第百八十四話:森の騒動
森の中を進んでいた沙南達は深い溜息をついた。こんな場面に遭遇すれば、いつもなら翔があっさりと動いてくれるのだが、ただいま彼とは別行動である。
「はあ〜こういう時って天宮兄弟がいれば十秒で片付くんだろうなぁ」
「十秒もかかりませんよ。秀さんなら瞬殺です」
「よし、だったら手榴弾でも」
「囲まれてるんだからまだ手を出すな」
一行はこの地帯の無法者集団に囲まれていた。ライフルやサバイバルナイフ、そして猛犬がこちらを狙っている。
しかし、少なくとも日本最悪のテロリスト集団の一員に違いない彼女達は、怯える前に面倒だとか天宮兄弟がいなくて良かったとか思っているあたり尋常ではない。
「お前達、どこから来た!」
少し訛りの強い英語で尋ねられる。それに答えていいものなのかと森は土屋に問う。
「なぁ、俺達って密入国になってるのか?」
「いや、一応パスポートはあるから問題ない。ただ、日本から出国した記録がないから偽造バスポートじゃないかと怪しまれそうだけどな」
「そっか、んじゃ」
「答えんでいい。お前が答えると日本の恥になる」
相変わらずな指摘を森にして、彼は流暢な英語で囲んで来た暴漢の一人に告げた。
「とりあえずどいてくれないか? 俺達は先を急いでるんだ」
「地獄にか?」
暴漢達はドッと笑い声を上げる。どうやら彼等は自分達を地獄に落としたいようだ。
「有り金と食料、そして女は全員置いていけ。特にその女達は」
単語一つ出て来た瞬間、紫月は柳の、宮岡は夢華の耳を塞いだ。とても純粋な二人に聞かせられないような卑猥な言葉に聞いたものは渋い顔になる。
「えっ……? 何って言ったの?」
夢華はキョトンとした表情を浮かべる。どうやら聞こえなかったらしく、それに安堵して宮岡は夢華の頭を撫でてやる。
しかし、姉を守るためにその言葉を聞いた紫月は少々ダメージを受けたようだ。
「……紫月ちゃん、大丈夫か?」
「ええ……宮岡さんも夢華の耳塞いでくれてありがとうございます……」
「すまない紫月君、反応が遅れてしまって……」
「いえ、固まるのが普通ですから……」
土屋は紫月の耳を塞いでやれなかったことを謝罪する。さらに今はこの場にいない啓吾にも、妹達が万事安全とはいかないため少し申し訳ないことをしたなと思うのだった。
そして、そういった卑猥な言葉に他の面々より多少耐性のあった森は、訛りが強くて若干聞き取れないところはあったものの、大方の意味を理解している沙南に尋ねた。
「沙南姫様……御気分は?」
「最悪です……って、森さん英語分かるの!?」
学生時代、テストなんかクソくらえと散々沙南達の前で喚き散らしていた森だが、一応アメリカにいた時期もあるのである程度理解できるらしい。
「お姫様、これでも菅原財閥のお坊ちゃまなんだけどな」
「違うだろ。ただお前好みの会話だから瞬時に聞き取れただけだろ」
「んなわけあるか!! って、人間性を疑うような目で見んな!!」
だが、本当にそれが事実なら、間違いなく人間性を疑いたくなるのも無理はない。
そして紫月は気を取り直すと、テロリスト一行に指示を出した。
「姉さん、私が片付けますから姉さんは熱の結界を張っておいてください。森さん達は援護を、夢華は沙南さんを守ってください」
「分かったわ」
「すまないな、紫月君」
「いいえ、翔君の面倒見る方が大変ですからね」
そして紫月は風を纏った瞬間、取り囲んでいた暴漢や犬を一気に吹き飛ばした!
「うわあっ!!」
「何だあの女は!!」
そう驚き喚いている暴漢達の上を舞い、紫月は上空からかまいたちをはなって銃を真っ二つに切り裂く!
「なっ! 魔女だ!!」
「違う!! 化け物だ!!」
そう自分に向かって叫んでくる暴漢に紫月はムッとする。
「失礼な人達ですね、ならば魔女の風に切り刻まれてください」
「うわあ〜!!」
容赦なく上空から暴風をぶつけて暴漢や犬は木に衝突して気絶した。その見事な戦いっぷりに地上から森が絶賛する。
「さすが風の踊り子だ!」
「このっ!!」
「おっと!」
サバイバルナイフで切り掛かって来た暴漢の攻撃をよけ、森は腹部を蹴り飛ばした。
天宮兄弟ほどではないが、森も自衛隊に所属しているだけあって格闘技の一つぐらい心得ている。というより、自衛隊内でもかなり強い部類に入る。
「騎馬隊長を舐めんなよ?」
「森お兄ちゃんしゃがんで!!」
「うわぷっ!!」
「せいやっ!!」
夢華が放った水を浴びて怯んだところを森がまた暴漢を叩きのめした。今日は夢華の放った水を被らずに済み、森はニッと笑う。
「お嬢ちゃん、今日はナイスコンビだ!」
「森、言葉を改めろ。今のは夢華ちゃんがわざわざお前なんかを助けてくれたんだ。ちゃんと礼をしろ」
「そうだぞ、それにお前とセットにされた夢華ちゃんが可哀相過ぎる」
「てめぇら〜〜!!」
土屋と宮岡の相変わらず容赦ないツッコミが入る。それが出来るほどもう余裕だった。残りはリーダー格ただ一人だ。
「くたばれ、魔女が!」
紫月を狙ってリーダー格の暴漢は発砲するが、銃弾は風の力で軌道を変えて紫月に当たらなかった。
そして彼女は大きく足を振り上げる。
「いい加減に口を閉じなさい!!」
「がっ……!!」
見事な踵落しが暴漢に決まり、彼は泡を吹いて倒れるのだった。
「……今の踵落しは効いてそうだな」
「ああ、脳天に直撃したよな……」
非常に同情したくなるが、それでもまだいつもは彼女達を守る悪の権化達よりはマシだというところだろう。
特に冷徹非道の腹黒い参謀とか、有り得ないほどシスコンの中ボスとかがいなくて良かったに違いない。
「さてと、とりあえず車はいただこうか。運転手、仕事だぞ」
「……淳、お前人に対する扱いひどくねぇか?」
「十分優しいだろ。お前みたいな犯罪者を牢獄にぶち込んでないんだからな」
「お前だって犯罪者だろうが! 暴れるだけ暴れてるだろ!」
「心配するな、俺は正当防衛として処理するから」
「車も拝借してるだろうが!」
「ばれなければいい。むしろこの程度揉み消す」
「どんだけ歪んでんだ!」
それに女性陣は苦笑した。天宮兄弟がいなくとも、どうやらそう簡単にこの一行は潰れそうにはないようだ。
「ほら、さすがにお姫様達に野宿させたとなったら悪の総大将に怒られる。さっさと運転しろ、馬鹿隊長」
「良、テメェもか!!」
実に賑やかに車は発進した。
天宮兄弟と離れている沙南ちゃん達。
早速変な奴らに絡まれてもあっさり撃退。
紫月ちゃんが戦力の要となってるだけでも、充分この程度は撃退できますからね。
というより、いつも一緒に行動している腹黒とかシスコンとか、悪の総大将が酷すぎるだけ……
はい、こんな感じなので特に心配なく元気に過ごしてくれそうですね、この一行。
次回はまた視点を龍達に戻していきますよ。
彼等の間でもいろいろ話さなくちゃいけないことはありますからね。