第百五十五話:動き出したGOD
夕方から豪華な食卓を囲むことが出来るのは今日の彼等の稼いだ金額の成果というところ。
明日からは数々の論文発表を聞いて夜通し資料を読み尽くして、出来ることならシュバルツ博士の元を訪れておきたいと思っている。
だが、息を抜くときにとことん抜くのがこの医者達である。
「夢の国アメリカにかんぱ〜い!!」
ビールジョッキ片手に非常に浮かれ顔の紗枝と啓吾を見ればカジノでどれだけ稼いだのかよく分かる。
しかし、全く不正をせずに一番稼いでいる医者は相変わらず眉間にシワを寄せていた。
「おい、龍。何難しい顔してんだよ」
「……啓吾、本気で一回も不正を働いてないんだよな?」
「ああ、してねぇぜ。俺、ルーレットには近づいてねぇもん。それにスロットだって不自然な止まり方してなかっただろ?」
「まあそうだが……だが、それにしては勝ちすぎじゃないのか?」
啓吾と紗枝は顔を見合わせる。それだけで啓吾が不正を働いたかどうかを紗枝は悟るが、龍は確かにまともに勝っているので紗枝は笑い飛ばして答えた。
「まあまあ、そんなに深く考えないの! 大損して帰って沙南ちゃんにこっぴどく叱られるよりマシでしょ?」
「そうそう。今日の勝ち金で沙南お嬢さんにプレゼントの一つでもしてやれ。いや、それだけ勝ってれば豪華な結婚式ぐらい」
「啓吾、そんな心配いらないわよ。龍ちゃんと沙南ちゃんが結婚するなら、おじいちゃんが総力を上げてプロデュースしたいって言ってるし」
「じゃあ今日の勝ち金は」
「うちの生活費と純の大学資金!」
これ以上変な方向に話が行っては困ると龍はもっともな使い道を答えた。
「……相変わらず堅実だよな、龍って」
「当たり前だ。俺はあいつらが独り立ちするまで面倒を見る義務があるんだし」
「そりゃ俺も一緒だ。まあ、柳達の学費は師匠がもってくれてるからまだ楽だが……」
「……本当二人とも家長よね」
世間一般の医者より給料は高いのだが、あまり手元に残らないのも事実。天宮家は食費に龍の給料の三分の二が飛んでいく家庭であり、篠塚家も女の子三人となればいろんな出費がかさむ。
ただ、沙南も柳も切り盛り上手なので貯蓄は出来ている。それでも足りないときには一体どこから稼いで来ているのか、秀や紫月が援助してくれるわけだが……
「それより、明日からは最先端の術式を学ぶチャンスだからな」
「ああ、名医が大集合するんだ。何を持ってくるか楽しみでなんねぇ」
「そうよね。ただ、病院に戻ったところでまた医院長がオペをやらせてくれるかでもめなくちゃならないのよね……」
そう考えるとやけに三人とも気が重くなる。普通だった日常から離れるとそれに戻ろうとしたときの力は普段の倍必要になるわけで……
「やっぱりしばらくの間、現場に戻れないのはまずいのか……」
「ああ、違いねぇ。二週間あの病院にいなかったら絶対怠け癖がつく」
「う〜ん、本当に腕が落ちそう……やっぱり啓吾でも切っとけば良かったかな……」
「おい……」
弟妹達がいたら間違いなく「やっぱり医者なんだねぇ」とぐらい言われそうなことを三人は思う。
基本、三人とも外科に携わっているので、どうしてもオペから離れられないらしい。ストレートな言い方をすると「人を切るのが面白い」と言ってもいいのかもしれない。
だが、あくまでも医術に関わるものとしての性という言葉はついてくるのだけれど。
「あ〜、そう考えるとオペやりたくなって来た」
「言うな。本気で近くの病院に乗り込みたくなる」
「いっそ乗り込んじゃう?」
紗枝がそう提案すると三人は爆笑した。本当に自分達はどうしようもないなと思う。
「さて、ちょっとお手洗い行ってくるから」
「ああ」
そういって紗枝は席を立った。そして啓吾はビールをぐいっと飲んだ後、今日機内で出会った三國について話し始めた。
「龍、今日機内でさ、三國弘世に会ったよ」
「三國弘世って心臓外科医のか?」
「ああ。んで、紗枝が間違いなく一目惚れ」
「紗枝ちゃんが!?」
天変地異の前触れかというような表情を龍が浮かべるあたり、いかに意外なことなのかを言葉にするのは難しい。
「そっ。んでもって、三國が紗枝にキスしようとしてたところに鉢合わせた」
「……紗枝ちゃんの婚期が」
「ああ、その点に至っちゃ俺も申し訳ないんだが……」
二人とも気難しそうな表情を浮かべる。下手な男に彼女を預けたくはないというのは同意見らしい。
「だけどさ、三國は昔、紗枝の実母に命を救われたみたいでさ。しかも三國も憧れてたみたいなんだ」
「……それで、啓吾は反対だって?」
「ああ。二人に鉢合わせた時なんか嫌な予感がしてさ、紗枝を引きはがしたんだが三國は確かに紗枝の母親の患者だったし、背後関係も全く問題がなかった。だが……」
まだ何かが引っ掛かるような表情を啓吾は浮かべている。それが解けないからこそ珍しく啓吾は悩んでいるようで……
「啓吾」
「ん?」
「俺も紗枝ちゃんには悪いけど反対だ」
「龍もか?」
「ああ。だって紗枝ちゃんらしくないだろ?」
龍は微笑を浮かべた。その笑みを見た途端啓吾は苦笑する。引っ掛かっていたことが一気に消えてしまったかのようで……
「……龍」
「ああ」
「女神様は人を惑わすもんだよな」
「そういうこと。いくら紗枝ちゃんが一目惚れしてもそこまで大人しい女の子じゃないからね」
「おいおい、そんなこと言ったら後からストレートの一発ぐらい喰らうかもしれないぞ?」
「それは痛いが、でも紗枝ちゃんが本気で相手に惚れてないってことぐらい分かるからさ」
普通なら周りがここまで決め付けてもいいものなのかと思う。当然これからの可能性だって摘み取ってるような発言だと二人も理解している。
だが、彼女の性格も弱さもよく知る二人にとっては確定事項でしかない。
「だけど紗枝の奴はこういうところ頑固そうだからなぁ」
「何だ? 啓吾が説得すれば聞くだろ?」
「……龍、お前俺に殺されて来いと?」
「俺は恋愛事に関する説得力はないからな」
「いや、悪の総大将の威厳を使えば」
「紗枝ちゃんを威圧してどうする」
「だってそれぐらいやらねぇと本当キレたときの紗枝の対処なんて、俺の力全解放しねぇと押さえ付ける自信がないぞ?」
冗談のように聞こえて二人とも本気でそう思っているのでどうしようもない。
「とりあえず紗枝ちゃんのことは啓吾に任せるよ。俺はもう少し三國について調べておきたいから」
「ん? 良二からの情報なら間違いないんじゃないのか?」
「ああ、そう思うがどうも気になるんだ。俺の覚醒を望んでいると敵は言ってるのになんで仕掛けてこないのか、それに紗枝ちゃんのことも……」
その時、テーブルに花びらが数枚舞落ちて来た。龍の背後でそれを降らせた女が微笑を浮かべる。
「……天空王様、紗枝様の命は二百代前と同じように預からせていただきます」
その声に龍は振り返ると和装姿の桜姫はさらに花びらを店内に舞い散らせる。それに客達はざわつくが睡魔に襲われその場で眠り込む。
「桜姫……!!」
「そして啓星、我が主より伝言がございます」
啓吾は眉間にシワを寄せる。
「自然界の女神をたぶらかしたものよ、二百代前と同じ光景を見たくなければ早く女神を救いに来ることだ」
「ちっ!!」
「そして日本にいる太子達にもGODの力を差し向けさせていただく。無事に合流出来ればそちらの勝ち、出来なければ沙南姫はまた我が手に掛かると思え」
「桜姫!!」
龍は桜姫を捕らえようとしたが彼女は花びらへと姿を変える。
「天空王様、御武運を……」
そう告げて桜姫は完全に消えた……
さあ、ついに敵も動き出しまして、天空記はバトルに入りそうです!
アメリカでは紗枝さんが捕まってしまったので彼女を助けるために龍兄さんと啓吾兄さんが大暴れしてくれることでしょうが……
だけど問題は日本。
龍達がいなくても逞しくGODが差し向けてくれる敵をやっつけてくれるのでしょうが、なんかねぇ……
史上最悪のテロリストになって龍を困らせないであげてよ!
そして紗枝さんの一目惚れに関して。
龍も啓吾も反対しているわけですが、本当、一目惚れなんて紗枝さんらしくないですもんねぇ(笑)
啓吾兄さんは殺されること覚悟で説得するしかないようですが??
さあ、一体どれだけごちゃごちゃしてくるのか……