第百七十七話:テロリスト、アメリカへ行く
テロリスト一行は地下街から抜けた後、自衛隊基地に辿りついた。そして首相の権限で、一行の前にはVIP専用機が用意されているのである。
「ひゃ〜、これが最新の最速ジェットか! いいもん持ってんじゃねぇか、首相!」
「はい、さようで……」
バンバンと上機嫌で背中を叩く森に、もうどうにでもしてくれというかのように、楢原は土屋の持ってた手錠をはめられてテロリスト一行の見事な人質になっていた。
それからパソコンをいじっていた宮岡は、首相という効果を使うだけ使ってようやく一仕事を終えた。
「秀君、各国から攻撃されないようアメリカまでの空路は確かに確保できたみたいだ」
「お疲れ様でした」
「ん? 普通首相ってだけでそんなこと出来んのか?」
翔の疑問は最もだ。多くの国の領空を不審な飛行機が飛ぶ許可などそう簡単に下りるはずがない。
「その辺りは首相だけではなく闇の女帝の力も借りてますよ。純君と夢華ちゃんのためだと言ったらそれはもう、鬼気迫る早さで空路を確保してくれましたからね」
「ははっ……やっぱスゲェんだ、闇の女帝……」
翔は末っ子組のためならと、おそらく有り得ない程の裏取引や脅迫があったのであろう、そういった類のことを想像して渇いた笑いを浮かべた。
「ですが念には念を入れておきましょう。楢原首相、あなたにも同行していただきますよ」
「なっ!」
「当然でしょう? 僕達はあなたを助けようと追ってくる相手から攻撃は受けたくないんですよ。税金の無駄遣いに違いないでしょう?」
傍にいたものはそこまで言うかと同情を覚えてしまう。
「まっ、僕も鬼ではないですからね。自由の国に着いたら邪魔なんで解放してあげますから」
ニッコリ笑って告げる秀に、翔は隣に立っていた紫月に尋ねたくなった。
「紫月、人ってあそこまで歪めるのかな?」
「いえ、歪んでるんじゃなくてむしろ芯が真っすぐ過ぎるんじゃないですか? 沙南さんのことといい、姉さんのことといい、秀さんを怒らす要素なんて上げたらきりないですよ。
私から言わせれば、よく秀さんが消し炭にしていないなと思うぐらいに」
「……しばらく兄貴の機嫌は損ねないようにする」
「ええ、懸命な判断だと思います」
高校生組は綺麗過ぎる黒い笑みを浮かべている秀に、これ以上の刺激だけは絶対に与えないようにしようと心から思うのだった。
そして機内を一通り見た森は座席に腰を下ろして唸る。
「う〜ん、どっちがいいかなぁ」
「何がだ?」
「操縦するか寛ぐかで迷ってるんだよ」
「寛いどけ」
「なんで?」
「折角パイロットと副操縦士まで用意してくれてるのに、墜落を選ぶほど俺は人生を諦めるつもりはない」
「淳、俺は一応この程度ぐらい」
「最速ジェットだから危険なんだ。お前のことだ、すぐに調子に乗るだろう?」
土屋の言うことは否定できない。ならば仕方ないかと、森は積み込まれた食糧の段ボールから水とツマミを取り出した。
ちなみにこれも闇の女帝が用意してくれたものらしく、末っ子組の好きなものが半数を占めている差し入れであった。
そしてその末っ子組はといえば眠りに落ちており、一体どんな夢を見ているのかとその表情は本当に可愛らしい。
それから翔と紫月も機内に入ってくると、少し困ったと言うように宮岡に尋ねた。
「宮岡の兄ちゃん、首相どこにおいとく?」
「どこにって……」
「一応人質だからさ、別部屋にして変なことされても困るし、かといって秀兄貴と何時間も同じ空間に置いとくのもなぁ……」
「……うまく交わす方法はあるが、いや、むしろそうするしかないか……」
宮岡の視線の先にはすっかり疲れて眠っている沙南の隣でホッとしている柳の姿。
珍しく涙を流していた親友が落ち着いてくれたことに安堵を覚えたのだろう。
「……姉さんを生贄にしようと」
「紫月ちゃん、今の南天空太子殿をアメリカに着くまでの間に平常に戻せるのは柳ちゃんしかいない」
「だよな、沙南ちゃん起こすわけにはいかないし……」
「それに秀君も少しぐらい休ませないとな」
「……そういや、龍の役目やってたんだよな」
「ああ。啓吾君の補佐もなくね」
それを聞いて少し静かになったところに、首相を連れて秀が機内に乗り込んで来た。
「さっ、これで出発できますね」
「ああ。ほら首相、テメェは俺の隣に座れ」
「なっ!」
「窓際なんだ。いい景色が見えて良かったじゃねぇか」
ニッコリ森が笑うと首相はもはや反応する気力すら無くした。
「秀君、首相は俺達が管理しておくから君は後ろの部屋のベッドで休んでおいで」
「えっ、それなら末っ子組か沙南ちゃんに提供して」
「いいから兄貴が休んでこいよ。向こうについたら龍兄貴と啓吾さんから説教されるんだろ? さすがにそれには同情しちまうし」
「それは翔君も同じでしょう? 全部バレたら兄さん、間違いなく翔君の脳内までオペしようとするはずですね」
ニヤリと笑う秀に心辺りの多すぎる翔はぐうの音も出なくなるほど沈む。
「まっ、皆の心遣いだけいただいておきますよ。向こうについたらついたで、あの神という男を……」
ふわりと秀の後ろから柔らかい空気が包み込む。その香は自分が一番心が癒されるもの。
「柳さん……」
「お願いですから、少し休んでください」
「……ですが」
「お願いします、秀さん」
そうとでも言わなければきっとこの青年は休んでくれそうにない。今日一日で彼がどれだけ力を使い、そして自分達を守るためにいつも以上に気を張っていたのは確かだ。
それに気付いたからこそ、秀には休めるときに休んでほしいと思った。
「秀さん、GODの件は私と宮岡さんで調べておきますから」
「そうそう。それに情報を持ってそうなのがここにいるし」
全く問題ないと紫月と宮岡は笑う。
「沙南ちゃんと末っ子組なら俺と森兄ちゃん達で守れるからさ、安心して寝てこいよ」
「ですが」
「おい、秀! 全部言わせんじゃねぇよ! 柳嬢がお前と寝たいって言ってんだからさっさと寝てこい!」
「えっ!?」
その瞬間、秀は柳を軽々と横抱きにした。
「えっ!? ちょっと秀さん!?」
「さっ、時間はたっぷりありますからね。皆の好意は有り難く受けましょうか」
「いえ、だったら私も睡眠の邪魔に!」
「なる訳無いでしょう? 寧ろ僕を癒してくれるのは君なんですからね、どうせなら気分晴れやかに自由の国へ行きたいですから」
そう言って笑う顔はすでに気分が相当良くなっているようだ、今なら何を言っても許してくれるに違いない。
「では、着くまで僕達は起こさなくていいですから」
寧ろ邪魔したら殺すという裏の感情を誰もが読み取ると、秀は隣の部屋の扉をバタンと閉めた。
「……すみません、姉さん」
「紫月ちゃん、世界平和のためには仕方なかったんだよ……」
「聖なる生贄って柳姉ちゃんのためにある言葉だよな……」
「違いねぇ。だが、こっちは秀の分まで仕事しねぇとなあ」
ニヤリと起きているテロリスト達は首相に笑いかける。
「じゃあ、俺が事情徴収するから。とりあえず首相、カツ丼でもいかがです?」
一行はアメリカへと飛び立った……
ついに日本組もアメリカへ!
首相を人質にするとは……
しかも秀の言葉が本当に悪魔だ……
敵に同情をもたせるなんて……
だけどそんな秀も龍の変わりを努めてましたからね。
土屋さん達はちゃんと大変だったと気付いてくれたみたいです。
当然、柳ちゃんもそれには気付いてたようで休んでほしいと言うわけですが……
果たして聖なる生贄になった柳ちゃんは一体どうなってしまうのか……
いや、そりゃ秀だからねぇ……
次回は気になるアメリカ組の話の続きです。