第百七十六話:お前が好きだ
紗枝の元に辿りついてすぐに彼女に群がっていた神官達を叩きのめした。しかし、啓星が目にした自然界の女神はその力を完全に無くしており、定まらない焦点で彼の名を呼ぶ。
「……啓、星?」
弱々しい声に、啓星は初めて見せたのではないかというぐらいひどく悲しそうな表情を浮かべて彼女に手を伸ばす。
「紗枝……」
「いやっ!!」
紗枝はガタガタと震え始めた。今は誰にも触れてほしくなどない。痣だらけの体と乱れた着衣で彼女がどんな目にあったのかなんて聞かなくても分かる。
そして零れ落ちてくる涙と一緒に、彼女は目の前に立つ悪友に告げた。
「……どうして、もっと早く……来てくれなかったの? 何度も……何度も啓星を呼んだのにっ……!!」
堰を切って溢れ出す思いと涙。啓星はそんな彼女をきつく抱きしめた。
そして気付かされる互いの思いは後悔にしかならず、苦しくて堪らなくなる。
「もっと、もっと早く伝えてくれたら……! こんな辛い事だって平然としていられたのに……!!」
真っ白な世界で真っ赤な血を流して啓吾が倒れている。彼の腹部を刺したのは間違いなく自分。
そしてそれを微笑を浮かべて三國は紗枝の背後に立って見ていた。
「致命傷だな」
「あっ……!」
言われた瞬間紗枝は意識を取り戻す。しかし、体は動かず呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
「二百代前、君の力がなくなる前に助けに来られなかった啓星に復讐出来て良かったじゃないか」
くくっと笑いながら三國は足元に転がる啓吾を見下ろせば、脂汗を滲ませて啓吾は痛みに耐えていた。
「だが、まだ僅かに意識はあるか」
「あっ……!」
三國は紗枝の頬に触れて指で彼女の顎を固定した。
「自然界の女神を二度も守れないとはな」
「啓……吾……」
三國が紗枝に口付けようとした瞬間、啓吾は重力で紗枝を引き寄せ三國から奪い返す!
「啓吾……!!」
「はあ……はあ……!!」
腹部を手で押さえて圧迫してるものの、流れてくる血を止めることは出来ない。そんなボロボロの状態で動く啓吾を三國は鼻で笑う。
「驚いたな、まだ動けるのか」
「……こいつに……触んな……!!」
そう言葉を絞り出し、力を解放した青い目で三國を睨み付けると肩に紗枝を担いで来た道を戻り始める。とても戦える状況ではなく、一刻も早くここから逃げるべきだと判断したからだ。
「啓吾……!」
「黙ってろ!」
自分達を追ってくる必要もないと判断したのだろう、後ろから足音は聞こえない。しかし、そうしないのはあの男が医者という職業を選んでるが故だ。
啓吾は自分が侵入するために蹴り破った窓から飛び降りて着地すると、さらに腹部から血が吹き出した。
「くっ……!!」
激痛と熱が啓吾を襲うが、少しでも紗枝を安全な場所に連れていこうと重力を使えるだけ使って森の奥へと走るのだった。
しかし、限界はやってくる。少し木が少なくなった場所で啓吾は紗枝を下ろして座り混む。
「はあ、はあ……!!」
「啓吾……!!」
「ったく……!! 痛ぇんだよ……!」
傍の木に背を預けて啓吾は抗議した。紗枝は上着を脱いで腹部を直接圧迫するが、それはすぐに真っ赤に染まる。
「お前、治ったら覚えてろよ……! だが……」
「啓吾!!」
座る力も無くして啓吾は崩れた。
「さすがに……まずいか……」
無理矢理動いたからだろう、血はさらに流れてくる。紗枝は何とか血を止めようと止血するが、もう間に合わないことは二人とも分かっていた。
「啓吾!! しっかりして!!」
泣き叫ぶ紗枝の顔を見てぼんやりと啓吾は思う。こんな顔をさせたくないなんて妹達だけだったのに、と……
泣くなと言いたいが、それ以上に伝えなければならないことを啓吾はクリアになっていく意識の中で考えていた。
そして一つ息を吐いてゆっくり話始める。
「紗枝……俺が死んでも、自分の性とか思うな」
「馬鹿言わないでよ!」
「いいから、聞け……」
もう最期だろうからと啓吾は真相を語り始める。
「……死の間際だからゆっとく。GODが関わってきたのは俺の責任だ。俺がお前と深く関わったから、あいつらはお前を狙ってきたんだ……
本当にすまなかった、危険な目に遭わせて……」
「啓吾の性じゃないわよ! 何でそんなこと!」
「……天空記だけじゃねぇんだ。現代で俺はGODの総主を殺した」
「えっ……?」
一体どういうことなのだと紗枝は思考が止まる。
「十年前、柳達と師匠を守るために殺したんだ……」
じわりとまた血が溢れてくる。もう、本当に時間はない。
「紗枝、俺が日本に来たのは……龍やお前を利用しようと思ってたからだ。GODに捕われていた頃、お前達が危険視されていて……その力を利用すれば本気で自由になれると思った。
だが、そんなの認められるわけがないんだよな。今まで妹達を守れたらそれだけで良かったのに……」
そうだ、あの時はそう思っていたのに……
「龍やお前が守りたいものになっちまった……」
あの初めて出会ったとき、龍にはすぐに惹かれた。この男を支えなければならないと本能がそう告げた。
そして紗枝と親しくなるにつれて守りたいと、守ることが当然なんだと思うようになっていた。
こんな後悔をするのだったら、ずっと一人で戦い続けていればよかったと今になって思うが、最期を見取ってくれる者が紗枝で良かったと思う自分がいる。
「伝えといてくれ。師匠にありがとうと……」
「啓吾! 何言って!!」
「夢華は泣くかな……柳と紫月は怒るよな……でも、次男坊達がいるからな……」
ずっと守って来た存在を託せる者達の顔が流れてくる。あいつらになら任せられるとそう素直に思う。
「龍には……前に進めって……」
誰よりも強く自分すら受け止めようとしてくれた存在。きっと二百代前の自分もあの大きさに惹かれたのだろう。
だからこそ、初めて他人の力になりたいと思えたのだ。
そして、ぼやけてくる視界に映る女の顔。血塗られた手で彼女の頬に触れる。
二百代前に伝えられなかった思いと変わらないことを、いま自分のために泣いてくれる女に伝えたいと本気で思ったから……
「紗枝……篠塚啓吾として言っとく。何もなければそのうち本気でお前に言ってた……」
「何を……?」
すまないと心の中で啓吾は告げると、その言葉を口にした。
「……お前が好きだ。一人の女として……」
「あっ……!」
言われて気付いた。悪友だと互いに思っていた。恋愛対象には絶対ならないと、してはいけないと思っていた。
だが、互いに分かっていたのだ。触れるか触れないか、その関係でいたのは互いを無意識に思っていたことを……
「啓吾……私……!!」
伝える前にすっと指が唇を押さえる。そして啓吾はいつものように笑った。
「……幸せになれよ? また生き返ったら、今度は本気で抱く、から……な……」
バサリと力をなくした手が地面に落ちた。そして、呼吸が止まる……
「啓吾……? 啓吾〜〜!!!」
紗枝は叫ぶが全く啓吾は反応しない。もう、心臓が動いていない……!
「……何よ!! 二百代前と同じじゃない!! 私はまた……!! 自分の気持ちに気付けなかった……!!」
とめどなく涙が溢れてくる。そして……
「篠塚啓吾は死んだか」
「……三國」
「二百代前と同じようにまた魂はすれ違った」
「……黙りなさい」
木々がざわめき始める。草花が紗枝に反応するかのように成長を始める。鳥の声が森の中でやけにこだます。
「……覚醒するか、自然界の女神。だが、その力は我々神族が利用させてもらう!!」
三國は紗枝を神通力で屈服させようとしたが、それは紗枝の前で掻き消された!
「なっ……!!」
驚いたのもつかの間、紗枝はふわりと浮き上がりその身は緑の光に包まれる!
そして……二百代の時を経て自然界の女神は降臨した……
うぎゃあ〜!!
啓吾兄さんが〜!!
ええ〜〜!! この話こんなに重かったか!?
はい、少し落ち着きまして……
今回啓吾兄さんから語られた真相。
啓吾兄さんは十年前にGODの総主を殺したらしいです。
ですからかなり辛い過去を持っていて、
日本に来たのも妹達を守るために龍達の力を利用しようという魂胆だったのですが……
まあ、これまでのお話の通り、二人の存在が大切になってしまったとのこと。
紗枝さんを今まで口説かなかったのもその辺りが関係していますが……
でも、最期に好きだというくらい大切な存在になってたんですね……
告白の仕方がちょっとかっこ良すぎるぞ、啓吾兄さん!
だけど紗枝さんが覚醒しちゃって……!!
一体どうなるんだ!?