第十九話:論戦
三日徹夜の天宮家長男坊は一体何度目になるのだろう、医院長と交渉中である。
「医院長、いい加減にオペを認めてください。今回の症例は一刻も早いオペが必要だと医院長だって分かっているはずだと思いますが?」
「何度交渉に来てもダメなものはダメだ。いくら君でもリスクが高過ぎる」
「ですがやらなければ患者はさらに苦しみます! 僕も篠塚先生もアメリカで何度か今回の症例のオペは経験しています。外科チームで何度も予行演習をして臨むというのに何が気に食わないんですか!」
その熱意に誠一郎は怯む。ただでさえも龍から漂う風格が前医院長の孫だけあると思わせるのに、今回は抑えてはいるのだろうがストレスも加わっている。
しかし、誠一郎は目の前にいる医者を宥める方法を知らなかった。
「龍、君も分かっていると思うがこの患者の生活力は低い。もし失敗すれば間違いなく裁判沙汰になるぞ!
訴訟なんて私は御免だ! 君は医院長の責任の重さが分からないからそんなことを言えるんだ!」
「その重さが背負えてこその医院長だ。祖父からこの病院を譲り受けたならそれぐらいの覚悟はあるはずだ」
即座に切り返してきた龍に誠一郎は反撃の言葉が出てこなかった。
患者の命を救うという絶対的な名目のために医者が後の不安ばかりを考えるな、そんな暇があるなら患者を生かす方法を模索しろ、という教えを説いたのが龍達の祖父だ。
そんな祖父の病院を受け継いだというのに、いつも後の不安と御託ばかりを並べる誠一郎に龍は腹立たしさを覚えてばかりだった。特に祖父の指導を受けていたにも関わらずにだ。
だが、いつも引き下がらない龍に誠一郎はとんでもない推測を語り始める。
「……龍、お前は失敗を望んでいるんじゃないのか?」
「何ですって?」
龍は眉を顰める。しかし、そんな龍の表情など気にも留めず、誠一郎は常日頃から思っていたことを勢い任せに全て龍にぶちまけた。
「そうだろう! お前はあえてこのオペに失敗して私を医院長の席から引き摺り下ろすつもりなんだ! 別に私が路頭に迷っても沙南はお前が嫁に貰えば問題ないと踏んでいるに違いない!
だがそうはさせんぞ! 沙南は郷田先生の御子息に気に入られて」
「おじさん!!」
龍は机をドンと叩いた! 怒りで爛々と輝く目と絶対的な空気、さらに本気で机そのものを粉砕してしまいそうな勢いに誠一郎はたじたじになる。
「なっ、なんだね、その目は……!!」
「失礼します、龍先生」
「啓吾……」
一枚の紙を持って啓吾は医院長室に入って来た。その存在に龍は少し冷静さを取り戻す。
「医院長、今回のオペは必ず成功させます。アメリカのシュバルツ博士から是非、俺達のオペに協力させてもらいたいと返事がもらえましてね」
「シュバルツ博士!? あのシュバルツ博士か!?」
啓吾は身を乗り出して尋ねてくる誠一郎に内心舌打ちする。医学界の権威の名前が出て来れば気持ちは分からないこともないが、彼の腕よりいかにも利益優先といった顔ははっきり言って気に食わない。
しかし、医院長と会話をするのが面倒だった啓吾はさっさと済ませようと、持ってきた一枚の紙を誠一郎に差し出した。
「全ては龍先生の論文のおかげですよ。龍先生は研修医時代からアメリカではスーパードクターと言われていたみたいで、その医者がオペをさせてもらえないと僕の師に一筆書いたらこの通りです。
どうされますか? アメリカとの繋がりを強化するかただの病院の医院長で政治家にぺこぺこと頭を下げるだけにしておくか……」
そこまで言えば充分だった。
医院長室を出た後、龍は少し恥ずかしそうに礼を述べた。
「すまないな、助かったよ」
「無茶はやめてくれよ。さっきのお前は医院長を地獄の底まで叩き落とす算段が出来上がってたぜ?」
それをちょっと見たい気もしたけどな、と啓吾は笑った。何だかんだ言いつつ、あの小物臭が漂う医院長が真っ青になってくれるのは面白い。
「だが、ドクター龍っていっただけでお前、シュバルツ師匠にすっごい喜ばれてたぞ?」
「ああ、覚えてるよ。何度かオペで助手として使ってもらえたことがある」
「そういや師匠、何度か若いのにいいサポートをする医者がいるとか言ってたな」
それが龍だったのか、と啓吾は納得する。ただ、龍にとってはかなり気力を消耗してオペが終わった日は泥のように眠り込んだ思い出になるのだが……
しかし、こうして助けてもらえたことに龍は深い感謝を覚える。
「じゃあ、シュバルツ博士に御礼をしないと」
「いや、俺が感謝してるとだけ伝えとくよ。何てったって俺の師匠で育ての親でもあるからな」
啓吾はニヤリと笑った。そう、啓吾にとってシュバルツ博士は医者としての師匠であり、プライベートでは義父に当たる。
確かに何となくシュバルツ博士と啓吾は似ているところがあるな、と数年前の記憶を辿る。面倒嫌いな性質はそこからか、とも思うが。
「じゃあ、博士は来日するのかい?」
「いや、師匠は来日しないが変わりに師匠の医療チームが数名来るよ。麻酔科医は超一流を寄越すってよ」
「だったら秀にも来るように言ってみるかな」
「何だ? 次男坊は麻酔科医志望か?」
意外なことを聞いたな、という表情を浮かべた。もちろん、あの性格から考えても的確な判断と臨機応変さを求められる仕事には向いてるのだろうが。
しかし、龍は弟が自分の倍以上過激な性格をしていることを知り尽くしているため、少し顔色を悪くして答えた。
「ああ、なんか昔から薬品とか危険物とかに興味を示していてな、人を切ることより大人しくさせる方が性に合ってるらしい」
「……あいつ、医者より薬局勤務目指すように説得した方がいいんじゃないか?」
「いくら俺の命令でも進路は自分で決める。あいつはそういう奴だよ」
確かにそんなタイプかもなぁ、と納得するしかなかったが、未来が少し肌寒くも感じた……
オペ交渉にどんだけ時間喰ってるんだ……
しかも一体なんのオペなんですか……とつっこまれそうですが、緒俐にそんな知識はないのでとにかく難しいやつと考えていただきましょう。
だけど、誠一郎をちょっと灰にしてやりたくも感じましたが、啓吾先生がさりげなく助けてくれた方がかっこいいかなぁと思いましたので話はそっち方面にしちゃいました。
それにしても秀さんは麻酔科医志望なんですねぇ(笑)