第百七十話:神
人間オークション会場には次々と客達が集まり始める。マフィアはもちろん、世界中の財界やら政界の著名人などとにかく金持ちが集まるだけ集まって来た。
それをステージの裏から見ていたテロリスト一行はそれぞれの感想を述べ、このオークションの主催者はさぞ儲かるだろうなと思う。
どうせなら全員叩きのめしてテロ行為の活動資金にしてやろうかと森が言えば、面白そうだねと末っ子組が無邪気に答える。
しかし残念なことに、今日その思考を止める悪の総大将はいない。
「柳ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。いざとなったら力を使うし、それに秀さんのこと信じてるもの」
心配そうに告げる沙南に柳は穏やかな表情をして答えた。沙南の着ていた服と交換して、柳は姫といっても過言でないほど美しかった。
二百代前に柳泉が多くの者から狙われていたという理由がよく分かるが、沙南は彼女にこんな顔をさせる張本人に文句を付けたくなる。
「……やっぱり秀さんズルイ!」
「えっ?」
「いつも柳ちゃんに可愛い顔させるんだもん! 親友の特権行使して柳ちゃんを掠っちゃおうかしら」
「おや、いくら沙南ちゃんでもそれは困りますね」
ニッコリ笑って秀もその会話に加わると、沙南は好戦的な笑みを浮かべて柳にギュッと抱き着いた。
「あら、いいじゃない。最近秀さんが柳ちゃんを私から奪おうとするんだもん! 私だって柳ちゃんに癒されたいんだから」
「沙南ちゃん……!」
自分を思ってくれる沙南に柳は少し頬を朱く染めるが、今日は秀も簡単に譲る気はないようだ。
「ええ、女の子の友情に口出しはしませんが、今日はいつもに増して柳さんを独占したい気分なんですよ。
いくら主の命令でもそう簡単には譲りませんからね」
そう告げられてふわりと頭を抱え込まれてしまうと、柳はわたわたと慌て始める。
それを見ていた高校生組は今日は本当に柳は秀から逃げられそうにないなと思った。
「柳姉ちゃんって大変だよなぁ……」
「そうですよね、これに兄さんまで加わったら今頃地下街が消滅してるんじゃないんですか?」
「ああ、だよな〜」
いなくて良かったなと再度思う。闇の女帝から良い待遇を受けた性からなのか、地下街そのものを破壊するのは申し訳ないなと思うのだ。
そして沙南と柳を奪い合っていた秀は、そろそろ時間だと少し惜しいなと思いながらも、柳達に絶対この部屋には入らないようにと縄で縛って拘束しておいた司会者の元へ行きそれは黒い表情を浮かべた。
「さて、それでは司会者殿、いつものようにお仕事して下さって構いませんからね? ただし、少しでも妙な真似をしたら命を落とす程度で済むなんて思わないで下さい?」
「あ、あ…分かった……!」
「いい返事ですね、僕に従順な悪人は嫌いではないですよ?」
ニッコリ笑って彼は司会者に仮面を付けてやる。司会者が逃げ出さないように見張っていた土屋と宮岡は、少し青くなりながら会話する。
「……あれ、どう思う」
「気の毒ってレベルにしておけばいいんじゃないか?」
「そうだな。秀君の場合通常レベルの脅迫が世間一般で言う精神崩壊だからな……」
それから司会者を解放すると、彼はほぼやけを起こしながらステージの中央に行き高らかに叫んだ。ステージの影から秀がニッコリ笑って銃を向けているのに心の中で泣いてはいるが……
「レディース&ジェントルマン! ようこそ人間オークション会場へ! 今回はかつてないほどの超目玉商品が入りました!」
彼はあくまでもプロとしての仕事を熟しているが、それにケチを付けるのも秀である。
「……なんかすっごくいらつきますね」
「兄貴、俺に宥めさせるなよ……」
「分かってますよ。ただ、あの豪華な顔触れの中に楢原がいないのは気に食わないですけどね」
「えっ? もう確認したのか!?」
「ええ。楢原のような小物なんか見つけやすいもんですよ。オーラが違うでしょ」
「まあ、あんなオッサンいたら浮そうだよなぁ」
それには翔も納得する。日本の中年親父なんてこの豪華な顔触れならすぐに分かりそうだ。
「では早速参りましょう! エントリーナンバー1、喉から手が出るほど欲しくなる女、その名は柳泉!」
会場がざわつく。柳は辺りに小さな火球を飛ばしながら登場した。ステージの脇から沙南が心配そうな表情を浮かべているが、視線で大丈夫だと答える。
司会者がさらに柳のことをペラペラと説明したあと、オークションはスタートした!
「お代は三千万からスタートだ!」
「三千万!?」
「柳さんにその程度の端金で高い何て言ったら今すぐ殺しますよ、翔君」
さらりと告げる秀に翔は口を押さえた。
「五千万!」
「七千万!」
「いや、一億だ!」
どんどん金額は釣り上がっていきすぐに億の声が上がった。
「おお〜やっぱり柳嬢はすげぇな」
「そりゃそうだ。分かってるんだろう、天空記の価値を知る者から見れば柳君が間違いなく本物だって事ぐらいね」
「三億!」
そう名乗りを上げたマフィアにテロリスト一行は臨戦体勢に入る。
「さあ、三億が出た! これ以上はいないか!」
司会者が高らかに叫ぶと会場内はどうするかと相談する声に溢れる。
「さあ、どっちだ。沙南ちゃんを手に入れるために他の奴らが金を残してるのか、それともあのマフィアがGODに近いのか……!」
「十億」
静かに告げられた声に会場の時は止まった。そう名乗りを上げた青年はすっと立ち上がる。
「柳泉は十億で頂くよ」
パチンと青年は指を鳴らすと会場に一万円札が降り出し、観客達は意識を失っていく。しかし、その一瞬に秀は動く。
「柳さん!」
それは一瞬の差。青年が柳を捕らえようとする前に秀が彼女を掴んで引き寄せた。
「おや、これは南天空太子殿。従者を売るなんてもう飽きたのかと思ったんだか」
「残念ですがそんな勿体ないこと出来ませんよ。それに彼女をたかが金銭で奪えると思ったら大間違いです。
それよりあなたは何者です? 人間ではありませんね?」
「それはひどい言い掛かりだといいたいがその通りだ。私は神だからね」
ピクリと秀は眉を吊り上げる。しかし、今見せた力や動きを見る限り、それ相応の力は疑うわけにはいかない。
「それより、柳泉と沙南姫は頂きたいな。神としては気に入った女ぐらいは傍に置いておきたくてね」
「させるはずがないだろ!」
翔が殴り掛かると神はそれをひらりとよける。
「西天空太子か。君の従者もあと数年もすれば私に仕えて」
「まっぴらごめんですよ!」
続いて紫月も風の力を纏って蹴り、神を吹き飛ばす。
「ただでさえ翔君の面倒見るだけでも大変なのに」
「紫月……」
どうしてそういうのかなと翔は紫月に目で抗議した。
「なるほど、西天空太子には勿体ないくらい有能な従者だから仕えてもらっても良かったんだけどね。
さて、さすがに天空太子達と従者を一人で相手にするのは大変そうだからあとは楢原に任せようか。私はアメリカで天空王の覚醒を見たくなったしね」
「行かすと思ってるんですか!?」
秀は神に向けて火球を直撃させるが、それを受けても火傷の一つすら負ってはいなかった。
「危ないな、私が神じゃなかったら死んでたかもな」
「油断すんな!」
畳み掛けるように翔も風の力を身に纏って神に躍りかかるが、
「やれやれ……」
神はそう呟くと、目が光った瞬間、翔でも耐え切れないほどの衝撃が彼を襲った!
「……!! うわあっ!!」
「翔君!!」
「翔兄さん!!」
ステージに押し戻され、壁に亀裂が入るほどの力で翔は叩き付けられた!
「ってぇ〜! 何だ今の……!」
「神通力だよ。さすがの天空族でもこの力には無力だろうね。ただ、天空王一人を除いてはだったが」
「えっ……!!」
沙南は神に視線で射ぬかれて膝を折る。
「沙南姫、君が愛する天空王はまた君を守れないまま後悔に苛まれ、今度はこの現代を無に帰すかもしれない。
その前に君が覚醒し、我々に力を貸してくれることを祈るよ」
「どういうこと……?」
立ち上がる力がないままでも、沙南は神に抗おうと視線を返す。
「そうか、君は殺された記憶をまだ取り戻していないのか。二百代前の君の最期はね、戦意を喪失した天空王を庇って刃に貫かれたんだよ。それを見た天空王は暴走し天界は無に帰したんだ」
沙南の鼓動が早鐘のように打つ。あの日、自分が殺された日の映像の一部が流れてくる。
『殿下……! 龍様……!!』
告げてくる声に沙南は震え始めた。
「沙南ちゃん!」
「神野郎! テメェ!!」
「では、失礼するよ。まあ、君達の相手はたっぷり用意してあるからね、運が良ければまたアメリカで会おう」
神は微笑を浮かべてその場から消えるのだった。
大乱闘シーンになる一歩手前までになっちゃいました……
思ったより話が長引きまして……
さて、ついに神と言う男が一行と対面。
かなり強いらしくて翔が神通力で飛ばされちゃいました!
天下無敵の三男坊が一発も殴れなかったなんて……
そして神から沙南姫が二百代前に天空王の前で刃に貫かれた理由が告げられました。
戦意喪失となった天空王を庇ったかららしいです。
一体二百代前に何があったのか……
さあ、次回こそバトルになりそうです。
楢原首相を追い詰めて無事にアメリカへ行くことが出来るのでしょうか!?