第百三十七話:騒がしい朝は始まる <第四章開幕>
ここから第四章開幕です。
どうぞお楽しみください。
時は十年前、場所はアメリカ……
その日の深夜、アメリカ史上でも最悪の惨事と言われるほどの事件が起こった。
「……なんだあれは」
病院の帰り道、車を走らせていた医学界の権威、シュバルツ・ケントは医学研究所から立ち上る火の手を視界に捕らえた。
さぞや死傷者が多数出ているだろうと医者としての使命が彼を現場に向かわせる。
そして警察や消防よりも早く現場にたどり着いた彼は、立ち込める匂いに表情をしかめたが、それ以上に目を奪われる光景を目にした。
「……子供?」
片手に小さな赤ん坊を抱え、もう片方の手に幼い少女の手を引っ張り、その後ろにも彼女より少しだけ年上だろう少女が必死に少年の後を追い掛ける。
その少年自体もまだ十代前半なんだろう、まだ成長途中の細い体だった。
「おい! 待て!」
シュバルツは少年達を呼び止める。それに本当に子供のする目かというぐらい冷たい視線を少年は向けて来た。
「ここで一体何があった!」
「……邪魔だ。失せろ」
日本人かと少年が答えた母国語でそう理解する。それならばとシュバルツは少年の母国語に合わせた。
「私は医者だ。おまえ達をすぐに治療する。ついてこい」
「俺は医者が死ぬほど嫌いなんだよ! 分かったらさっさと消えろ!! じゃなければすぐに……!!」
「兄さん!」
少年は膝を折った。無理もない、全身傷だらけの上にもともとろくな扱いを受けていなかったことなんてその体を見ただけで分かる。
それでも幼き少女達を守ろうと必死に自分を睨んで抵抗してくる。
やがて、サイレンの音が近づいて来たのに気がついて、シュバルツは無理矢理少年を担ぎあげた。
「何する!!」
「治療する」
「兄さん!!」
幼い少女達ももう体が悲鳴を上げているにも関わらず必死で兄を取り戻そうとこちらについてくる。
「離せ!」
「黙れ!!」
シュバルツは一喝すると少年の腕の中にいた赤ん坊が泣き始めた。
「自分の意地のために妹達まで巻き込むな! 命を大切に出来ないものに人を守る資格などない!」
そういって少年達を後部座席に押し込んだ後、車はすぐにその場から走り去った。
それが篠塚兄妹とシュバルツ博士の出会いだった……
朝日が部屋に差し込んでくる。それに気付いて紗枝はゆっくりと目覚めた。昨日は少し飲み過ぎたかなと思うが、けっして不快な気分ではない。
むしろ今の体温が非常に心地よくて……
「えっ……」
なんで起きた途端に悪友の顔が目の前にあるのかと思う。確かに昨日、泣くだけ泣いた後にこの悪友の部屋で酒盛りしたわけだが……
「ん……」
目の前の悪友がこちらの体をぎゅっと抱きしめてくる。上半身は裸、おまけにここはベットの中、そこでようやく彼女の意識は覚醒した!
「この……!! ドアホがあ!!」
「だあっ!!」
ベットから落下して昨日の傷痕に響いたのか、それとも紗枝の鉄拳を受けたからなのか啓吾は一気に覚醒した!
「何しやがる!!」
「こっちのセリフよ! なんであんたがここで寝てんのよ!」
「お前が酔い潰れたからだろうが!」
「だからってあんたまでなんで同じベットでしかもそんな恰好して寝てんのよ!」
「テメェ……!! 本気で犯すぞ……!!」
するとそこに朝の回診とでもいうかのように、龍が入って来た。
「啓吾、傷はどう……だ……」
入った瞬間、目に飛び込んで来た光景に固まる。男女が二人、上着を着ていない状況。龍がどれだけうぶだろうと、いや、むしろそうだからこそ顔は赤くなる。
「龍、ちょうど良かった。ちょっと聞け!」
「いや、その……すまない。また後から」
とりあえずこの場にいてはいけないと龍は踵を返したが紗枝に腕を掴まれた。
「ダメよ龍ちゃん! 本当聞いてよ! 啓吾の奴、人が酔ってるのをいいことに同じベットで寝てたのよ!?」
「一緒に寝た!?」
「もう信じらんない! これだから節操無しは……」
「迫って来たのはそっちだろうが! 人の上着無理矢理脱がせやがって!」
「脱がせた!?」
「そんなの知らないわよ! だったら私はなんで上着着てないわけ?」
「酒零して自分で脱いだんだろうが! そこの椅子にかかってるだろ!」
椅子には二人の衣服。乱雑に重なってるのを見て龍は本気で逃げたい気持ちにかられる。
確かに酒が服に染みていたのでそれは紗枝も納得したようだが、肝心なことはそこではない。
「百歩譲ってそうだとしてもなんで人を抱きしめて寝てるわけ!?」
「抱きしめて寝た!?」
「先に人の体温が気持ちいいって抱き着いて来たのはお前だろうが! おかげさまでこっちは縫合した痕が痛テェのなんの……!!」
「もうほとんど塞がってるじゃない! 私なんてまだあんたが付けたキスマーク全く消えてないんだから!
龍ちゃん見てよこれ! ひどいと思わない!?」
朱くなっている痕を見せてくる紗枝に龍は有り得ないぐらい真っ赤になった! そしてついに本気で謝る。
「すまない! 俺が悪かった! まさか二人がそんな関係だったなんて知らなかった!」
「おい龍、お前何言って……」
いきなりの謝罪に啓吾は目を丸くするが、龍は啓吾の両肩を掴んで親友に頼む。
「啓吾、紗枝ちゃんは俺にとっても大切な妹分だ。幸せにしてやってくれ」
「ちょっと龍ちゃん?」
今度は紗枝が訳が分からないという表情を浮かべたが、龍は良かったと思うことに思考を切り替えたらしい。
「とりあえず啓吾が元気ならいいんだ。お邪魔虫は退散するから、純達の前ではそういう喧嘩はしないでくれ」
性教育などまだ触り部分しか学習していない無邪気な末っ子組に、こんな場面見せられんというかのように、龍が部屋から出ようとしたところでようやく二人は気付いた。
「あっ! ちょっと待て龍! お前とんでもない誤解してるだろ!」
「えっ!? 冗談じゃないわよ! こんな節操無しなんて!!」
出ていこうとする龍を引き止めて、ようやく二人は落ち着いて会話できる状態になったのである。
「……で、理解できたか?」
「ええ。ちょっと飲み過ぎたわ、面目ない」
「分かればよろしい」
とりあえず着替えて来た紗枝は啓吾に謝った。
どうやら昨日はストレス発散ということで、病人の前で酒盛りをするという医者としてどうなんだという暴挙に出た後、すっかり酔いが回った紗枝は酒を服に零して脱ぎ捨ておもいっきり啓吾に絡んだとのこと。
傷を診せろと、やはり酔っていても医者だった紗枝は無理矢理、というより寧ろ脅迫に近い形で上着を脱がした後、夜風を浴びていたからだろう、少し冷たくなっていた啓吾の肌を冷却剤がわりに使うために抱き着いて寝たのだという……
「だけど啓吾、重力で剥がせなかったのか?」
もっともなことを龍がいうと、啓吾は首を横に振った。
「出来るならやってたさ。だけどこう……なぁ。俺も男だし……」
いかにも勿体ないという表情に龍は真っ赤になり、紗枝はふるふると拳を震わせた。
「あんたって奴は……!!」
まずいと思った瞬間、紗枝の怒りは爆発した!
「くたばれ啓吾!!!」
「だああ!!!」
いつになく騒がしい朝だった……
第四章開幕です。
今回は篠塚兄妹が義理の親であるシュバルツ博士との出会いから話はスタート。
啓吾はここで博士と出会うことで医者になったという経歴を持つわけですが、
それはおいおい語っていきますのでお楽しみに。
そして第四章初っ端から刺激の強い……
啓吾兄さんの節操無しが全開の章になる気がしてきました(笑)
だけど紗枝さん、上着着てないのにどうってことないような感じです。
龍も目を反らすとか紗枝さんにそういった感情はない模様。
医者だから見慣れてるのか?
何はともあれ、今回はこの医者達がいろいろ巻き込まれそうなので、
本当頑張って活躍してくださいよ!