砲弾が襲い掛かりそれは炸裂する!
「森!!」
「バカ兄!!」
撃って来たのは森だ! しかし、啓吾が宙に浮いたところで冷静な指示を出すものがいる。
「放て」
「くっ!!」
的確に放たれた無数の矢を止めて何とか怪我をせずにすんだが、その指示を出したものに啓吾は驚く!
「淳行!! ってことは……良二!!」
「死ね!!」
「紗枝様!」
ショットガンが紗枝に放たれる刹那、桜姫は紗枝を抱えて舞い上がり蜂の巣になるのは回避したが、森が二人に大砲をぶっ放した!」
「くそっ!!」
重力で砲弾を操り、それは二人を撃ち落とさずに済む。
「何すんのよ! バカ兄!!」
「バカはお前だ。そんなくだらない奴に引っ掛かりやがって!」
「否定はしないけど余計なお世話よ!」
「否定しろよ……」
啓吾はつっこむ。自慢の彼氏と言えとは言わないが、それなりのフォローは欲しいものだ。
だが、おそらくこの場の指揮をとっているのだろう、焦点のあっていない目を向けて土屋が桜姫に尋ねる。
「そして桜姫、君もやはりこちらの敵に回るのか?」
「淳将軍、あなたこそ天空王様の敵に回るおつもりですか?」
「主上の命とあっては従わないわけにはいかない」
「淳将軍ともあろうお方が随分腑抜けられた返答ですね」
「天空王に従わなければならない価値があるのなら従ってる」
「あなたにその価値が見抜けないはずがありません。操られる前に意識を取り戻してはいかがですか」
凛とした声で尋ねる彼女に遠慮はない。二百代前、確かに彼女の記憶の中で彼等三人も将軍として戦っていたのだ。
そして自分と同じように天空王を支えようとした。それが神などに操られて潔しとするはずもない。
「桜姫、やっぱ三人とも……」
「はい、操られております。おそらく神に」
「解く方法は?」
「術者の撃破、または将軍達を拘束して催眠状態を解くかです」
「前者はいくら龍でも時間がかかりそうだな……」
とすれば、どうしても選択肢は後者のみしか残らない。そして拘束というものはいかにも啓吾に課せられた役目だ。面倒だと思いながらも啓吾は肝心なことを尋ねた。
「ったく……桜姫、お前催眠の解除は出来るのか?」
「はい、心得てます」
「ならば話は早い。こいつらをさっさと拘束するぞ!」
啓吾も力を解放しその目は青く光ると、その場にいたものは重力の枷に縛られて動けなくなるが、啓吾の力の発動前に妹達はその場から距離をとった。
「……さすが俺の妹、重力の届かない範囲まで分かってんな」
「なによ、その範囲って」
「まんまの意味だよ」
「全く、使えないですね!」
「んだと次男坊!」
「今回ばかりは秀様の意見が正しいです」
「真面目な顔してさらりときついこと言うなよ桜姫……」
たが、そんな話している余裕などなかった。距離があるにも関わらず、柳は正確に火球を飛ばしてくる!
「次男坊!」
「分かってますよ!」
柳が放った火球を同じ火の力で相殺すると、秀は弟達に命じた!
「翔君! 純君! 紫月ちゃんと夢華ちゃんを止めなさい!」
「止めろって言ったって!」
「三男坊! 末っ子! 気絶させるだけなら後からゲンコツ一撃で手を打ってやる! だが怪我させて泣かせたら死刑だ!!」
「どのみちただじゃ済まないって事かよ!」
「だけど夢華ちゃんが泣くよりずっといいや!」
そういって二人は紫月と夢華を止めるために攻撃を開始した。
「次男坊」
「はい」
「お前は焼かれてこい」
冗談なのか本気なのか微妙な感じだが、それを秀はあっさりかわした。
「そんな必要ありませんよ。今夜は火なんか使わなくても充分熱い夜を過ごすんですから」
「マジで死ねっ! 次男坊!!」
そう騒ぐシスコンは無視して秀は高く飛び上がった。
だが、雑談はそこまでだった。重力をかけられたにも関わらず、いきなり森はナイフを抜いて啓吾に切り掛かって来る!
「なっ……!」
「啓吾!!」
「くそっ!!」
さらに重力の枷を強め、刃が突き立てられる前に動きを止めてその体を弾き飛ばす!
「桜姫!! さっさと一人ぐらい正気に戻せ!! こいつら全員普通じゃない!!」
「そう簡単にいくと思うか?」
「えっ?」
「紗枝様!!」
紗枝を庇い、桜姫の肩は見えない力に貫かれる!
「うっ……!」
「桜姫!!」
「さすがは桜姫、肩一つで済んだか」
そして姿を表す人物を紗枝は睨み付ける。
「三國弘世……!」
「紗枝殿、君にはもう一度覚醒してもらう。そしてその力を今度こそ我が手に……!!」
「させません!」
「くっ……!」
花びらの刃が三國を襲い頬を掠める。そしてさらに花びらが舞い散り始め、先程桜姫の肩を貫いた傷はみるみるうちに癒えていく。
「紗枝様を守ることが主の命。三國弘世、いえ、神に唆された月の者よ。お前の二百代前の罪、この現代で払ってもらいます」
話は過去に遡る……
さあ、やって来たバトル!
柳ちゃん達を気絶させても怪我させても、寧ろ泣かせたりしたらシスコンがとんでもなく怒り狂いそうですが……
ですが相変わらずの会話を繰り広げながら戦う一行。
秀なんて熱い夜を過ごすとまで言ってのけてるぐらいで……
数日しか離れてなくてこの独占欲、もう誰もとめられません……
そして桜姫。
冷静なツッコミ役が最近板に付いてきました(笑)
普段は真面目でもやっぱり龍の下に集ったとなるとどうもね……
だけど彼女が告げた「月の者」の言葉。
次回は二百代前の回想が入りそうですねぇ。