第十七話:喧嘩好き
転校して来て初めてバスに乗って下校した気がする。しかもこんなにゆっくりしながら帰るのも久しぶりだ。
ただ、いつもならとっくに天宮家で課題をやっている時間なので、いかに翔の自転車の運転が非常識なものなのかと頭を抱えてしまうけれど。
高円寺町のバス停を下りて自分の家とは反対方向に進む。きっと夢華が今日も天宮家にお邪魔しているのだろうな、と思いながら紫月は公園を突っ切ろうとした。
その時、彼女は幾つかの人の気配に気付く。そして後ろを振り返れば、同じ紺色の制服を着た少女が数人立っていた。
「篠塚さん、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
刺々しい口調は元より、髪型や濃い目の化粧、制服の着崩し方が少々問題ありの生徒だと物語っている。面倒な事に絡まれたな、と紫月は小さく溜息を吐き出した。
「私達、天宮君のファンクラブなんだけど」
翔にファンクラブなんてあったのか、と紫月は驚いた。まぁ、自分にあれだけストレートに言葉をぶつけてくるなら他の女子に対してもそうなのだろう。だが、そう考えると何故か面白くない気がするが。
そして、ファンクラブの女子達は少女漫画の意地の悪いキャラクターのような言葉を吐き出す。
「はっきりいって篠塚さんって邪魔なんだよね。ちょっと美人だからって図に乗り過ぎ」
「金輪際、天宮君に近付かないって誓いなよ!」
強い口調で命じて来る女子に紫月はムッとしたが、気持ちが分からないという訳ではない。寧ろ恋愛ごとなど面倒だから巻き込まれたくない、と通常なら気を付けるの一言で受け流すところだ。
それに翔のファンクラブというぐらいなのだから、翔が特定の女の子と仲良くしているのが気に食わないというのは当然だろう。まぁ、直接本人に直訴してほしいが……
しかし、今回はどうも納得がいかなかった。あくまでも翔に振り回されてるのはこちらだ。何より他人に行動を制限されるのは気に食わない。
「それは無理です。天宮君は私の隣の席ですし、何より天宮家とは家族ぐるみの付き合いをしています。そこまであなた方に介入されるつもりはありません。失礼します」
冷たく一瞥し、紫月はさっさとこの状況から抜け出すことにしたが風が騒いだ。囲まれていると紫月は自分に向けられる複数の悪意を感じ取れば、今度は問題ありの男子生徒がご登場だ。
「だったら仕方ないよね、この子やっちゃってよ」
「へへっ、可愛い顔してんじゃないの」
周りには十数人の不良達。それに勝ち誇った女達の顔。これだからファンクラブという人種は好きになれない、と紫月は心の中で悪態を突いた。
しかし、そんな彼女の気など露知らず、不良の一人が卑猥な顔をして紫月の腕を掴もうとしたが、彼女は半足引いてそれをかわした。
「触ろうとしないで下さい」
「へへっ、触ろうとしないで下さい、だってよ!」
「気が強ぇ〜」
不良達は笑った。どうやら自分みたいな女でも楽しみたいらしい。しかし、もしその考えを啓吾が聞いたら「お前は可愛いだろうが!」と全力で否定するだろうけど。
「さぁて、今夜は楽しもうや」
「紫月ちゃん!」
「沙南さん!」
突然入って来た沙南に紫月は驚いた。優しい彼女のことだ、危険も省みずに突っ込んで来たのだろう。
だが、不良達にとっては新たな獲物が自ら飛び込んできたようなものだった。彼等の顔がさらに卑猥なものへと変わり紫月は眉を吊り上げる。
姉と同じように思ってしまう所為なのか、沙南に害を及ぼそうとするものが非常に腹立たしく感じてしまうのだ。
「こりゃ美人がもう一人増えた」
「ヤベッ、めっちゃタイプ」
「この子に手を出してみなさい、天宮の皆が黙っちゃいないわよ!」
どうやら数人の女子がいただけで、自分がどういう立場になってるか判断されたらしい。いや、むしろ秀あたりで経験したことがあるのかもしれないが。とはいえ、その威勢の良さは流石天宮家の真の支配者だ。
しかし、ファンクラブや不良達は自分達が圧倒的に有利だと思っている所為か、沙南の警告など聞く耳持たずといったところだ。
「どうする?」
「別にいいでしょ、天宮家の居候だってお姉ちゃん達が言ってたし」
「そうそう、やっちゃってよ。この子達の裸、撮影して晒してあげたいし」
「オレ達も映るじゃん!」
そうケタケタ笑う、この一部始終をあの兄弟が聞いていたら一体彼女達のこれからの人生はどうなっていたのか……、と紫月は哀れみの情に包まれた。
すると、不良の一人がにやけた顔をして沙南の手首を強く掴む。
「とりあえず、俺達と付き合えよ」
「離しなさいよ!」
沙南は不良の手を振りほどこうとするが、男子の力には敵うはずがない。仕方ない、と紫月は男を蹴ろうとした一瞬、ランドセルを背負った少年の飛び蹴りが男の右頬にクリーンヒットした。
「グハッ!」
少年より巨体の不良が数メートル蹴り飛ばされ泡を吹いて悶絶する。それに沙南を除く他の者達は目を見開いて驚く。
だが、それをやってのけた少年は至って普通のことと言わんばかりに沙南の方を振り返った。その顔は勇ましい男の子だ。
「沙南ちゃん、ダメでしょ! すぐに助けを呼ばなくちゃ!」
「純君!」
天宮家四男坊は未来の姉になる予定の人物に可愛らしい声で注意した。そして、ここに純がいるということは……
「お姉ちゃんっ!」
「夢華!」
純あるところに夢華ありになってきている。しかし、紫月の静止を聞かなかった夢華の背後から不良の一人が襲い掛かった。
「ガキが生意気にしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」
「よっと!」
「グオッ……!」
一瞬だった。純の回し蹴りが夢華を襲った不良の顔面に入り、彼は十メートル以上離れた大木まで蹴り飛ばされて悶絶する。
先程より威力が上がったような気がするのは間違いなく気のせいではないが、あまりの出来事に誰もがその点に関して突っ込まない。
だが、そんなことに一番関心が向いていないのは助けられた夢華で、自分を守ってくれたということがとても嬉しいらしく、花が咲いたようにパアッと表情を明るくした。
「純君つよ〜い!」
「でしょ?」
末っ子二人組は相変わらず天真爛漫で恐怖すら抱いていなかった。まさに正義の味方とそれに感動するヒロインである。
「ガキ一人に何やってるんだよ!」
「わっ!」
純は振り下ろされた鉄パイプをかわし、腹部にパンチ一発をお見舞いして不良は膝を折る。
「危ないなぁ、不意打ちは反則技だって翔兄さんがよく言ってるよ!」
「一斉にかかれ! 女どもはさっさと誘拐しろ!」
リーダー格の男達がそう命じて沙南達に数人襲い掛かろうとしたが、一瞬のうちに蹴り飛ばされた。
「……沙南さんと妹には指一本触れさせはしません」
凛とした視線が相手を貫く。これ以上大人しくするつもりはない。自分が守りたいものに手を出されて優しくする趣味など紫月にはない。
「お姉ちゃん……」
「夢華、沙南さんから絶対離れないで下さい」
「分かった!」
姉の言い付けを守り夢華は沙南の前に出た。まるでいつも柳を守っているように。
「紫月さん強いね!」
「兄が好戦的だと妹も多少の影響は受けるものです。半分ほど任せてもよろしいですか?」
「うん!」
二人は同時に不良達に躍りかかった。互いの背中を守り、そして瞬時に攻撃を仕掛けて相手を悶絶させていく。その動きはまるで舞い踊っているかのように鮮やかだ。
「こいつら!!」
リーダー格の不良はナイフを取り出し純に突進していった!
「死ねェ!!」
「純君っ!」
沙南が叫んだ瞬間、ナイフは弾き飛ばされリーダー格の不良は頭から地面に叩き付けられる!
「あっ! 翔兄さん!」
「翔君!」
純と沙南は目を輝かせてその名を呼んだ。天宮家三男坊がタイミングよく現れたのだ。
「やばい、逃げよう!」
不良達を置き去りにしてファンクラブの女子達はいそいそと逃げていく。その後ろ姿に紫月は呆れ返るしかなかった。今更逃げても無駄だろうに、と思いながら……
「純、どこも怪我してないよな?」
「うん!」
弟が怪我をしてないか翔は確認する。もちろん、怪我なんかさせた日には長男と次男がどれだけ翔に対しての粛正を行うか想像すらしたくないが……
「紫月、お前も怪我してないな?」
「……子供じゃないんですからそんなにジロジロ見ないで下さい」
紫月はそっぽを向いて夢華のもとに歩き出した。妹は歓声をあげて皆かっこいい、と騒いでいる。
「なら良かった!」
表情は見えないが、きっと彼らしい笑顔を浮かべているんだろう。それに紫月は少しむず痒い感じを覚えた。心配されるのはどうも慣れない。
「じゃあ、帰ろう!」
翔は公園内に転がしていた自転車を起こして紫月達の元に走った。そして、紫月は一つだけ尋ねる。
「翔君、あなた達は何者なんですか?」
「何者……」
純と沙南に何と答えようと目で尋ねる。なんせ、純に至っては一般常識から外れるような喧嘩を紫月達に見せてしまったのだ。普通の答えでは納得して貰えないだろうが、上手い説明など思い付かない翔は簡潔に答える。
「ちょっと喧嘩好きな一般市民だ」
「そうですか」
「おい、なんか冷ややかな目で見てないか?」
「さぁ? 否定はしませんけど」
聞くだけ無駄だったと言わんばかりに紫月は歩き出す。だが、その理由はすぐに分かることだという予感もしていて……
それから五分もしないうちに一行は賑やかな帰り道となった。
純と紫月ちゃんのアクションシーンを軽く書かせていただきました。
二人とも十数人の不良ぐらいは簡単にのしてしまいます。
それも楽しみながら(笑)
だけどやはり翔、おいしいところはとってしまいます。
弟には渡しません(笑)
じゃあ、弟達がここまで強いのなら兄達はどうなんでしょうか??