第百五十一話:集っていくもの達
天宮家に戻るなり沙南はすぐに柳の腕を消毒して包帯を巻く。幸い縫合の必要がなかったが、自分をかばった性で怪我をさせてしまったことに沙南は本当に申し訳なさそうに謝った。
「柳ちゃん、本当にごめんね」
「気にしないで、沙南ちゃんが無事で良かったんだから」
それにたいしたこともないと柳はふわりと笑う。本当に心の優しい子だなと沙南は改めてそう思った。
すると全てを消し炭にして帰宅した美青年がリビングに入って来た。
「ただいま」
「あっ、秀さん」
秀はすぐに柳のもとに寄る。今彼の視界には間違いなく怪我を負った柳しか見えていない。いつもの彼ならほぼ無縁に違いない心配という感情を含んだ表情を柳に向けた。
「柳さん、怪我は?」
「大丈夫です。クロスボウが掠めただけですから」
「すみません、もっと僕が早く着いていれば……」
「そんな、秀さん、バイトから抜け出してきてくれたんじゃ……」
「ですが君に怪我をさせて沙南ちゃんも危ない目に遭ったんです。兄さん達は怒るでしょうね」
「秀さん……」
柳を心配そうに見る秀からは本当に甘さが漂ってくる。翔が怪我をした時なんて自業自得だとあっさり言い切る人物だとはとても思えない。
それに関して差別だと翔は思うが、秀の失態と言うように少しふざけた感じで彼は言ってすぐに後悔した。
「確かに怒るだろうなぁ、そりゃもう荒れに荒れる啓吾さんとか無意識にキレる龍兄貴とか……なぁ……」
「……あんまり想像したくないですね」
高校生組は長男達の沙南や柳に対する愛情やらシスコンぶりを知っているので、とりあえず精神衛生のために想像するのをやめておいた。
「だけど連絡しないわけにはいかないわよ……ね?」
「そうですね、兄さん達の事ですから学会放り出してアメリカから飛んで帰ってくる気がしてならないですが……」
「いや、むしろ今連絡したら飛行機から飛び降りるんじゃないか?」
「う〜ん、啓吾さんはそのまま太平洋にでも沈んでくれても構いませんが、兄さんは太平洋まるごと持ち上げて相手を潰しかねないですからね……」
どのみち連絡しないわけにはいかないのに、どうしても弟妹達は悩まずにはいられなかった。
「それより秀さん、私を襲えば一千万円手に入るとか言ってた不審者達、一体あれ何だったの?」
「ああ、もう心配はないと思いますが、ネットに沙南ちゃんを狙うように細かい詳細が流出してたんですよ。
合成動画でしたが結構卑猥なものまで流れてましたからね、だからあれだけの人数が集まったのではないかと」
もちろんそんなものを作った主には秀がとっくに裏で手を回しているらしく、今頃は消されているはずだという言葉をオブラートに包んで言うが、
「秀兄貴、それは本気で龍兄貴に言わない方がいい気がする……」
「ええ、適切な言葉を選んで報告しますよ。ですが、その動画が問題なんですよ。沙南ちゃんを襲って来た奴らには全員催眠がかけられてました」
「催眠?」
「はい、目の焦点があっていなかったのですぐに分かりましたよ。純君が攻撃して数本骨が砕けていましたが、それでも起き上がってきたんじゃないんですか?」
「うん! ゾンビみたいだったよ!」
普通ならば悶絶ぐらいしてもおかしくない力で純は拳打を繰り出していたのだが、それでも不審者達は起き上がって襲って来たのである。
「ってことは、動画そのものがゾンビみたいになるような催眠効果を持ってたってわけ?」
「そういうことになりますね」
「だったら兄貴、またそんなもの流されたりしたら」
「その辺りは心配いりません。そういったものを流せないようにとっくに手は打っています。何より、相手だって二度も同じ手を打ってくるほど馬鹿じゃない」
そう言って秀は腰を上げると車のキーを持ってリビングから出ようとする。
「秀兄貴、こんな時にどこに行くんだよ」
「所用です。数時間で戻ってきますから翔君がちゃんと皆を守ってなさい」
「けど……!」
「おや、いつになく弱気ですね。突撃隊長ともあろうものが」
「違うやい! ただ……」
すごく嫌な予感がすると翔は続けられなかった。龍が近くにいればそんなものなど感じることもなかったのだろうけど……
「……兄さん達の存在って本当大きいものなんですねぇ」
誰もがそう思う。どんなに危険なことでも、龍達がいてくれるだけで無敵でいられる気がしていた。
しかし、その存在がないだけで珍しく弟妹達には不安が過ぎるみたいで……
「まっ、僕の変わりになる大人達がもうすぐ来てくれるそうなんで心配は」
「邪魔するぞ!!」
「あっ!」
次の瞬間、秀の眉間にシワが寄る。彼が来ると聞いていたのは土屋と宮岡の二人であり、けっして今飛び込んで来た馬鹿ではない。
「森お兄ちゃん!」
「よう、お嬢ちゃん! 久しぶりだなあ」
「こんにちは、森さん」
「オウ! 王子様もご機嫌麗しくだな」
なぜか末っ子組は森に懐いている。馬鹿が染つるから近寄るなとつっこんでくれる者達はまだ仕事なようだ。
「なんで森さんが来るんですか」
「そりゃ休みが取れたからだろ? 淳と良も今日天宮家に泊まるって聞いたから酒宴でもやろうかとな」
「だったらもっと後から来て下さい。おちおち出掛けられなくなるじゃないですか」
「ん、なんだ? 今から出掛けんのか?」
「そうですよ。だから今すぐこの場から消え去ってください!」
「だからなんで……」
森は柳に目がいく。いつもなら口説くなりちょっかいをかけるなりするが、どうやら冗談を言うわけにはいかないようだ。
「……沙南姫様が狙われてると聞いたから来たんだが、柳嬢が怪我を負わされてたのか」
「そうですよ。だからこれ以上危険な目に遭わせたくないのですぐに森さんから遠ざけたいんですよ!」
「おいおい……この前俺はお前に殺されかけたんだが……」
「でも信用できないんですよ」
「なんだ、まだやっ……」
秀が手に火を宿してあまりにも黒い笑みを浮かべるので森はそれ以上何も言えなくなった。
そして秀はもう一度柳のもとに寄って念には念を押しておく。
「柳さん、森さんが銃弾から柳さんをかばうとき以外半径ニメートルでも近付いたらすぐに連絡してください。飛んで帰ってきますから」
「秀さん……」
どこまで信用がないんだと高校生組は思うが、盾にする気満々だというところに純は気付く。
「では、行ってきます」
にっこり微笑んで秀は柳の頬に口づけ一つ落として出掛けて行った。それを見ていた末っ子組は素敵だとかカッコイイだとか無邪気に騒いでいるが、高校生組は啓吾がいなくて良かったとの感想を述べる。
「柳ちゃん、大丈夫?」
真っ赤になっている柳の前で沙南はひらひらと手を振るがすでに本人はショートしているようで……
「……とりあえず飲むか?」
森は菅原邸から拝借して来た酒をドンとテーブルの上に置くのだった。
相変わらず秀が暴走しております(笑)
ついに弟妹達の前でほっぺにチューまで……
本当、今日この場に啓吾兄さんがいなくてよかったねぇ。
いたら間違いなく天宮家は消失していましたよ……
さて、沙南ちゃんが狙われたときいて一行が天宮家に集うことに。
どうやら思ってる以上にゴタゴタとし始めてるみたいで?(第四章では恋愛話しか書いてないじゃん!)
まあ、その真相もすぐに明らかになることでしょう。
次回はそんなことが起こってるなんて知らない医者達の話。
アメリカまで約9時間の飛行距離なのでそろそろ到着させたいなぁ。
(時差とか考えながら話をかけないかも……)