第百八十三話:桜姫と名付けられた日 <第五章開幕>
ここから第五章開幕となります。
どうぞお楽しみください。
場所は神宮。東天空太子が天空王へとなる儀式が執り行われていた。
そこはかつて様々な民族の王達がこの神聖なる場所で力を解放し、王へと覚醒して奉じられたが、この儀式で天界史上もっとも力を秘めていた東天空太子の力の解放が、一人の従者を誕生させる事態へと発展したのだった……
「我が主、私に名を」
ボロボロになりながらも、天空王が暴走した力の一部をその身に宿した女は主の前に膝をつく。
それを非常に悲しそうな顔をして天空王は見つめる。今、彼女の身に宿らせてしまったのは自分の負の力の一部。
それも彼女が望んだことではないだろうに、それはすでに彼女の身に入り込んでしまって解放すれば何が起こるか分からない。下手をすれば彼女の身すら滅ぼしてしまうかもしれないのだ。
しかし、それでも彼女は自分を主として仕えると膝を折る。
「天空王様、天を従える王がそんな悲しい顔をなさらないで下さい」
「しかし……」
「従者として天空王様に仕えることが出来るならそれ以上の幸せはございません」
彼女は穏やかな笑みを向けた。そして頭を下げて凛とした声で告げる。
「お願いします、我が主。私に名を与えて下さい」
そう告げる女に、天空王は彼女の名を告げた。
「……桜姫、お前は今日から桜姫と名乗れ」
「はい、我が主……」
ジープを走らせること約一時間、翔に抱えられていた純は寝息をたて始めた。それに気付いた紗枝はふわりと笑う。
「純ちゃん寝ちゃったわね……」
「本当、最近よく寝るよな。飛行機の中でも寝てたのによ」
「仕方ないわよ。力を沢山使ったのでしょう?」
そんな穏やかな会話がなされ、桜姫は柔らかな笑みを浮かべる。二百代前の記憶がほぼ完全に戻っていた彼女は、北天空太子もこのような可愛らしい寝顔をしていたなと思う。
「それで桜姫、その天空王になるための覚醒の儀式でお前が暴走した力をその身に取り込んだと……」
「はい、そして私は天空王様に名付けられ従者となりました」
龍はやはり二百代前と同じようにどこかやり切れないような表情を浮かべたが、桜姫は自分が望んだことだと告げる。
しかし、未だに桜姫を信じ切れない秀は鋭く彼女に問う。
「ですが何故あなたがその場にいたんです? それに天空王の力を取り込んだ理由も聞きたいところですね」
「おい、秀」
「すみません、兄さん。ですが彼女は今まで敵だったんです。それに兄さんの負の力を取り込んでいることによって、こちらに何かあってはたまりませんからね」
それはもっともな意見だ。GODに身を置いていた彼女をたやすく信用出来るほど秀は甘い考えを持っていないだろう。
しかし、比較的秀と近い考えの持ち主はあっけらかんとして答えた。
「あんまそんな心配しなくていいと思うが」
「啓吾さんは美人に弱いので信用できません」
「ああ、その辺は心配するな。俺はいま紗枝に惚れてるから」
「えっ!?」
弟達は声を上げる。いきなり落ちた爆弾に翔は紗枝に詰め寄った。
「紗枝ちゃん、啓吾さんと付き合ってるの!?」
「翔ちゃん、純ちゃんが起きちゃうわよ」
そう窘められて「いけねっ!」と翔は純を抱き直した。そして秀も続ける。
「翔君、そうとは限りませんよ。紗枝さん、どうせ啓吾さんのくだらない虚言かただの一方通行ですよね?」
「残念だが次男坊、紗枝は完全に俺の女。まっ、身の方はさっきやり損ねたから今夜にでも……」
「ふざけんな馬鹿啓吾!!」
「だから本気だって言ってんだろ。数時間前までピーピー泣いてた時みたいにもう少し素直になりゃいいのによ」
「泣いてないわよ! あ〜もう、秀ちゃん、後からこいつ燃やしといて!」
「ええ、喜んで」
「んだと次男坊!」
「運転の邪魔するんじゃないわよっ! 馬鹿啓吾!」
なんでこういつもまともに話が進まないのかと龍は頭を抱える。しかし、付き合っていては拉致があかないので、龍は桜姫に続きを促した。
「……桜姫、気にせず続けてくれ」
「は、はい……」
とりあえず主の命だからと桜姫は続ける。
「そして、私が天空王様の覚醒の儀式にいたのは、その儀式に出席されていた女神の一女官だったからです。
儀式には天界の重々たる顔触れが揃いますので、当然付き従うものも多くなるのは自然なことですが、天空王様の時は特にその数が多かったのです。ですが……」
桜姫は俯いた。それだけの数に上ったということは、自分が力を暴走させたことによってかなりの被害が出たことなどたやすく想像できる。
「天空王様の御力は主上を上回ろうとして……、それによって太陽の姫君、沙南姫様が天空王様の力を沈めようと飛び出されるのを私が止めたのです。
何故そんな出過ぎた行動をとってしまったのか、自分でもよく分かりませんが……」
本当に無意識だった。ただ、天空王が沙南姫を傷つけたくないという声を聞いた気はしたが……
「そして君が俺の力を得たと……」
「はい……」
桜姫は俯く。何もなかった自分が沙南を止めて暴走する力の中に入り込んだのは、当時の彼女の身分では差し出がましい以外に表現する言葉はないのだろう。
「ですが、天空王様に惹かれたのは確かです。ただ、主を守らなければならないと、そう思って……」
だから飛び込んだ、例え命を落とすことになっても暴走する力に苦しむ主を助けたいと願ったのだ。
桜姫がそこまで話すと、龍は低い声で告げる。
「桜姫」
「はい……」
「君の言葉を信じる」
「兄さん!」
たったそれだけの話で敵を信じてしまうのかと秀は声を上げるが、龍は至って平静に答える。
「秀、彼女は俺の従者だった。それは天空王に覚醒した時、確かに感じたんだ。だから心配するな」
「しかし……」
「それに桜姫、二百代前の南天空太子殿と柳泉の関係はどうだったんだ?」
「……柳泉様は秀太子様といらっしゃる時、本当に幸せそうに笑っておられましたよ」
「だそうだ。敵ならお前達を離すような事を言うさ。
桜姫、秀に二百代前のことを話すだけ話してやってくれ。そして明日までに秀の警戒心を解くこと、これが命令だ」
「はい、天空王様」
本当に二百代前も現代もこの懐のでかさは変わらないなと微笑を浮かべる。
「それと俺はこの現代では天宮龍だ。俺のことは龍と呼ぶように」
「はい、我が主」
「いや、だからその主というのは……」
了承されて主と呼ばれるのは微妙な心境である。それに桜姫の事だ、そのまま主と呼び続ける気がする。
「ですが……沙南姫様がいらっしゃらない今、主の名を呼ぶわけには……」
「だからなんでそこに沙南ちゃんが……」
「それは……私もお二人の仲を邪魔する勇気はございませんでしたし……、何より」
「桜姫、ちょっと待て。なんかそれ言ったら色々とまずい気がする」
桜姫が言おうとした内容に啓吾がストップをかける。紗枝も何か引っ掛かったようで眉を顰めた。
しかし、一番の違和感を覚えたのが秀である。
「……兄さん、僕も何だかいま一瞬桜姫が味方だった気がしましたよ。それも何だかすっごく重大な事を思い出しかけたような気も……」
まさかその翌日、秀がすっかり桜姫と二百代前のように打ち解けてしまうとは誰も想像していなかったのである……
はい、第五章の始まりは桜姫が天空王の従者となった儀式からです。
天空王が王となるために解放した力が暴走し、
それを止めようと桜姫が命懸けで天空王の負の力の一部をその身に宿したことにより、
彼女は従者となったといういきさつであります。
もちろん、この話が関わってくる章ではありますが……
そして秀達が合流した途端、龍の気苦労度はやはりアップした模様。
桜姫はどちらかといえば常識人ですが、彼女、二百代前は秀や啓吾、それに紗枝とも非常に強い結束力があったみたいです。
さあ、龍はこの章で一体どうなるのかな??