第十五話:宴の終わりと事件の始まり
天宮家の時計の針は九時を指していた。大人達はともかく、まだ小学生の夢華がよそ様の家でこれ以上遊ばせるわけにはいかない。明日も学校なのだから。
「柳、紫月、夢華、そろそろおいとまさせてもらうぞ」
「ええ」
「え〜っ! 夢華もうちょっと純君と遊びたい!」
実に予想通りの末っ子の反応である。しかし、それを保護者として認めるわけにはいかない。
「夢華、明日も学校で遊べるだろ? それに夏休みになったら泊まりに来させてもらえば良いんだからさ、今日は明日のために我慢しような?」
啓吾は夢華の頭を撫でながら優しく諭す。さすがシスコン、末っ子にはベタ甘である。
「夢華、そうしましょう。もうすぐ夏休みなんだから今日我慢したら夏休みの楽しみが増すでしょう?」
篠塚家のお母さん役である柳も穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「うん、分かった」
夢華はコクりと頷いた。そして啓吾はもう一人の来客者に目線を向ける。和室で騒ぎ疲れたのだろう、沙南と紗枝は仲良さそうに眠っていた。
「あ〜あ、紗枝も沙南お嬢さんも酔い潰れちまって……」
人ん家なんだから少しは遠慮しろよ……、と言いたげな表情を啓吾は浮かべ、仕方ないなと龍は立ち上がる。
「あのままじゃ風邪引くからな」
すっと沙南の膝に手を入れ横抱きにした。弟達からちょっとしたからかいを受けて僅かに朱くなるが、すぐに翔を睨み付けて終わるあたり天宮家家長の威厳は素晴らしい。
「啓吾さん、紗枝さんを運んであげたらどうですか?」
「なんで俺が……」
「出会った初日に口説いたんでしょ? だったら僕が運んだら失礼だと思いまして」
確かに社交辞令みたいな感じで口説き文句は使ったが、冗談だということを当事者達は理解してはいる。
しかし、秀が紗枝を運んでほしいと言った理由は別にある。それを天宮家の年少組は困ってると言わんばかりの顔をして答えた。
「秀兄貴達が紗枝ちゃんを運ぼうとすると何故か毎回暴れるんだよ」
「うん、龍兄さんが鎮静剤持ち出すぐらいだからね」
「……おい、俺は犠牲者になれと」
「やだなぁ、せめて実験台になる気持ちで運んであげてください」
ニッコリと笑う秀にいい性格してるよと言いながらも、すっと啓吾は紗枝を抱き上げた。だが、紗枝は全く暴れる事なく落ち着いて眠っている。
「どこに運べばいいんだ?」
「二階の廊下を右に曲がって一番奥の部屋です」
「分かった」
紫月がリビングのドアを開けてやり、啓吾は階段をそっと上っていった。
「紗枝さん、暴れなかったね」
「ああ、啓吾さん運び方上手いんだ」
意外そうに純と翔は意見を述べる。しかし、妹達は何となくその理由が分かっていた。
「確かに私達も小さい頃どこかでお昼寝してたら、いつの間にかベットに寝せられてたわよね」
「そうですね、基本的に女性の扱い方が上手いんでしょうけど」
「う〜ん、紗枝さんのパンチ一発ぐらい期待してたんで残念です」
「ふふふ、秀さんったら」
柳はくすくす笑う。まだ出会って間もないというのに、すっかり秀の美貌より秀自身に引き込まれていたのだった。
それから沙南達を二階の部屋で寝かせた後、天宮家の面々は玄関の外まで篠塚兄妹を送る。
「んじゃ、今日はありがとな。車は明日取りに来るわ」
「ああ、気をつけて帰れよ」
龍と啓吾はありきたりな挨拶を交わす。そして、その横で啓吾はあまり気に食わない光景を見せられる。
「柳さん、また遊びに来て下さいね」
「はい、今日はお邪魔しました」
二人は良い顔で笑った。啓吾はたった一日で自分以外の男と仲良くなっている柳を見て少しでも人と関わってくれることが嬉しくもあるが、何故か次男坊がやけに気に食わない。
「紫月、また明日な!」
「はい、おやすみなさい」
高校生組は実にシンプルである。だが、紫月を呼び捨てにしているとはどういうことだと眉をひそめる。
「啓吾、何怒ってるんだよ……」
「いや、なんかお前の弟達見てたらやけにムカついてくるのは何故だろうな……」
「……未来の花嫁」
「いや、冗談でもやめてくれ……」
末っ子達はすでにそんな感じがするんだがと、龍はこれ以上啓吾を追い詰めるのをやめておいた。末っ子二人の間には微笑ましく思えてしまう絆が見えていた。
そしてその日の深夜、純は自分の部屋でふわふわと浮きながら夢を見ていた。天宮家の末っ子は少々変わった寝方をしていると兄達はもちろん、沙南や紗枝も認識してくれてはいる。
ただ、今宵の夢はいつもより鮮明で記憶にすら残ってしまうものだった。
『目覚めよ』
「……誰?」
闇の中にあって自分を呼ぶ声がする。まるで全てを呼び覚まされるような不思議な感覚。ただ違和感はなく、自分の欠けていたパーツを知ったような気がして……
そんな不思議な感覚に襲われながらも、その声の持ち主に純はもう一度尋ねた。
「君は、誰……?」
『私は君だ』
「僕?」
『そう、私は北天空太子、字を純』
闇の中に太陽光が差し込む。純の目の前には上品な黒の衣を羽織った少年が現れた。
さらにその顔は純と瓜二つで目の色と漂う風格だけが別物だった。
「僕と同じ……」
『そうだ、私は君なのだから』
北天空太子と名乗った少年は口元を僅かに綻ばせる。そう、自分はこんな笑みを遠い過去に浮かべることがあった。それは確か……
『純、時は近付いている。そのきっかけは純、お前であり私だ』
意識が遠退く。そして、光が純を包み込んだ……
啓吾お兄ちゃんのシスコンぶりはまだ本領発揮とまではいきませんが、このタイプはまずいなと思っていただけたらいいなぁ。
あと、紗枝さんを運んだとき何故彼女が暴れなかったかは後日、そのトリックが明らかになります(笑)
さて、いよいよ天空記も少しずつ黒くなってきますよ〜(いろんな意味で)