第百五十話:狙われた沙南
沙南と柳、そして末っ子組は大量の食材を抱え込んでスーパーを後にした。
周囲の目がいつものことながらこの一行に向いてはいるが、毎回エンゲル係数の高い天宮家を切り盛りしている沙南にとってはいつものことと気にしてはいない。
しかし、今日は天宮家の荷物持ちが一緒ではないので、その分負担をかけてしまう少年に沙南は少し申し訳なくなる。
「ごめんね純君、いっぱい持たせちゃって」
「これぐらい平気だよ、僕だって男だもの」
細い腕に小さな体なのに買い物袋四つを平然として持ってくれる純に沙南は感謝の言葉を述べた。
今日から篠塚家の姉妹が啓吾が戻るまでの間、約一週間泊まるとなればそれなりに物資は必要となるわけで。しかし、それだけ買い込んでも二日もすれば冷蔵庫の中身が危機に陥るのも天宮家である。
そう考えると沙南はう〜んと声をあげた。
「やっぱり免許取りに行こうかしら?」
「そうね、持ってた方がいいと思うわよ」
「あれ? 柳ちゃんは持ってるの?」
「あるにはあるんだけど、兄さんの車ミッションだから乗れなくて……」
それに車二台置く敷地は篠塚家にないとなれば購入するわけには行かないとのこと。
「やっぱり取るならミッションかしら」
「沙南ちゃんはそっちの方がいいかもね。ゲームセンターでの腕を見るかぎりだけど」
「うん、じゃあそうしようかな。短期で取って早く龍さんを安心させてあげなくちゃね」
「安心?」
「それがね、龍さん私が無免許やりそうで恐いなって」
「……やらないわよね?」
「やだなぁ、極力気をつけるわよ?」
やはりやらないと言わないのが沙南だ。まあ、取ったら取ったでスピード違反とか信号無視とか別の心配が増えそうで怖いが……
そんなたわいもない会話を繰り広げながら、公園を突っ切ってあと少しで天宮家に帰り着くところにジープが彼女達の行く手を遮った。
「ヘイ、そこの女の子達、俺達とつきあわねぇか?」
最近警察やら自衛隊やらがこの近辺によく出没している。何となく作為的なものを感じてはいるが、こういう手合いは間違いなくナンパ目的である。
「……車があったらこういうのも減るのかしら」
「声を掛けられたら掛けられたで問題があるんじゃ……」
純と夢華は姉達を守るためにすっと前に出る。そんな末っ子組の微笑ましい護衛にいつものことながら内心嬉しく思うが、天宮家の主は守られるだけのお姫様というわけではない。
「悪いけどアイスが溶けるから消えて頂戴」
「つれないなぁ、俺達は自衛隊なんだからいい身体してるんだぜ?」
「だけど頭はいかれてるじゃない」
「沙南ちゃん……!」
「あら、柳ちゃんだって秀さんの方が素敵だって思うでしょ?」
「うっ……!! その……!!」
「うん! 秀お兄ちゃんの方が断然カッコイイよ!」
「うん、そうだね」
赤くなる柳に無邪気にそれを肯定する末っ子組。それに自衛隊のナンパ男達はいらつくが、この地点で灰にされていないだけまだましだろうと沙南は思う。
「そういうことだからさっさと消えて頂戴」
「このアマっ……!!」
「よっと!」
沙南に手をのばしてきたナンパ男に純は軽く飛び上がって顔面を蹴り飛ばす。
「さっすが純君!」
「沙南ちゃんをいじめるつもりなら許さないよ!」
買い物袋四つ抱えた小さな少年は天宮家の主を守る。特に一週間龍がいないので、沙南を守らなくてはならないという意識がいつも以上に高かった。
「このッ!!」
「やっ!!」
もう一人のナンパ男も軽々と腹部を蹴り飛ばして悶絶させる。
「純君かっこいい!」
「へへっ、ありがとう」
互いに笑顔を向け合う末っ子組の仲は相変わらずである。
やっていることは明らかに傷害罪やら器物破損やらと小学生としてはどうかと思われるが、しかし龍や啓吾の教育がいいのか人の道にはずれることはしていない。
ある意味龍や啓吾よりまともに犯罪を犯しているという微妙な表現がこの末っ子組にはあっているのかもしれない。
「ありがとうね、純君。今日は守ってくれた御礼に純君が好きな海藻サラダを沙南スペシャルで作ったげるね!」
「やったあ!」
全身で喜びを表現する純に、やっぱりかわいいなとか癒されるなと女子大生達がにっこり笑って見ていたその時だった。
「死ね!」
「沙南ちゃん!」
曲がり角からクロスボウを明らかに不審者らしき男が放ち、沙南を庇った柳の腕を掠める!
「痛っ……!!」
「柳ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
「沙南ちゃん危ない!」
いつの間にか沙南の背後に立っていた別の不審者が鉄パイプを振り下ろして来たが、それを純が止めて不審の腹部を蹴り飛ばした!
「一体何なの!?」
「お前が折原沙南か?」
「えっ?」
沙南は目を見開いた。辺りには不審者の群れ。しかし、それは組織的に動いているわけではない。明らかにそれぞれが個々の意志で沙南を狙っていた。
「ネットの情報通り可愛いんだね。君を手に入れたら一千万貰えるんだって」
「なっ……!!」
「ネットに流れてた動画も刺激的だったけどさ、やっぱり本物を手に入れてお金も手に入った方が嬉しいだろ?」
「そんなガセネタ信じてわざわざ不審者が大集合したって言うの?」
「そうでもないよ? 君を襲うって同意しただけで一万円手に入ったし?」
「だったら同意だけで止めておきなさいよ!」
「だけど本物が欲しくなるんだよ!!」
不審者達が一遍に襲い掛かって来たと同時に夢華は水の力を解放した!
「あっちにいって!!」
「うおっ!!」
水流にのまれてバランスを崩した不審者達に純が一気に拳打を繰り出す! しかし、いつもならたいていそれで倒れてくれるはずなのに彼等は起き上がって来た。
「うそっ……!!」
「沙南お姉ちゃん!! 後ろ!!」
「えっ……!!」
「くっ……!!」
沙南に抱き抱えられていた柳は沙南を突き飛ばして相手に熱球をぶつけてやけどを負わせる。
しかし、さらに沙南を狙う不審者が彼女に襲い掛かって来た!
「折原……沙南……!」
「沙南ちゃん!!」
その時だ。容赦ない風が一気に不審者達を吹き飛ばす! それに体重の軽い夢華もふわりと身体が浮きそうになったが、それを軽々と美青年がキャッチした。
「あっ、翔兄さん!」
「紫月ちゃん!」
援軍の到着に沙南と純はパアッと明るい表情を浮かべるが、当の高校生組は相変わらずである。
「全く、本当にコントロールがなってませんね。危うく夢華まで吹き飛ばされるところだったじゃないですか」
「ああ、悪かったよ。夢華、ごめんな!」
「いいよ! 秀お兄ちゃん、どうもありがとう!」
「いいえ、どういたしまして」
小さな体を地面に降ろして彼女に優しい笑みを向ける。そして沙南や純が無事な事にもホッとするが、腕を押さえている柳を見るなりすぐに駆け寄った。
「柳さん! 大丈夫ですか!?」
「はい、私は平気ですが沙南ちゃんが狙われていて……!!」
「ええ、ネットで情報が出回ってましたからね。ですがそれは帰ってから詳しく話します。その前に翔君、紫月ちゃん」
次の瞬間高校生組は心底恐怖を感じた。秀の後ろには死神やら悪魔やら閻魔大王がどす黒いオーラと一緒に現れている。
「すみませんが皆を連れて先に家に戻っていてください。僕はこいつらを消し炭にした後すぐに戻りますから」
「お、おう……純、俺は柳姉ちゃんおぶって帰るから沙南ちゃんをしっかり守れよ?」
「あっ、じゃあ私は姉さんが持ってた荷物を……」
この場にいてはいけない、そう直感した高校生組は逃げ出すようにその場を後にした。
そして……たった一人の青年の力によって沙南を狙う不審者達はその後現れはしなかったという……
ついに話は動き出しましたよ。
沙南ちゃんがターゲットにされたようで一時期ピンチかと思いきや、やっぱり天宮家、主を救ってくれました。
沙南ちゃんが狙われたのはネットに流出した情報に躍らされたかららしいですが……
その真相は次回秀が語ってくれることでしょう。
ちなみに秀さん、バイトから抜け出して駆け付けています(笑)
だけど喫茶店のマスターはそれについて咎められません。
だって秀さん怖いですから……
それに今回は柳ちゃんが怪我しちゃいましたからね、不審者達は消し炭にされただけで済んだのでしょうか……