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天空記  作者: 緒俐
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第百五十二話:母を知るもの

 規則正しい二日間を過ごしていた紗枝は、約十数時間のフライトの半分は時差の関係と体力温存のために眠っていたが、後は機内に持ち込んでいた天空記を読んでいた。


 そして隣には健康的な寝息を立てている龍、さらに歩道側には寝てはいるのだろうが、隙がない寝方をしている啓吾が座っている。


「……本当、よく寝るわよね」


 完徹で書庫に篭っていたなら仕方ないのだろうが、スチュワーデスが傍を通るたびに二人の寝顔にときめいているのは分かる。龍はいつものことと分かっているが、啓吾がそんなにいいのかと紗枝は疑問に思う。


 確かに顔はあの妹達の兄だけあって美形の部類に入るには違いない。医者としても悪友としてもいい奴だとは認めている。

 だが、性格はちゃらんぽらんの面倒臭がりで節操無し、おまけにシスコンである。


「……一体どこがいいんだか」


 一次読書を中断と紗枝は立ち上がった。ちょっとごめんねと龍と啓吾の前を通って手洗いに立つ。


 そして手洗い場へと繋がる自動扉が開いた瞬間、紗枝でも少しときめいてしまうほどの青年が目の前に現れた。日系人だろうが緑の目が純粋な日本人でないと告げている。しかし、彼は流暢な日本語で謝った。


「おっと、失礼しました」

「いえ、こちらこそ」


 それだけ告げて紗枝は道を譲ってくれた青年に礼を述べて通り過ぎようとしたが、ふと、青年は彼女の名を尋ねた。


「あの、失礼ですが菅原紗枝先生ではありませんか?」

「……はい、そうですけど?」


 こんないい男とどこかで会ったかしらと紗枝は思うと、青年は穏やかな笑みを浮かべた。


「ああ、やはり。はじめまして、私は三國弘世と言います。昔、あなたのお母さんに命を助けてもらったことがありまして」

「母にですか!?」


 紗枝は驚いた。こんなところで母が昔、命を救った患者に出会えるとは思っていなかったのである。

 しかし、いま自分が置かれている状況を思い出して多少相手を警戒するが、それすらも解かれるほど三國は穏やかな笑みを浮かべて語り始めた。


「はい、私がいま生きてるのはあなたのお母さんのおかげです。なので私も医者になったのです。とはいっても、私は小児科医ではなく心臓外科医になりましたが……」


 医学の道に進むと自分の極めたい道が出てきてしまって……と、はにかむ青年の表情からは嘘を感じられない。


「ですが、あなたのお母さんは僕のオペをしてくれた一年後に亡くなられたと……」

「ええ、事故でしたが……」

「すみません。ただ、出来ることなら一度同じ医療の現場に立ってみたかったです。同じ医者として」


 この表情は本当なんだなと紗枝は思う。そう感じればもはや警戒の必要は無くなった。


「……母は喜んでると思います。あなたが医者になって人を救っていると知ったら」

「……ありがとうございます」


 穏やかな空気が二人を包む。そして三國は少し苦笑して切り出した。


「……だけど、何だか運命を信じたくなりますね」

「えっ?」

「いえ、あなたのお母さんに命を助けてもらって、その娘がまた同じ医者として巡り逢える偶然があるのかとね。

 何より今だから言えることですが、君のお母さんは僕の初恋相手でしたよ。優しくて芯が強くて、本当に素敵な人でした。病院内で走る女医も彼女ぐらいでしたし」

「ふふっ、母さんらしいわ」


 紗枝は実母のことを思い出す。お嬢様育ちなのに破天荒で明るくて、だけど医者としての顔は本当に綺麗で……


「でも、あなたは彼女以上に素敵な医者だと思います」

「えっ?」

「菅原紗枝さん、こんなことを言うと本当に軽い男だと思われそうですが、私はあなたが好きです。お付き合いしていただけないでしょうか」

「えっと……」

「すみません、本当に混乱させるかとおもいますが、でもその……御恥ずかしながら、一目惚れといいますか……」


 あまりにも唐突、しかし今まで紗枝が受けて来た告白とはあまりにも違ったために彼女は俯く。


 彼女に言い寄ってくるものは本当に彼女の容姿や菅原財閥の権力に惹かれるだけで、彼女自身が好きだと言ってくれるものなどいなかったから……


「……その、私」


 互いの目線が絡み合う。三國の手がすっと紗枝の顎に添えられる。そして紗枝が目を閉じたとき……


「あっ……わりぃ」


 間の悪さというのは本当にあるようだ。バツの悪そうな表情をした悪友が空気をぶち壊したのである。


「け……啓吾!」


 紗枝は顔を真っ赤にした。いつもなら何かの反撃ぐらいしている彼女が珍しいぐらい大人しい。


「ああ〜そのだ……とりあえずこいつは俺の悪友だから、あんたみたいな腕の良い心臓外科医にこいつをやるわけにはいかない。

 多分、龍も同じこというと思うからラブシーンはここまでにしといてくれ。ほら、いくぞ紗枝」


 啓吾は未だ真っ赤な顔をした紗枝をあっさり三國から掻っ攫ってその場から離れた。三國が追い掛けてこないように軽く一瞥して……



 そして席に戻ると龍を挟んで妙な空気が流れる。いつものような応酬がどうも繰り広げることが出来ない。


「……いい男だったのに」

「知ってる。三國弘世っていや心臓外科医として名が知れてるし」

「そんなに有名なの……?」

「まあ。たまたま日本に来ていただけなんだろうけど、ヨーロッパ方面じゃゴッドハンドの名を持つほどの名医だ。それも小児の心臓を治療するスペシャリストだな」

「……だったら何で入ってくるのよ」

「事故だ、事故。龍じゃなかっただけ良かったじゃねぇか」

「まあね。逆に介抱していた自信があるわよ……」


 二人は同時に溜息をつく。確かにさっきの現場に龍が鉢合っていたら、きっと真っ赤になって固まっていたのだろうが……


「だが、紗枝はああいうのが好みなのか……」

「龍ちゃん並にいい男じゃない……」

「あれでも並なのか……」

「まだよく知らないもの」

「それでも数日前までキスがどうだこうだと俺に対して散々喚いていた奴がしてもいいと思った訳か……」

「……分からないわ」


 紗枝は壁に頭を預けて窓の外を眺める。ただ、こんな気持ちを持ったことがないだけで……


「……だけど実母が救った命だから、それに会えて嬉しいとは思ったのよ」

「何だ? お前の母親の患者だったのか?」

「ええ。そう言ってたし、母の性格もよく知ってたみたいだから」

「……紗枝」

「何?」

「やめとけ」

「えっ?」


 低い声で告げる啓吾に紗枝は目を見開く。


「俺の直感。悪友として忠告しとく」

「どうして?」

「……お前はあいつに惚れたりしてないからだよ。多分、龍も同じこと言うからやめとけ」

「……分かんないわよ」

「ん?」


 啓吾は視線だけ紗枝に向けると、いつもの強気な表情から辛い恋を知った少女みたいな顔を彼女は浮かべていた。


「本気で流されてもいいって思ったことなんてなかったんだから……」

「……だったら」


 アナウンスが流れる。まもなくアメリカに着陸するとのこと。スチュワーデス達がシートベルトの着用を促す。


「何?」

「別に。どのみちあいつも学会に招待されてるだろうからもう一度話してみろ。それでもあいつが良いならお前の自由意志だ。にしても……」


 隣に座っている龍の顔を見て啓吾は妙に感心する。


「龍のやつ本気で9時間寝っぱなしだな……」

「そうね……一体どんな夢見てるのかしら……」


 医者達はアメリカに上陸するのだった。




おっと、紗枝さんに告白した医者が登場!

しかも紗枝さんの実母が助けた命らしくて。

それで一目惚れされてついに紗枝さんの結婚相手が……!!というところに啓吾兄さんです(笑)


うん、さすが悪友。

というより啓吾兄さんタイミング良すぎでしょ(笑)

しかも紗枝さん掻っ攫っていってるし……

バツが悪くなった成り行きなんでしょうが……


だけど紗枝さんの話を聞いてやめとけと言ってるということは、また何らかの核心を突いていそうです。

でも、それでも迷うなんて紗枝さんも本気で恋しちゃったってこと!?




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