第百五十四話:トラブル前の一日は終わる
日本時間午後十一時。思ったより帰宅が遅くなってしまったが、紫月からメールがあったのでなんら問題はないのだろう。
しかし、これからアメリカに到着したであろう龍にこちらの状況を知らせなければならないと思うと少し気が重い。
沙南が危険な目に遭ったと言って兄はどんな反応を返してくるのだろう。そして啓吾は荒れた中にも柳を守れなかった自分を指摘してくるとは思う。
そして玄関に入れば、いつもより多い靴の数。それを見て土屋や宮岡も来ているのだなと思ってリビングを開けた瞬間、
「あっ、秀さんおかえりなさい」
紫月はやっと帰って来てくれたというように秀を迎える。そしてその気持ちが痛いほどよく分かった。
「何なんですかこの様は……」
「次男坊っ!!!」
ここにいるはずのない人物の声が部屋にこだまし秀は眉間にシワを寄せる。彼に対してそんな呼び方をする人物などこの世に一人だけだ。
「宮岡さんがテレビ電話を繋いでくれたんですが、その……既にこの様なので……」
大の男三人はソファやら床やらに転がってるのは毎年見る光景なので特に気にしていないのだが……
紫月が寝かせてくれたのだろう、和室には絶対誰かが飲ませたであろう末っ子組がいつもより気持ち良さそうに布団の中で寝ている。
そして間違いなく自発的に飲んだに違いない翔が焼酎瓶を抱えて顔を赤くして眠っている。何となく蹴り飛ばしてやりたいがそれは後だ。
何より龍がいなくてよかったと、女子大生二人は無防備な姿で無防備な寝顔を見せてくれてるわけで……
とりあえずいつまでも叫んでいる画面の主の前に腰を下ろした。
「……相変わらずアメリカにいてもうるさいですね。末っ子組の睡眠の邪魔ですよ」
「テメェ今までどこに行ってたんだ!」
「所用を片付けにですよ。だけど柳さんに怪我をさせてしまったことは申し訳ありません」
秀は頭を下げる。後からこの光景を撮影しておけば良かったと啓吾は思うことになるが、珍しく真剣に謝る秀を責めるようなことはしなかった。
「……沙南お嬢さんをかばったんだろ? それでお前を責めるほど小さくはねぇよ。だがな……!! 柳や夢華にどんだけ酒飲ましてんだ!!」
「えっ?」
どうやら彼の怒りの方向は柳が怪我した事よりそちらの方が大きくなっているらしい。秀が帰ってくる前まで、本当にそれはもう紫月の手に負えない状況だったと彼女は簡潔に説明する。
「柳は酔うとキス魔になんだよ! いくら末っ子とはいってもそれをテレビ画面で見せ付けられんのがどんだけ……!!」
「キス魔!?」
「その前を知らねぇから森達にもしたんじゃねぇかと思うと……!!!」
画面で悶え苦しむシスコンはいつも以上のシスコンぶりを発揮してくれてるわけだが、それを紗枝が「煩わしいっ!」と、ど突いて話し相手は龍に変わった。
「秀」
「兄さん……」
何となく顔を合わせづらい。アメリカと日本と離れていても、この兄を前にしてしまうと全て見透かされてしまう気がする。
もちろん、昔から隠し事なんて無理ではあったのだけれど……
するとあの威厳に満ちた声が発される。
「とりあえず全員無事なんだな」
「はい」
「不安なら俺は今からでもそっちに戻るがどうする?」
試されている事が分かる。戻って来てくれと言えば事態が事態だ。学会などほって帰って来てくれるだろう。
しかし、それはまた龍に負担をかけてしまう事は確かで……
そう思えば秀は腹を括ったような表情を龍に向けた。
「いいえ、皆は僕が守ります」
それを聞いて龍の後ろにいた医者達は微笑を浮かべた。
「……そうか。じゃあその言葉を信じる。だがな秀」
「はい」
龍は口元に笑みを浮かべると普段彼が感じていることをストレートに表現した。
「そのメンバーをまとめようなんて思うなよ? 気苦労するぞ?」
思わず目を丸くしてしまう。だがすぐに秀はくすくす笑った。
「それは兄さんにお任せしますよ。翔君一人でも手に余りますからね」
「ああ。だが、行動の決定権はお前にある。何かあったら自由に決めろ。責任は俺が持つから」
「おや、そんなこと言って良いんですか? 僕達は史上最悪のテロリストですからね、世界征服ぐらいやるかもしれませんよ?」
「……冗談に聞こえないからやめてくれ」
気苦労性の長男の顔はアメリカに行っても相変わらずのようだ。それを見て秀は非常に心が軽くなりいつもの敵無しの表情に戻った。
「心配しないでください。ちゃんと沙南ちゃんのことは皆で守りますから」
「……ああ、頼むよ」
「あと、今ここで沙南ちゃんが無防備な姿で寝てるんですけど、その画像送りましょうか?」
「なっ!?」
瞬時に龍は真っ赤になる。その反応に龍の後ろにいた啓吾と紗枝のSモードが発動した。
「秀ちゃん送って! 沙南ちゃん絶対可愛いでしょ!?」
「紫月、良二が来てるならカメラあるだろ? 最高のアングルで撮れ!」
「はい、分かりました」
「兄さん、待ってて下さいね、それはもう僕も腕によりをかけて編集」
「撮るなっ!! さっさと風邪引かないように部屋に運べ!!」
その怒鳴り声で会話は幕を閉じた。
「さて、とりあえず女子大生二人組を運びますか。紫月ちゃんは先にお風呂に入って来て下さい。だいぶ翔君達が迷惑かけたでしょうし、部屋の片付けは罰として明日皆にやらせましょう」
「すみません、お願いします。だけど、本当仕方のない人達ですね」
とはいいながらも、リビングで転がって寝るであろう者達にタオルケットをかけてやるあたり紫月は面倒見がいい。
「……それにしても本当、他の男になんか見られたらまずい寝方してますよね」
沙南を見るなり秀はそう呟く。キャミソールに単パン姿の沙南はそれはもう無防備としか言いようがない。
龍がこの姿を見たら間違いなく逃げ出すぐらいの恰好である。
それに紫月は苦笑しながら提案した。
「やっぱり撮っておきますか?」
「紫月ちゃん、そういうところまで僕達に似てはいけませんよ?」
「ダメですか?」
「ええ、高校卒業するまでは兄さんをからかう楽しみは取っておいてください。ただでさえも気苦労してますからね」
楽しそうに笑いながら沙南を横抱きにした秀に紫月は仕方ないなと納得した。
「はい、わかりました。では、お風呂先にいただきます」
そして二人は同時に二階に上がると、紫月は沙南の部屋の扉を開けてやる。
「ありがとうございます」
「いいえ。姉さんも沙南さんの部屋で寝ますよね?」
「ええ、まあ布団敷くぐらいすぐに終わりますから後は任せてください」
「すみません、お願いします」
そして秀は床に布団を敷いた後、もう一度リビングに戻る。彼の大事な少女の寝顔を見るなりふわりと穏やかな表情も浮かべるが、さっき啓吾から聞いたキス魔発言が気になる。
「……純君はともかく、他の誰かにしてなんていないでしょうね……」
何となく嫌な予感と彼女に対する独占欲が混ざったような表情を浮かべながら、秀は柳の柔らかい髪をさらりと梳いた。
するとくすぐったそうに柳は笑みを浮かべる。
「本当あなたという人は……沙南ちゃんや紗枝さん以上に僕を乱す女性なんてまずいないと思ってたのに……」
だけどこんなに囚われて、誰よりも愛おしい……
「明日の朝は覚悟しといてください。僕が納得するまで解放しませんからね」
柳が起きてたら間違いなく逃げ出すであろう言葉を平然として秀は告げると、すっと彼女を抱えて二階へと上がっていく。
一日は終わる。ただ、翌日にとんでもないトラブルに巻き込まれることになるのだけれど……
日本の弟妹達と大の男三人組は酒宴で大騒ぎして酔い潰れてしまってます(笑)
だけどやっぱり紫月ちゃん、彼女は平然としてますね。
少しぐらい飲んではいるのでしょうが(えっ!?)
そしてテレビ電話で医者達と会話をして、少しぐらいは真剣に話すこともあるのかと思いきや、やっぱり脱線するよ……
うん、本気でまともに会合したことなんてないんじゃないか、この話(笑)
さらに柳ちゃんは酔うとキス魔になるらしい(笑)
そんなおいしいシーンを書くべきだったかなと思いましたが、やっぱり秀にヤキモキしてもらった方が面白い(笑)
ただ、柳ちゃんの身が……
次回はアメリカの医者達の話になるかなぁ?(ちょっと考え中です……)