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天空記  作者: 緒俐
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第百六十六話:入浴

 まさか闇の女帝の居城で入浴するなんて誰もが思わなかった。なんだかんだ言いながら首相を探している間に汚れてはいたのだ。さっぱり出来るのは有り難い。


「気持ち〜!」

「本当ね」


 浴槽で手足を伸ばせるのは非常に有り難い。天宮家の風呂もそれなりに広いが、装飾にも拘った大浴場というのはまた格別だ。さらに美肌の湯だというのだから、女性陣にとって大満足なことこの上無しだ。


「夢華はすっかり懐いちゃったわね」

「姉さん、あれは懐かれてるというんじゃ……」


 闇の女帝に髪を洗ってもらえる少女などおそらくこの世で彼女一人に違いない。

 闇の女帝が非常に満足そうな表情を浮かべながら柔らかい髪を洗ってやってる姿は、とてもこの地下街を統治している女帝とは思えないほど微笑ましい。


 そしてシャワーでシャンプーを洗い流し、タオルで顔を拭いてやると夢華は満面の笑顔を浮かべた。


「ありがとう、彩帆お姉ちゃん!」

「よ、よいのじゃ……!」


 闇の女帝が照れるのかと紫月は冷静にその光景を眺めている。だが、夢華はやはり夢華だ。無邪気な爆弾を落とした。


「じゃあ、今度は夢華が背中洗ってあげる!」

「なっ……!」


 女帝は頭の中で一気にその妄想が駆け抜けた。さすがにそれはまずいと姉達は止める!


「ゆ、夢華! ほら、そろそろお風呂の中に入りなさい」

「そうですよ! 気持ちいいですから!」

「は〜い!」


 姉達にそう言われて夢華はぴょこんと湯の中に入ると、やはり水と仲がいいのかすいーと泳ぎ始めた。



 それから妄想から復活した女帝はすっと浴槽に入る。本当に綺麗な人だなと沙南達は思うと、女帝は本来の気品を備えた笑みを彼女達に浮かべた。


「さて、折原沙南」

「はい」

「お前が惚れておる天宮龍とはどんな男だ?」

「えっ?」


 いきなり尋ねられた問いに沙南はキョトンとした表情を浮かべる。


「あの天宮秀があれほど敬う兄だ、そして高原もハワード財団も、さらに日本の重鎮達もあの男を手にしたいと騒いでいた。

 妾は会ったことがないからな、だからこそあの男に一番近い女に聞いてみたかった。一体どれほどの男なのだ?」


 どれほどと言えば表現するのは難しい。あの容姿も風格も普通ではない。しかし、下手な表現をすればなめられてしまうのは確かだ。


 だが、沙南はありのまま彼女が知ってる龍を答えた。


「気苦労性で責任と家長という文字が顔に張り付いている活字中毒の医者です」

「はっ?」


 真顔で答える沙南に女帝は呆気にとられたが彼女はさらに続ける。


「おまけに堅物だし家庭科全般駄目だし、お説教と敵の尋問は相手の精神を崩壊させる悪の総大将でもあるし」


 柳と紫月はくすくす笑い始めた。そうなのだ、龍のことを一番理解してるのは間違いなく沙南なのだ。


「だけど、誰よりも命の大切さを知っている大きな人、それが天宮龍です」


 それ以外何者でもない。下手に飾り立てる言葉を並べるよりも、ありのままの龍が一番魅力的なのだと、だから好きになったのだと沙南は言葉の裏にその思いを馳せた。


 それに気付いたのか、女帝は微笑を浮かべる。


「……なるほど、天空王というわけか」

「天空記をご存知なんですか?」

「ああ、あれは価値の高いものだからな。全巻取り揃えてある」

「えっ!? 天空記って何巻もあるものなんですか!?」


 知らなかったのかと女帝が尋ねれば沙南達はコクコクと頷いた。これは龍達も同じ反応を返すのではないかと、彼女は説明しておくことにした。


「天空記とはその価値を知るものにとっては天界最古の歴史書であり、価値を知らぬ者にとっては一お伽話だということは知っておるか?」

「ええ」


 そこは知っているのかと女帝は話を続ける。


「では正史と演義があることは知っておるか?」

「いいえ」

「なるほど、話はそこからという事か」


 女帝は壁にもたれ掛かった。


「正史と演義、両方とも三巻ずつ記されており、大まかな内容はだいたいあっている。天空族の記述に至っては全くといっていいほど脚色された部分がない。

 だが、あまりにもその力が巨大な故、価値を知らぬ者から見れば正史すら演義と見なされるのだろうな」


 確かにそうだろうなと沙南達は納得する。現代の天宮兄弟でさえ常人離れした力を持っているのだ、二百代前の彼等などお伽話としか思えなくても無理はない。


「そして決定的に違うのは終章。正史の最後は天空王が天界を無に帰したと書かれているが、演技では二百代の時を越えて再び神族と天空族が雌雄を決すると書かれている。これがどういうことだか分かるか?」

「少なくとも演義を書いたのは神族ね」


 即答した沙南に話が早いなと女帝は感心した声をあげた。


「ほう、太陽の姫君は二百代前と全く変わらないようだな、すぐに真相を見抜いたか」

「簡単なことよ。正史は嘘偽りなく書かれるもの、演義は脚色が多いのが特徴。だけど天空族のことは全く正史と一緒なら敵側が良いように書いてるはず。

 それに天空族に滅ぼされて、はい、おしまいっていうよりロマンがあるでしょう? まっ、龍さんのうけうりなんだけどね」


 そういって沙南は笑った。確かに、龍なら言いそうなことだ。


「お前達は天空記をハワードから一冊貰っているな。他巻の存在を知らなかったというならおそらく正史の一巻だろうな」

「あの女帝、天空記を」

「ダメじゃ、あれは渡せぬ」


 沙南が頼む前に女帝は断った。女帝が価値あるものをそう簡単に渡すはずがない。


「ではどうすれば……」

「そうだな、天宮龍が妾の男になるというなら渡そう」

「えっ?」


 沙南は目を見開く。


「お前の話を聞くかぎり妾の隣に立つに相応しい男だと思った。容姿も知性も申し分ないからな」

「他の条件は……?」

「お前の身体を売るという条件でも構わぬが?」


 それを聞いて柳と紫月はかっとしたが、女帝の腕をちょこんと掴んで、夢華は首を傾げた。


「夢華のお願いでもダメ?」


 可愛らしくお願いする夢華にナイスだと彼女の姉達は思う。そしてさらに目をうるうるさせて夢華は頼んだ。


「ねえ、お願い、彩帆お姉ちゃん」

「うっ……! しかしだな、夢華」


 少し戸惑う女帝に紫月はやはり秀に影響されてきたのか、見事な後押しを見せる。


「女帝、夢華が泣きますよ?」

「なっ……!」

「純君は夢華が泣くと悲しみますし」

「うっ……!」


 沙南と柳はやっぱり秀の妹分だなと感心する。そしてさらに愛くるしい表情を浮かべて夢華は女帝の名を呼ぶ。


「彩帆お姉ちゃん……」

「折原沙南」

「はい」

「複写したものならば貸してやろう」

「ありがとう! 彩帆お姉ちゃん! 大好きっ!!」


 そう言って夢華が抱き着いてくると女帝はさらにハートを撃ち抜かれた。


「夢華の望みなら何でも叶えるのが妾の役目じゃ。それにそこまで喜ぶことでも……!」


 赤くなっている女帝を見て紫月は心の中で思う。


 本当に世界征服出来るのではないかと……




夢華ちゃんがどんどん最強に……

闇の女帝にシャンプーしてもらえるなんて……

しかも何でも願いを叶えてくれるなんて……

いや〜至れり尽くせり……


そして天空記は正史と演義があったみたいです。さらに両方とも全三巻。

龍や啓吾兄さん達が全ての内容が分からなかったのも続きがあったからですね。


だけどこの二人にまた本を与えると沙南ちゃんとのデートが……

与えない方が正解なのか?


でもそんな沙南ちゃん、龍のことをちゃんと理解しているからこそ好きなんだなぁと思います。

飾り立てる言葉より龍の短所を含んで好きになってるなんて本当、沙南ちゃんらしいですね。




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