第百五十九話:仮面
ビルからビルへ飛び移る。車かヘリかは分からないが、とにかく都会の喧騒から人気の少ない場所に移動していく紗枝の発信機を追跡しながら、龍と啓吾は空を駆けていく。
だが、龍はふと疑問を口にする。
「……妙だな」
「どうした?」
龍の後を追いかけていた啓吾は答える。普通なら空を駆けていくことなど不可能だが、重力を操っている啓吾にとっては朝飯前である。
「ああ、いくら高層ビルの上を走ってるからといっても敵が仕掛けてこないのは不自然だと思ってな」
「ああ〜言われりゃそうだが、ただこの辺が相手の金庫なら仕掛けてこないっていうのも納得できるぞ?」
「まあ、確かにこの辺はそうなのかもしれないが……」
世界的な大企業やら銀行やらが密集する地帯。そう言われれば納得できるが、それでも気になってしまうのは龍の性格上仕方のないこと。
しかし、それを和らげるのが啓吾の役目である。
「どうせ紗枝を簡単に返してくれるはずがないんだ。心配しなくてもそのうち化け物なり兵器なり出してくるさ」
「はあ〜そういうものは翔にでも任せておきたいんだがな」
「あいつらはあいつら専用が用意されてるんじゃねぇのか?」
「……派手にやらなければいいんだが」
「次男坊の機嫌次第だろうな。龍の弟だけあってキレると見境が無くなるだろ?」
「啓吾も人のこと言えないだろ」
「俺は龍が止めてくれるから問題ない」
龍はそれに気難しそうな表情を浮かべると啓吾は頼りにしてるんだよと笑った。
それから十数後、発信機の反応が止まると二人はさらにスピードをあげた。距離にすれば数十分は掛かるが、この二人が本気を出せば十分もかからない。
そして視界に飛び込んで来たのは森の中に建つ古ぼけた洋館。そこでハロウィンなり肝試しなりやれば弟妹達がさぞ喜びそうな場所である。
しかし、啓吾は彼らしくポツリと呟いた。
「年代物でも置いてそうな……」
「盗むなよ」
「洋書は?」
「……」
すぐに否定出来ないあたり龍は本好きである。紗枝がこの場にいたらため息をついていたことだろう。
「はあ、末っ子組に人の物を盗まないように言ってるのになぁ」
「心配いらないって。あいつらは善良な市民から物を盗ったらいけないって事ぐらい分かってるさ。
それに今は日本にいるんだから悪影響にはならねぇよ」
そう言ってカラカラ笑う啓吾に龍は気が重くなって額に手をやる。
「はあ〜俺は善良な市民でいたいのにな……」
「充分善良だと思うぞ。だから俺は龍が好きなんだし」
「……微妙な感じがするのは何故だろうな」
「そーいう趣味がないからだろ?」
「あってたまるか!」
即答する龍に啓吾は爆笑した。そういう純情なところが龍の魅力であり力になってやりたいと思う。
「まっ、悪の総大将が細かいことを気にすんな。お前はただ真っすぐ前だけ見てろ。少なくとも俺はお前に救われてるんだからさ」
「……暴れる理由が正当化されるからか?」
「ああ、感謝してるぞ?」
ニヤリと笑う啓吾に龍は反論する気すら起こらなくなった。この親友の性格は数カ月の付き合いでも十分過ぎるほど分かっている。
面倒が嫌いな割には好戦的だったりするのだから……
「さて、そんじゃ女神様を救出しにいくか」
「ああ。だが、そう簡単には行かせてくれそうにはないな」
洋館の中から不協和音を奏でながらメタル合金性の機械兵が数十体出て来る。腕にはレーザー砲を装備しているあたり、最初からこちらの弱点を突いてくる気は満々らしい。
さらにその肉体も銃弾程度では皹が入れば上出来というほどの硬度を持っていそうだ。
「あ〜いうメタル合金は俺との相性悪いよな……」
「埋められないのか?」
「疲れるからやだ」
「じゃあ先に行け。早く助けないと絶対怒られるから」
「ああ、これ以上ストレートなんて喰らいたくないからな」
頼んだと言って啓吾はふわり浮かび上がりと洋館の二階のテラスに降り立つと、鍵の閉まっていた窓ガラスを派手に破壊して中に侵入した。
そして龍はメタル合金性の機械兵に向き合う。
「さて、人なら下がれといえば聞いてくれそうだがメタル合金性の人形は砕くしかないか」
そう言いながらも微笑を浮かべる。なんだかんだ言いながらも彼は翔の兄なので好戦的なのだ。
ただ、周りが暴走するので彼の良識的な部分がそれを抑えているだけの話で。
「はっ!」
瞬時に龍の回し蹴りが機械兵の頭部を破壊して体こと吹き飛ばすと、機械兵は爆発を起こす。
「翔なら油断してただろうな」
日本には行ってほしくない兵器だなと思いながらも龍は乱打を繰り出す。
メタル合金性の機械兵は瞬時に破壊されては爆発を起こし、レーザー砲を放っても弾道を完全に読まれているためにそれは意味をなさない。
機械兵はたったの数分で産業廃棄物へと姿を変えた。
「さて、中からは何が飛び出すか……」
龍の身長の倍はありそうな洋館の扉が閉まっていたので、軽く蹴り飛ばして中に入ると、踊場でダンスをしている人の群れが龍を迎える。
「近代にタイムスリップでもしたのか俺は……」
内装は十九世紀初期というところ。来客者の正装姿、サーベルを腰に挿した兵士の恰好、音楽を奏でる管弦楽団も数十年前の匂いを漂わせる。
「龍様、一曲お相手していただけませんか?」
「沙南ちゃん!?」
龍に声を掛けて来た女性の姿に彼は面食らった。まるで数年後の沙南の姿を見せ付けられたようで……
「ふふふ、そんなに驚かれるなんてどうされましたの?」
「いや、その……」
「さあ、今宵は私達の婚約パーティなのですから」
そういって沙南は手を取るが龍は動かない。
「どうされましたの?」
「すまない沙南ちゃん。俺はまやかしに引っ掛かるほど油断出来なくてね」
「まやかし?」
「ああ。だから直接姿を現したらどうなんだ」
人の群れの中から微笑を浮かべて龍を見るものがいる。龍がそれに気付かない訳がない。
「……もうバレたのか。沙南姫様も君が油断するように少し大人びた姿に変えたのに残念だ」
パリンと鏡が割れるような音が響くと、踊場は元の薄ぐらさを取り戻す。そして龍は自分を見ていたものと向き合う。
「お前が桜姫が言っていた主か?」
低い声で龍は尋ねるとくすくすと笑い声が聞こえてくる。
「何がおかしい?」
「いや、失礼した天空王」
笑うのをやめた後目の前にいる男は顔を上げる。しかし、素顔は薄気味の悪いピエロの面に隠されていた。
「まずはようこそと言っておくべきかな、いや、久しぶりでも間違いではないか」
「来たくて来たわけじゃない。それに悪いが俺の知り合いに仮面を付けてる奴はいなくてね、そんな挨拶をされても苛立ちしか感じない」
龍は仮面男の言葉を一蹴した。それだけ心の中でひどい苛立ちを覚えているのは事実だ。
「それはそれは。だが、私にとっては本当に久しぶりなんだ。なんせ君達が生まれ変わるたびに会ってるのだから」
「どういうことだ?」
龍は眉間にシワを寄せる。
「そのままの意味さ。天界を無に帰した天空王が二百代の時を越えて覚醒するまで、どんな生き方をするのか興味があったからね。だけど何も変わってなかったな」
仮面男は沙南姫の幻を龍の前に出すとその胸を刃で貫いた!
「なっ……!!」
「君は沙南姫様に何度も愛されたのに守れなかったんだよ? 天空王」
龍の中で何かが崩れさろうとしていた……
龍と啓吾兄さんが紗枝さん救出のために洋館に侵入!
さすが悪の総大将はメタル合金性の機械兵を数分で片付けるという活躍ぶり。
うん、やっぱり龍は強いです!
ですが洋館に入って謎の仮面男と対面。
どうやらかなりの因縁を持っているみたいですが……
まあ、一体どんな関わりだったのかはもう少しお待ちください。
そして次回は紗枝さんのお話。
啓吾兄さんがかっこよく助けてくれるのか、それともいつもどおりの応酬を繰り広げる羽目になるのか……