第百九十一話:動き出した神
ホテルの館内構造を確認するため、森の案内のもと紫月と夢華は豪華な施設に目を奪われながら把握していく。
そして結婚式の披露宴会場にも利用されているのか、衣装室のドレスの数々に夢華は目を輝かせた。
「うわあ〜! 洋服がいっぱ〜い!」
「菅原邸もすごかったですけど、このホテルもまた……」
「なんだ? 家に来たことあるのか?」
「ええ、ほんの数日前に」
そうなのだ、ほんの数日前に大暴れして菅原邸に泊まったというのに、今度はアメリカのホテルを貸し切ってお世話になっている。
「それでか」
「何です?」
「篠塚姉妹に不自由な思いをさせるなと祖父さんに厳命された」
「ああ、素敵なお祖父さんでしたね」
「おい……一体何の話したんだよ……」
「経済についてですよ」
秀みたいな微笑を浮かべて答える紫月に、森は秀のやってることに深く関わらないように促しておく。
「ねぇ、森お兄ちゃん! このウェディングドレスどうしてガラスケースに入ってるの?」
無邪気に尋ねてくる夢華に森は簡潔に答える。
「一番値段が高いから」
「夢も何もないですね……」
もう少しエピソードの一つか二つあってもいいものなのにと紫月でも思う。
「貸衣装ってのはそういうもんだ。だが、二人の結婚式の時には祖父さんがウェディングドレス作るって言い出しかねないな……」
「えっ!? それ本当!?」
「ああ。っていうかお嬢ちゃんの結婚式ってある意味史上最強になりそうな……」
ありとあらゆる権力者を魅了していく末っ子組の結婚式なんて、微笑ましい感じはしても参列者が半端なさそうだ……
「わ〜い! 楽しみだね、お姉ちゃん!」
「私は当分先ですよ。間違いなく姉さんがもう少しでお嫁に行ってしまいますから、せめて私が医者になるまでは面倒見てあげようかと」
「ん? 踊り子も医者目指すのか?」
「ええ、上の影響で」
確かにあれは影響受けるだろうなと思う。なんだかんだで啓吾は立派に医者をやっていて、おまけに龍や紗枝を見て憧れが強くならないわけがない。
「んじゃ、将来は踊り子に診てもらうかな。クールビューティーの女医から診察されるなんて最高だしな!」
「紗枝さんに診てもらえばいいじゃないですか」
「妹に診てもらって喜べると思うか……」
「兄さんは喜びそうですけど?」
「そりゃ篠塚姉妹はシスコン要素多すぎだろ……」
「まあ、姉さんと夢華ですからね……」
見ていて危なっかしい柳と、天真爛漫な夢華を前にしてシスコンでいるなという方が無理らしい。
その点、紫月は二人に比べればシスコン度が若干低い気がする。まあ、それでも翔に対してしっかり牽制しているが……
「とりあえず、あとはトレーニングジムとプールがあるがそこで二人は遊ぶか?」
「う〜ん、遊びたいんだけど……」
「遊ぼうという気になれないですね」
プール大好きな夢華が遊ぶと即答しないのは珍しい。純と離れている性なのか遊ぶ気力が薄れているようだ。
「そうか。だったらお嬢ちゃん、うるさい長男達がいない間にちょっと護身術と武器の扱い方覚えないか?」
「森さん、夢華に変なこと吹き込まないで下さい! 兄さんが後からうるさいんですから!」
特に無邪気に銃をぶっ放す夢華なんて啓吾にとっては悪夢に違いない。
しかし、夢華は決意したようにぎゅっと拳を握ると、ペコリと頭を下げた。
「森お兄ちゃん、戦い方教えてください!」
「夢華……」
「お姉ちゃん達を守りたいんだもん!」
そうやって懸命に訴えるような目をされるとどうしてもぐらついてしまう。
「ねぇ、お姉ちゃん良いでしょう?」
闇の女帝すら陥落させてしまった瞳に弱いのは、人なら仕方がないのかもしれない。それに夢華は紫月以上に芯が強いところがあるのだから……
「……分かりました。でしたら私が教えてあげます。森さん一人に任せてたらろくなことになりませんし」
「おいおい、これでも俺自衛隊だぞ?」
「森さん程度私なら一秒、秀さんなら刹那ですよ」
冷たく言い放つ言葉に嘘偽りがない分だけぞっとする。
「……ですが、手榴弾のちゃんとした使い方は私もわからないので教えていただけますか? あの爆風、うまくいけば利用できそうなので」
「ああ、任せとけ!」
後日、啓吾と再会したとき、彼がすっかり物騒なことを身につけた妹達に開いた口が塞がらなくなったことはいうまでもない……
そして沙南と柳は……
「う〜ん、人類の敵達はどこに行っちゃったのかなぁ?」
彼女らしいコメントに柳はくすくす笑う。とりあえず新聞沙汰になっていないということは、今のところ天宮兄弟達は平穏無事という事だ。
「紗枝さんも消息不明だから、菅原財閥や宮岡さんの繋がりでも探してくれてるみたいだけど……」
「まったく、出てくれば全部を巻き込んで大暴れするのに、出てこないとなったら私の事もお構いなしに篭っちゃうんだから!」
「それは兄さんも同じよ。大学の貸出禁止の本を読むために図書館の資料室に一週間閉じこもってたんだもの」
「それ龍さんもやってた! せっかくアメリカに尋ねて来たのにマンハッタンの夜景も見に連れていってくれなかったのよ!」
今頃くしゃみでもしているであろう医者達に二人はくすくす笑った。
「だけど、何で最近こんなに胸が苦しいのかしら。七年間離れていても平然と好きでいられたのに、たった二、三日で百年の恋でもしている気分よ」
「沙南ちゃん……」
「あっ、でも二百代前から恋してるならそろそろ龍さんも根負けしてくれるかしら?」
あくまでも明るく振る舞おうとする沙南が痛々しくなってくる。それでも沙南は、自分に頭を預けてくれるが泣かないのだ。
「う〜ん、再会したら勢いで好きって言ったらさすがの龍さんも気付いてくれるかしら?」
「ええ、さすがに気付くと思うわ」
寧ろ気付かなかったらどこまで鈍いのだと啓吾や紗枝辺りが猛烈な批判を浴びせてくれるだろう。
「よし、じゃあそうするわ! 本当は龍さんから好きって言われるのが夢だったんだけど、今の時代は女の子から動かなくちゃダメよね! あっ、でもおしとやかに言わなくちゃダメかしら?」
どうやって伝えるかで悩むあたりはやはり彼女は恋する乙女で……本当にうまくいけばいいなと柳はふんわり微笑む。
「ねぇ、柳ちゃん。やっぱり告白する場所も選んだ方がいいのかしら? すっごくドラマチックな場所って男性の人でもうけるのかしらね」
「ならば提供しよう、沙南姫」
「えっ?」
次の瞬間、沙南の口が押さえられたかと思うと腕を後ろに捻られて喉元に刃を突き付けられる!
「沙南ちゃん!」
「おっと、君も動かないでいてもらうよ、柳泉」
「くっ……!」
体が見えない力に押さえ付けられて身動き一つ出来ない。すると男は口元を吊り上げて沙南に告げる。
「さあ、沙南姫。二百代前から続く君の恋が今度は成就することを願うよ」
沙南を取り押さえている男。その男こそ龍が先日覚醒したとき、空を落としたにも関わらず取り逃した神だった……
はい、今回は少し遅い更新になって申し訳ありませんでしたm(__)m
なんだかんだで沢山の人に読んでもらってる小説らしく、嬉しい限りです☆
そして今回、ついに物語は動き出しました!
大変です、龍が天空王に覚醒して神を倒したわけではありませんでした!
しかも沙南ちゃんが取り押さえられちゃったよ!?
一体この先どんな展開になるのでしょうか!?
だけどまだ龍は産婆さんです(笑)
でも、きっと沙南ちゃんが掠われたとなれば久々に龍が本気でキレるぞ(笑)
果たして二人はどうなるのか、乞うご期待(おいおい、大丈夫か? そんなこと言って……)