第百六十七話:役職
「……闇の女帝、すっごく幸せそうだな」
「ああ。っていうか、あれは絵になるだろ」
夢華の髪を拭いてやる光景は見ているものを癒していた。確かにあれはいいなと誰もが思う。
「だが、柳君は見ていて羨ましいというよりかわいそうになってきたのは俺だけか……」
「淳までそう思うなら違いねぇだろ。全く、秀のやつ見せ付けるだけ見せ付けやがって……!」
「嘆くな、お前に彼女が出来んのは自業自得だ。寧ろ被害者が出てないことに俺はホッとしてるんだ」
「淳〜!!」
そんな森と土屋のやりとりから少し離れた場所で、柳を後ろから包み込むような感じで髪を拭いてやっている秀は、それはもう満足そうな表情を浮かべていた。
だが、土屋の言うとおり、柳はもはや可哀相なぐらい顔を真っ赤にしてカチコチになっている。
「あ、あの、秀さん……」
「はい、何ですか?」
「えっと、もうだいぶ髪は乾いたので大丈夫ですよ? ありがとうございます……」
「そうですか? でも、僕はもう少し触れていたいんですよね」
「ひやっ!」
髪に口づけを落とされて柳は可愛く悲鳴をあげる。今朝、あれほど心臓をわしづかみにされることがあったばかりなのに、相変わらず秀は自分をからかうのが楽しくて仕方がないらしい。
啓吾がいればもう少しこのストレートな愛情表現も緩和されるのだろうが、天敵のいない秀にとってこれだけ柳を独占できるチャンスなど滅多にないので、ここぞとばかりに普段やりたかったことを遠慮なくやっているようだ。
そんな一行の様子を見ながら、とりあえず目の前に出された中華料理を堪能していた高校生組は、たわいのない会話に花を咲かせていた。
「翔君、なんだか肌がすべすべしてません?」
「ああ、なんか薬湯だったみたいでさ」
「……純君のためですかね」
「う〜ん、純が小六に見えないのは納得できるがピーター・パンってわけじゃないんだし」
「でも似合いそうですよね?」
二人は夢華と交代と女帝に髪を拭かれている純を見る。確かにあの可愛らしさならピーター・パンの恰好もさまになりそうだ。
「だけど気をつけなくちゃいけないね。末っ子組のあの可愛さも女子大生達の魅力も闇の闇ではターゲットになること間違いなしだよ」
宮岡が二人が食事を採っていた円卓にやってくるなり腰を下ろした。賑やかにやってる一行から離れて、きちんと情報収集していたらしい。
「そういや、闇の闇って一体何なんだ?」
ラーメン茶碗いっぱいの炒飯を堪能しながら翔は尋ねると、宮岡は簡潔に説明した。
「うん、地下街の禁断の地といえばいいかな、とにかくやばい奴らの巣窟だよ」
「やばいって、この地下街も裏日本とか言われてるんだろ? それ以上やばいってどういうことだ?」
翔のいうことはもっともである。地下街に入って、最初に襲って来た無法者集団を見る限りやはり犯罪の匂いを感じたのは確かだ。
それに闇の女帝の居城に来るまでにも、いかにも怪しそうな取引や商売の類を見たのだし。
「ああ、確かに翔君の言う通りだ。だけど無法者にはあったけど世界のトップクラスの犯罪者や売人、マフィアはいなかっただろう? それにGODもね」
「そういやそうだな」
ラーメン茶碗の炒飯が空になり、次は包子に手をつける。さすがは成長期、よく食べる。
「闇の闇はそいつらが勢揃いしてる場所だ。もちろん力的にはこちらが有利だと思うけど、優しさに付け込まれたら少しだけ危ないかな」
「どうして?」
「龍がいないから」
「へっ?」
翔はきょとんとしたが紫月は納得した。
「翔君、闇の闇で暴れるなら何があってもただこちらの目的のために戦わなくちゃいけない。
他人を助けることは龍がいるからこそ生まれる余裕だけど、いないならこちらは楢原首相とGODを叩くことに集中しなくてはならない。翔君は優しいからそこだけが心配だね」
「……一体何があるんだよ」
「人間のオークション」
翔は言葉をつまらせた。そんなことが平然と起こっているのが闇の闇だ。
「闇の女帝ですら阻止できない裏稼業がこの地下街の闇の闇で行われているんだ。だけどそれを見捨てる覚悟がないなら、間違いなく君が守りたい人は危険に曝される可能性は高いよ。
特に沙南ちゃん、いや、太陽の姫君だと知っている奴らにとって龍がいないチャンスを狙わないわけがないからね」
宮岡の言っていることは間違いなく正論。龍がいないことがまた大きな壁になる。
「だけど宮岡さん、オークション会場を破壊しては良いんですよね?」
紫月の問いに翔は一瞬きょとんとしたがすぐにぱあっと顔が輝いた。それに宮岡はニッコリ笑って答える。
「ああ、もちろんだよ。助けてるゆとりはないけど、破壊するのはついでにしかならないからね」
「そっか、だったらおもいっきり派手にやんなきゃいけないよなぁ?」
好戦的な笑みを浮かべる翔に紫月はくすりと笑った。どうやらまたこの台風小僧のお守りをしなければならないらしい。
「まっ、沙南姫様は悪の総大将に仕えるバカと武官と文官の俺が守備を固めておくさ」
「宮岡の兄ちゃんは文官かぁ、なんか似合うよなぁ」
「いやいや、突撃隊長殿には負けるよ」
「土屋さんの武官も納得できますね」
「ああ、武官兼部隊長だけどな」
そんなほのぼのとした会話にバカと言われた森が不機嫌全開で会話に入って来た。
「おい、バカとはなんだバカとは!」
「ああ、お前の役職も考えてみたんだがバカというポジションしか思い付かなくてな」
「何だよそれ!」
「仕方ないだろ? 参謀は秀君、守備隊長は純君、中ボスは啓吾君ならあとはバカしか」
「どんな軍隊だよ!」
森のつっこみはもっとも。ならば他に何があるのかと高校生組まで必死に考える。
「困りましたね、射撃の腕が兄さんより良かったら狙撃主になれたんですが……」
「補給線は紫月が取り仕切れるしなぁ」
「柳ちゃんは秀君の補佐官だし、夢華ちゃんは応援隊長か」
「……お前ら、楽しんでないか」
否定できないあたりそれはどうしようもないらしい。するとジャスミンティーを取りに行ってた土屋もその話に加わる。
「土屋の兄ちゃん、森兄ちゃんっていい役職ないのか?」
「役職? ああ、バカじゃダメなのか?」
「みたいだな。吠えるし」
「そうか、ならば一気にレベルアップさせてやる。騎馬隊長」
「おお〜!! いいじゃねぇか!!」
意外にいい役職に高校生組も拍手を送った。だが、宮岡は親友がどうしてそんな御大層な役職を与えたのか理解する。
「気に入ったなら問題ないな。頼むぞ運転手」
「はっ?」
「現代で馬に乗って戦うわけにはいかんだろ? だから運転手決定」
「おい……やけに見下されてるじゃねぇか……」
「何を言ってる、これでもちゃんと考えたんだぞ? わざわざ馬鹿の『馬』の字まで入れてやったじゃないか」
「淳〜〜!!」
こうして森は騎馬隊長という役職を手に入れた。
「それより紫月、沙南ちゃんはどうしたんだ?」
さっきから姿を見せない沙南が一体どこに行ったのかと尋ねた瞬間、翔はおろかその場にいた全員が固まった。
「ヤッホー! 翔君ちゃんと中華堪能している?」
「さ……! 沙南ちゃん!?」
驚くのは無理なかった。夢に出て来る沙南姫と全く同じ恰好をして沙南が登場したのだから。
それぞれの役職決定!
やっぱり悪の総大将のもとにはいろいろな力が集結してますね。
だけど森の騎馬隊長、うん、彼らしくていいですね(笑)
そして次回から闇の闇へ一行は突撃していくかと思われますが、
何故か沙南ちゃんが二百代前の沙南姫様の恰好をして御登場!
何で沙南ちゃんがそんな恰好をしているのかというと、
やはりその影には参謀の策略があるわけです。
一体何を企み、そして一体何が起こるというのでしょうか??