第百八十八話:医者の性
当初の目的を思い出した医者三人は、口々にぼやいていた。
「しまったな……、せっかくの学会を聞けないとは……」
「全くよ、公開オペ見たかったなぁ」
「それに論文の山も読み尽くしたかったし」
「別に論文は後から読めるんじゃないんですか?」
活字中毒者らしい啓吾のぼやきに秀はもっともな意見を述べると、啓吾はそれだけではないのだと答える。
「まぁな。だが、発表を聞きていろんな術式のイメージを持って論文を読み直すのとそうじゃないのとは違ってよ」
「そうそう。どれだけ立派な論文でも一番は現場で活かせなくちゃ意味がないからね」
「特に俺達は頭でどうこう論理をならべてオペするより、感覚で身につけてるタイプだからな」
教科書通りの症例だけなら論文読んで詰め込んどけばいいしと、この三人は全く同じような事をいう。さすがは現場優先の医者というところか。
「それに学会サボったなんてあの医院長が聞いたら、間違いなく病院乗っ取りに踏み切るんじゃないか?」
「あっ、確かにまずいかもね。ただでさえ自宅謹慎喰らっておまけに学会行ってるだけでも好き勝手やってそうなのに、その学会までサボったなんて聞いたら世間一般的には解雇ぐらいされるかも」
「紗枝さん、啓吾さん、その割には楽しそうですよね」
「お前の方がよっぽど楽しそうじゃねぇか」
「そりゃそうですよ。おじさんが兄さんを追い出そうなんていう馬鹿な行動をとったら、今まで温めてきた策を披露できるわけですし」
秀が浮かべる黒い笑みに桜姫はくすくす笑った。おそらく彼女も、主に対しての無礼をきっちり倍返しにしてくれるのだろう。
「まっ、だけど学会の前に柳達と合流しないとな」
「あら、学会と妹だったらやっぱり妹優先になっちゃうのね」
「当たり前だ。柳達が無事だから医者でいられるんだ。何より妹ほったらかしてまで医者でいられる気はしないな」
「さすがシスコン」
言い切ってるあたりこの医者は見事なシスコンである。
「だけど龍だってそうだろ? 沙南お嬢さんほったらかしてまで医者でいられるか?」
「……どうだろうな」
「あら、意外な答えね」
てっきり沙南を選ぶというものかと誰もが思っていたが、龍は言葉を濁す。
「うん、そりゃ学会なら沙南ちゃんを選ぶだろうけど、目の前に患者がいたら別だろうね」
自分の父や母が死ぬまで医者であり続けたように、きっと自分もそうなのだろうと思う。
「……次男坊」
「はい」
「お前なら柳と患者どっち取る?」
いつか立たされる問題を今のお前なりに答えてみろと問われる。だが、秀もその答えは決まっていた。
「……天宮家に生まれたんですから性なんでしょうね。僕も患者をとりますよ」
「そうか」
「まっ、どのみち柳さんも医者になるんですから、結婚すれば家でも仕事場でも会えますし」
「オイ! 何だその妄想は!」
「妄想じゃなくて近い未来ですよ、啓吾義兄さん!」
「ふざけんな! 誰がテメェに柳をやるか!」
「いい加減妹離れしたらいかがですか!? 紗枝さんがいるでしょう!」
「関係あるか! テメェは圧死させても柳はやらん!」
「その前に焼死させて奪いますから、地獄で妹の幸福でも願っていたらどうですか!」
少しまともな問答をするのかと思えば何故か喧嘩になる。相変わらずバチバチと火花を散らし、数分後には周りに迷惑をかけそうな二人に龍は深い溜息をついた。
その時、猛ダッシュで翔と純がかけてくる。
「あっ、あっ、兄貴〜!!」
「りゅ、龍兄さ〜ん!」
声に落ち着きがない。さらに頭の中が混乱してるのか二人は身振り手振りととにかく慌ただしい。
「どうしたんだ?」
二人とは対称的に相変わらず落ち着いてるのか、それとも気疲れしているのか龍は返答する。
「あっ、あっ、女の人……水!!」
「そ、それにっ!!」
「おい、落ち着いてちゃんと言え」
一体何なんだと問えば、二人は叫んだ!
「産まれる〜〜〜〜!!!」
「……って、出産か!?」
コクコクと頷く二人に龍は駆け出した。おそらく破水だろうと……
「本当、どんな星の元に生まれたらこう急患に出会えんのかなぁ」
「仕方ないわよ。あっ、秀ちゃん、悪いけどお湯沸かしといて」
「えっ? まさか……」
「龍の事だ、取り上げるに決まってる。多分、前期破水だろうから」
「随分と余裕ですね」
専門外じゃないのかと尋ねてくる秀に医者二人は微笑を浮かべた。
「そりゃな。切迫早産とか羊水の色が濁ってるならまずいが、三男坊が水っていうぐらいなんだろ?」
まだ驚きが醒めないのか翔はコクコクと頷く。
「まあ、この村にいた妊婦さんは一人だったし、あの状況から判断するなら臨月みたいだったから。
あっ、だけどもし私達がいないときにこんな状況に出会ったらすぐに病院に行きなさいね。前期破水の場合、感染症の危険性はあるから」
少年達はコクコク頷く。確かに衝撃はでかかったのだろうと啓吾は微笑を浮かべる。おそらく初めての経験だ。
「だけど兄さん産婦人科もかじってたんですか?」
「ええ、救命でも時々妊婦が運ばれてくるからね。だから私達全員が対処できるってわけ。まぁ、さすがに帝王切開になった場合はこの村の医療器具じゃ厳しいでしょうけど……
あっ、秀ちゃんもちゃんと産婦人科もかじっときなさいよ。いいお手本がいるんだし……!」
二人は肩を震わせて笑い始めた。
「何なんです?」
「ああ。龍の奴、昭和時代の産婆になれるぜ?」
「はっ?」
「そうね。産婦人科医っていうより産婆ね、あれは……!」
処置は完璧なんだけどと笑うが、何となく外科医としてのイメージが強い龍が産婆というのは想像しにくい。
「どうする、次男坊。出産に立ち会ってみるか?」
「……啓吾さん、兄さんのイメージ崩れますか?」
「ああ、そりゃいい具合にな」
「でしたら遠慮しときます。出産の準備だけしておきますよ。翔君達も手伝ってください」
秀がそう促すと弟達は後を付いていった。
「さて、出産は龍とお前に任せるわ」
「いいけど啓吾は?」
「ちょっと桜姫とデートしてくる」
「啓星様……」
桜姫は誤解されるような言い方をしない方がといいという表情を浮かべるが、紗枝は気にした様子もない。
「そっ。じゃあ、そっちは任せるわよ」
「なんだ、妬かねぇのか」
「もう浮気したくなったの?」
売り言葉に買い言葉である。しかし、互いの絆は以前より深まっているのは確かで……
「ほら、さっさと蹴散らしていらっしゃい」
「へいへい。いくぞ、桜姫」
「はい、啓星様」
二人はこちらを狙う者達へ向かっていくのだった。
はい、村での一時とのことですが……
やっぱり龍は医者です。
まさか出産に立ち会うとは……
しかも産婆になれるって……(笑)
ですが患者と家族、どちらを取るのかというのは悩んでしまうところ。
ただ、それだけ深刻な問答がなんでコントに……
ちなみに啓吾兄さんもシスコンですが、患者と家族なら多分患者というと思います。
秀が患者になった場合は怪しいですが……
そして話はいよいよ動き始めます。
啓吾兄さんと桜姫が戦ってくれそうですよ!